第2話:サイラス・フラカン
「――その容姿から見て、サイラスは魔法使いなのですか?」
彼は高級そうなローブを纏っており、手首には金属製の腕輪をはめていた。
たったそれだけで魔法使いと決めつける事は出来ないが、どことなく雰囲気のある人物なのでそう感じてしまった。
半ば藪から棒な質問を受けて、サイラスは一瞬目を見開いたが直ぐに表情を戻した。
「ええ、私は宮廷に仕える魔法使いです。この度はルーファス先生に代わりこの地を守護する為に馳せ参じた次第です」
サイラスは話題の広がる受け答えをしてくれた。
彼はおれの事に興味を抱いてくれているみたいなので、ここはひとつ思うままに質問を繰り出してみるべきだと思う。
それを催促する様に、ルーファスはおれとサイラスの器に茶を注いでくれた。
「この地の守護者はギルだと聞いてますが、彼は物理的な戦力としての守護者で、ルーファスやサイラスは魔法戦力としての守護者ということですか?」
「そうなります。実際に有事が起きた際に敵を迎え撃つのは戦士たるギルバートや集落の男衆ですが、ルーファス先生が設置された結界石に魔力を注ぐのは我々の務めです」
サイラスはそこで言葉を切り、湯気の立つ茶に息を吹きかけていた。
どうやら彼は猫舌みたいで、そのまま口を着けることなく器をテーブルに戻していた。
好みの熱さでは無いが、大先輩が淹れた茶なのであからさまな態度は示せないと言った所だろうか。
と、それはさて置き。
有事の際とは、話に聞いた森の民シンアやオークなどの襲来を想定してるのだと思う。
この小さな集落に宮廷務めの魔法使いを派遣してくるのだから、王国としても重要な拠点のひとつとして扱われているのだろう。
「実際、森の民シンアやオークがこの集落に襲撃する可能性はあるのですか?」
結界石や魔法の話も気になったが、取りあえずは近隣の情勢あたりから探りを入れてみることにした。
「森の民にせよ、オークにせよ大規模な襲撃は恐らく無いと思われます。しかしながら森の民の中にも穏健派もいれば強硬派もいて、自らの力を誇示したいが為に小規模ながら襲撃を試みる輩が存在します。オークに関しては逸れが存在しますので、どちらにせよ警戒を怠る事は出来ないのです」
こちらの質問に対して、的確に受け答えてくれる男だ。
誠実そうだし、ルーファスの代行を任されるくらいだから魔法使いとしても相当な腕前なのだろう。
「それでルーファスはいつ頃に、この集落を発つのですか?」
おれはサイラスからルーファスへと視線を変え、そう尋ねた。
この老魔法使いとは出会ってまだ幾日も過ぎて無いが、彼の庇護下から離れるのは時期尚早に思えてならなかった。
「ふむ、そうじゃのう。サイラスはこの集落に派遣されるのは初めてじゃったよのう?」
老魔法使いは一旦おれと視線を重ねたが、すぐにサイラスへと顔を向けた。
おれに対して何か言い分がありそうな表情を見せたが、思い違いだろうか。
「はい、コトナ集落を訪れたのは今回が初めてになります。近隣のトリス街には兄弟子がおりまので、年に一度は顔を出す様にしてますが」
ここに来て漸くサイラスは表情を僅かに崩した。
老魔法使いに対して申し訳なさそうに、眉を顰めている。
この温度差は初対面だからと思いたいところだが、果たして……。
「トリス街の兄弟子とは、エルネスト・フラカンの事かのう?」
「はい、王国軍を退役した後はトリス街に活動の拠点を置いているのです。フラカン家は別の兄弟子が継ぎましたので、今後は冒険者として稼ぎを得つつ、自身の研究に没頭すると言っております」
「エルネストの腕前があればフラカン家の宗主となっても不思議はないがのう。あやつならフラカン家を大いに盛り立てよるじゃろうし。しかし魔法使いとして研究に没頭するのであれば、家など継がずにトリス街あたりを拠点に活動する方が良いのかもしれぬのう」
「王都や副都に拠点を置くと、名のある魔法使いは社交の場にも顔を出さなければなりませんから。兄弟子エルネストは魔法の腕こそ私よりも格段に上ですが、あまり社交的な人柄ではありませんので」
お互い流れる様に言葉を紡いで会話をしていた。
魔法使い同士の会話は、一般人の会話に比べるとテンポが早い。
おれの問い掛けはおざなりになってしまっている様だが、二人の会話は耳心地が良くこのまま暫く参加出来ない会話に耳を傾けてみるかと思っていた。
しかし、そんなおれの様子を見てサイラスは「申し訳ありません、リョウスケ。貴方の質問に対する答えが出てませんでしたね」と謝辞を述べて来た。
会話の輪に入らず黙っていたので、気分を害してると思ったのかもしれない。
「ああ、いや、気にしないでください。即答出来ないという事は、出立の日取りはまだ未定であり、容易に決める事は出来ないという事ですよね、ルーファス?」
「うむ、集落近隣の森の中を案内しつつ、点在する結界石をひとつずつ巡らねばならぬからのう。それだけで丸二日は費やすであろうよ。本来は近隣集落も一緒に巡ってやらねばならぬ所じゃが、今回はそうのんびりとしてる場合では無いからのう」
ここでルーファスは溜息を長く吐いた。
思わせぶりな言い回しをしていたが、少し重い空気が流れていたのでそれを追求する気は起きなかった。
何か重大な事件が起きて、ルーファスは王都へ赴かなくてはならない……くらいの事は察するが。
その追求を棚上げするとなると、おれとしては自己中心的に身の振り方を考えるしかない。
「要件はともあれ、ルーファスが近々の内に王都へと赴くという理解で宜しいですか?」
そう尋ねると、老魔法使いはゆっくりと頷いた。
「そうなるのう。そしてこの集落へはいつ戻って来れるか、今は見当もつかぬのじゃ」
「貴方がこの集落を離れるなら、おれがこの集落に一人残って遺跡の研究をする訳にもいかないですよね?」
「お主には研究者の素養はあると思うがのう、いきなり一人でやるにしては、あの遺跡は些か手強い。あれに無駄に時間を費やすのであれば、集落で農作業の手伝いをして時を過ごした方が良いじゃろうな」
「そうですか。――どうやら、おれを王都へ連れてゆく気は無さそうな、口振りですね?」
例えそうだとしても、おれは別段この老魔法使いを恨む気は無かった。
出会いこそ衝撃的だったが、この世界へ来て初めて出会ったのがルーファスで良かったと今は心から思えるくらいだし。
少なからず縁はあると思うが、人の出会いと別れはこの世の常だと、それくらいの事は心得てるつもりだ。




