第15話『王事』
窓の隙間から差す日光が、まぶたを貫通して、目を覚ます。
腹部に違和感を感じ、体を起こすと、ケイスが大の字になって俺の上に乗っていた。
思わずケイスを蹴り飛ばして、起き上がる。
背伸びをしながら、床に落ちている手紙に視線が向かう。
「……フローシアからか」ゆっくりと手紙を手に取り、開く。
その手紙の内容は寝起きの俺に取ってはあまりにも刺激の強いもので、手紙を粉々にしてしまう。
「なぜ俺がケイスの世話係なんだ……」思わずため息を吐く。
蹴り飛ばしたケイスの尻を踏み台にしてベッドから降りる。
「フローシアには悪いが、俺に子守りはできない」そう呟きながら、その部屋を後にした。
◇◇◇
太陽光がアフィネスを覆うなか、建物の影を伝って、大きくそびえ立つ城を目指して、路地を進んでいく。
喧騒に集中を呑まれながらも、影を踏み抜いていると、背後から確実に俺に向けられた声が聞こえる。
「ルトゥさん、でしたっけ」
振り返ると、そこには王家のメディエットが路地を塞いでいた。
俺は一歩下がり、距離を取りながら彼の目を見つめる。
「なんのようだ。言っておくが、お前の家に行くつもりはない」手を腰に当て、吐き捨てるように言う。
メディエットは俺の反応を楽しんでいるのか、笑みを浮かべながら静かにその足を俺に近づけた。
「いえ、連れて行くつもりはありませんよ。そもそも、今は私も追い出されている身なのでね」
その言葉に一瞬、喉が詰まる。
メディエットの一切の曇りがない笑顔に自然と不気味さを覚える。
「昨日、何があった。フローシアもまだ帰ってきていない」メディエットを睨みつけながら、一歩足を下げる。
メディエットは静かに口を開くと、空気が急激に冷たくなるように感じる。
「昨日、王家貴族の宴会でルアナに対する暗殺予告があったんですよね」
俺はその回答に、思わず唇を噛む。
「そんなくだらないことで追い出されているのか。笑えるな」あまりにもつまらない回答に、多少の苛立ちを覚える。
ゆっくりと振り返り、メディエットを背中に、足を前に運ぶ。
「貴方は、どうして王城に向かっているのですか」
メディエットの言葉に、動かしていた足が止まる。
心を見透かされたのかと、ゆっくりと振り返り、メディエットの顔を見つめる。
「いいや、俺はカフェに――」俺の言い訳を断ち切るように、メディエットが口を開く。
「この路地は王城にしか繋がりません。それに、この路地は普段、立ち入り禁止になっているはずです」
メディエットの目つきが変わったのを確信した。
メディエットは俺を『敵』として見下しているのを感じる。
「ルトゥさん。貴方は何者なんです」
その言葉は『最後の問い』のように感じ取れた。
「知らんな。少なくともお前に教えるほどの者ではない」
メディエットは右手のひらを俺に向けると、そこに魔力が集中する。
ゆっくりと魔力の光が強まり、思わず目を細める。
「そうですか……残念です」
そう吐き捨てたメディエットの瞳の色がピンク色へと変わる。
「ッち……面倒だ」思わず本音を漏らす。手に魔力を溜め、その場に屈む。
その時――
細く、長い純白の肌をした腕が俺の体に絡みつく。
「みいつけた」
桃色が混じった金色の長い髪が視界の端から現れる。
首元には刃がかけられており、耳元から吐息混じりに声をかけられる。
「昨日の、君の仕業でしょ?」
視界の端から微かに見える顔。
第二王女のキアナだったことはメディエットの瞳の色を見た時点で大体目星はついていた。
「やはりお前か。メディエットはすぐに戦闘には至らないだろうからな」そう吐き捨てると、キアナは不敵な笑みを浮かべ、刃が首に食い込む。
「そっか、気づいてたのね」
刃に鮮血が伝って、地面にゆっくりと落ちる。
首元に針で刺されるような痛みが走る。
「それで、なぜメディエットを洗脳してまで俺を捕まえる」俺は手に溜めた魔力が消えていないことを感じながら、キアナを睨みつける。
キアナは笑みを浮かべながら、俺の頭に手を当てる。
「お姉様が頭をプッチーンさせててね?」
キアナの吐息が耳元ではっきりと聞こえる。
「私たちも殺されかねないから」
キアナの言葉を聞き終え、魔力が無理やり意識の奥へ侵入してくる。
触れられている腕を握って、キアナの頭に手のひらを向ける。
「お前らの生死など知ったことではない」
視界に霧がかかったように感じるが、キアナのピンク色の瞳だけははっきりと映る。
「そっかぁ……せいぜいお姉様に痛めつけられてね」
キアナがそういうと、視界の霧は晴れ、キアナが残念そうに両手を上げている姿が目に入る。
思わず鼻息が漏れるが、ゆっくりと振り返って、膝をついているメディエットを避け、王城へ足を進める。
◇◇◇
王城の扉を影から見つめる。
それは前に来た時よりも多くの兵士が扉を囲っていた。
滑稽な兵士の姿に、思わず口角が上がる。
「まったく、こんなつまらないことに踊らされるとは……実に滑稽だ」
そう小声で吐き、城の影を伝って奥へと向かっていった。




