第12話『混乱』
日はすっかり明け、騒がしい朝が再び訪れる。
部屋の隅で本を読んでいると、ゆっくりとベッドからフローシアが顔を出す。
その頭はボサボサで、令嬢には全く見えない。
その隣のベッドと俺のベッドの間の床には、大の字になったケイスの姿があった。
俺は、床に落ちているケイスの顔を踏みつけ「起きろ。逃げないと面倒なことになるぞ」と言うが、ケイスは一切顔色を変えない。
ため息を吐きながら、ゆっくりとケイスの顔を踏み台にして、ベッドから降りる。
「俺は先に出る。捕まりたくなければ早めに出ておけ」そう言い残して、一冊の小説と、ケイスの軽い財布を手に取って部屋を出る。
◇◇◇
城下町は騒がしく、人混みを白金の鎧を纏った兵士がかき分けて、誰かを探していた。
そんな兵士を横目に、階段を登り、堂々と兵士の隣を通る。
「これからどうするか」そんなことを考えながら、民衆をかき分けていると、裏路地から名前を呼ぶ声が微かに聞こえた気がした。
声が聞こえた路地に目を向けるも、そこには影一つなかった。
だが、足は考えるよりも先に、その路地の方向へ進んでいた。
「興味があるから」ではなく「本能的に自身への危険の根源を消しに行った」と解釈したいが、正直自分でも興味があった。
そして、足が裏路地の影に踏み入れた瞬間。
世界が変わったような気がした。
音は途絶え、現実から突き放された、そんな感じがした。
「ふふ、見つけたわ」
そんな甘く、深い声が耳元で囁かれる。
「そうか。お前が誰だか知らないが、俺の平穏な生活を邪魔するのなら消えてもらうぞ」そう言い切る前に、首元に刃が当てられる。
「いつまで強気でいられるかしら」
その声が耳元で聞こえる。
正直、強気でいられるどうこうよりも、耳元で吐息を吐かれる方が苦しいと感じた。
「離れろ。暑苦しい」そう言って、刃を握っている腕を掴む。
そのまま振り解いて、一歩前に立ち、そのまま振り返る。
「ふふ、私の美貌に驚いちゃったかしら」
視界の先には鮮やかな金髪が揺れていた。
その中には桃色が僅かに混じり、柔らかく波打っている。
その特徴はまさしく『王女』だった。
「ッ……鬱陶しいな。塵血族どもが」無意識にそんな言葉を吐き捨てていた。
俺の言葉には、目の前に立っている王女も驚いていた。
「へぇ……それが第二王女に聞く口かしら」
王女は冷たい笑みを浮かべながら、静かに口を開く。
「妹とはどんな関係なのかしら」
くだらない質問に、思わず口が開く。
王女は妖艶に微笑み、一歩、足を近づける。
「知らんな。結局は同じ塵血だろ」そう吐き捨てるも、王女は表情を変えずに近づいてくる。
「そっかぁ……じゃあ特別な目で見させてあげる」
そう言って、王女は手を俺に向けると、静かにその手に魔力が集中する。
「そうか。失せろ」強く唾を吐き捨てるように、王女に向かって言う。
王女に手に向け、目を瞑る。
そして、魔法を詠唱しようと思い、口を開く。
――だが、口を閉じた。
「あら、気づいたかしら」
王女は冷たく言い放つと、背後から、別な声がゆっくりと耳に入る。
「貴女に協力するのは癪だけど、お父様の命令だものね」
俺はこの状況に、ため息しか吐けない。
喋ろうとも思わなければ、抵抗しようと思わない。
それ以上に「面倒」が勝った。
「ふふ、そう言ってこの男に興味があるのでしょ」
「お姉様」
顔は見えないが、誰だかはすぐにわかった。
今の状況を例えるなら、カタツムリの周りを塩で囲ったような感じだ。
そんなことを考えているうちに、目の前に桃色の魔力が溜まっているのを見つめる。
「それじゃあおやすみなさい。少しだけ眠っててね」
消えゆく意識の中、笑みを浮かべる王女の姿があった。




