第3話:連れて行かぬ方が良い
ルーファスは別段驚いた様子を見せなかった。
彼は直接的な発言は避けたが、こちらが察する様な言い回しをしていた。
それがこの世界なりの配慮なのか、老魔法使い流なのかは置いておくことにして。
「――連れて行かぬ方が良いであろう、と思うとる」
話好きな彼が言葉数少ないのには訳があると思うが、おれの立場的には聞く権利を有していると思っていた。
「その言葉を聞いた上で無理やり着いて行くつもりはありませんが、連れて行きたくない理由を伺っても宜しいですか?」
そう尋ねつつ、もしかしたらサイラスやアランの前では話しにくい内容かもしれないと思ったが、この老魔法使いならば言葉巧みに乗り切ってくれるはず。
寸の間が生まれた。
基本的にテンポ良く話す人なので、何かしら思慮する必要があった事は明白だった。
「まずはギフト【言語理解】を有しておる点じゃ。お主がイセリア人の風貌であれば秘匿し大衆に紛れることが可能じゃが、ササラの顔で流暢なイセリア語は必要以上に目立ちすぎるわい」
大昔の聖人と同じギフトらしいから上手く立ち回れば、この世界で何不自由無い生活を送れるかもしれない。
しかし、それを悪用しようと企む輩も少なからずいるのは間違いない。
「厄介な人物から目を付けられるのは時期尚早という事ですか?しかし、如何に緘口令を敷いたとて、人の口を塞ぐのは難しいものです。いずれおれの存在は世に知れますよね?」
遅かれ早かれそうなるのであれば、ルーファスの傍にいた方が安全なのでは?と思うところがある。
「じわじわと知名度が上がる分には然程問題は無い。手の打ち様があると言う意味でじゃが。詳しくは言えぬが此度はちと、面倒事を抱えておる……。簡単に言うと、わし自身の命が危ういゆえ、お主の面倒をみる余裕が無いという事じゃ。王都へ物見遊山に行くのなら、着いて来ても構わぬがのう」
老魔法使いは白い髭を手で揉む様に触れつつ、そう語った。
サイラスは口を真一文字に結び、一言も発しようとしない。
まだ核心には触れて無い様だが、宮廷に仕える魔法使いたちがこれ程に重苦しい空気を醸し出すのだから、王族に絡む重大な案件を抱えていると察するべきか。
(これ以上下手に勘繰るのは止めた方がいいかもしれないな……)
「――分かりました。では、数日のちにルーファスは王都へと赴き、その後の見通しは立たないという事ですね」
なんとなくだが、仕事で上司から無理難題を押し付けられた時と同じ様な感覚だった。
諦めと前向きが心の中でごちゃまぜになっている、みたいな。
「お主と共にあの遺跡を研究してみたいと言うた言葉に嘘偽りは無い。ただ、此度はあまりにも時が悪すぎるわい。一人の魔法使いとして何よりも優先すべきはあの遺跡の研究じゃが、それを押し通す事が出来ぬほどに、わしは世俗のしがらみに塗れてしまっておるのじゃ」
老魔法使いからすれば、長年研究した遺跡の謎を解き明かす手掛かりを得た可能性があるだけに、断腸の思いとは正にこのことだろう。
「そうなると、おれはこの集落に滞在してる間は、この家で寝泊まりして構わないですか?」
「ふむ、王との取り決めでこの家はサイラスが使用する事になっておる。それゆえ明日からは集落長かソフィアの家で寝泊まりすれば良かろう」
どちらが良いとかそう言う話では無くて、どちらに間借りするにしても女性がいるので気を遣う事が多くなりそうな感じがする。
別の提案を上げれる立場では無いと承知しつつ、こちらの希望を具申してみる事にした。
「例えばですけど、間借りするのはギルの家でも構わないですよね?女性の住む家に余所者のおれが寝泊まりするのは、少し気が引ける思いがするので。勿論、ギルが快く受け入れてくれればの話ですが」
家主のギルとは浄化の儀式以降は親交を深めれていると思うし、弟子のコールとおれはそこそこ相性がいい感じがするし……。
「いや、ギルの家はならぬ。わしが集落におらぬ間は、王国軍から守護者の補佐が派遣される事になっておるゆえ、その補佐役の宿となるのじゃ」
「では、集落に空き家はありませんか?」
「ひとつあった空き家にソフィアが住み込んでおるからのう。この集落に居る限りは、誰かの家に世話になる他ないわい」
そうなると現状は集落長かソフィアの家の二択になる訳だ。
サイラスが良ければこの家に置かせて欲しいと言いそうになったが、それは声に出す前に飲み込んだ。
王族に暗雲が立ち込めているのなら、今後宮廷魔法使いのサイラスが住むこの家は密談や会合で使用される可能性がある。
おれをこの家から出すのは、秘匿性の高い情報を外に漏らさない為だろうし。
「分かりました。では夜が明けたら、集落長に相談しに行きます」
建前でそう告げたが、おれとしてはソフィアの家で世話になろうと思いがあった。
集落長の家は広くて恐らく歓迎されるだろうけど、ひとつ屋根の下にあの色気ムンムンの人妻と良からぬコトがあったら大変だし、嫁入り前の娘がいると言っていたのでこちらも万が一の事態は絶対に避けておきたい。
それにそもそもソフィアは、浄化される前のおれを自分の家に連れ帰ろうとしてたくらいだから。
「この集落において、まずは集落長に相談を持ち掛けるのは良い心構えじゃな。まあ、わしがおる間は好きな時に来れば良い。お主とはまだ話しておかねばならぬ事が幾らかあるのでな」
そう言うと老魔法使いは器にあった茶を一気に飲み干してしまった。
それを見てかサイラスも思い出したかの様に、完全に冷め切った茶を喉を鳴らし飲み干す。
ふと小窓から外を見ると、少し空が明るくなっていた。
ルーファスとサイラスはほぼ同時に立ち上がる。
「リョウスケよ、わしらはこれより森へ向かう。お主はここに居っても良いが、集落長らの朝は早いからのう、もう起きて働き始めてるであろうよ」
そう告げると老魔法使いはサイラスとアランを引き連れて、颯爽と外に出て行ってしまった。
なんとなく疎外感があったが、この世界において圧倒的余所者のおれが今更疎外感なんてちゃんちゃら可笑しな話だと、笑みが零れた。




