第1話:夜更けに、来客あり
ルーファスと戦争やら宗教のことで話し込み、コールはそれを興味深そうに聞いてくれていて……そしておれはソフィアよりも遅れてクヴァスの酔いが回り、多分椅子に座ったまま寝落ちしてしまった。
主な話し相手である老魔法使いの声は穏やかに耳に響くので、それはまるで眠りの魔法の様だったから、致し方なし。
一体何時間寝ていたのか見当もつかないが、とにかく目覚めるとおれは酔い潰れたソフィアを寝かせた所にいたワケだ。
スッキリとした目覚めでは無かった。
癖の強いクヴァスはおれの身体には合って無いのかもしれない。
頭も瞼もずしりと重かった。
まだまだ全然寝ていたかったが、喉の渇きが酷くこれ以上惰眠を貪るのは命が危険に晒されてしまう。
取りあえず上半身を起こし、辺りを見回した。
幾つかあるランプに火が灯されてあった。
小窓から外が暗く見える。
「もう夜か。ソフィアは、いないから起きて帰ったみたいだな……」
敢えて声を発してみたが、想像以上にガラガラとしていた。
いきなりは立ち上がれそうにないので、一旦腰を浮かせて四つん這いとなる。
これが我が家ならこのまま冷蔵庫まで這いずるところだが……ここは威厳ある老魔法使いの家なので、せめて立って歩いて顔を見せなければ大人として恥ずかしい。
(どうやら育ちが良いと思われてるみたいだしな。異世界まで来て下らない見栄は張りたくないけどさ……)
四つん這いからゆっくりと立ち上がり、改めて身体の重さを体感した。
頭の奥に僅かながら頭痛がある様な感じがする。
生きるか死ぬかの瀬戸際を経ての二日酔いは、キツイけれどこれ程に生きる喜びを味わえる苦しみは中々無いかもしれない。
寝床を出てから隣りの部屋へと移動する途中から何やら話し声が聞こえてきた。
一人はルーファスで、話相手の方は男性の様だが耳に馴染みが無い。
不用意に顔を出すべきでは無いかも、と思ったが広い家では無いので考えを深める間は無かった。
「――ふむ、起きて来よったのう。こやつが先ほど話したリョウスケじゃ」
少し呆れ声の主はルーファスで、彼はいつも通りの席に腰掛けていた。
その対面には濃紺のローブを纏った男性が腰かけており、彼のすぐ後ろには軽装だが腰に剣を下げた戦士風の男性が佇んでいた。
三名の視線が痛みを感じる程に突き刺さってくる。
「これはどう見てもササラ人ですね。見た所……魔紋はありませんが」
そう所感を述べたのは腰かけているローブの男だった。
淡々とした語り口だ。
そしてその後ろにいる帯刀した男はさり気なく剣の柄に手を置いていた。
ギルと初めて会った時も似た様な所作に肝を冷やしたが、これは何度経験しても気持ちの良いものではない。
「リョウスケよ、ちと話がしたいのじゃ。そこに掛けてくれぬか」
ルーファスはそう告げると、手早くおれの分の茶を入れて自分の左手側へと差出した。
まずは冷たい井戸水で猛烈な喉の渇きを潤したい所だが、この誘いを断れる雰囲気では無かった。
「はい、ありがとうございます」
掠れ声を振り絞り礼を述べると、ローブの男は小さく「ほう、これは……」と呟いた。
相手の様子を伺いつつ、指定された席へと腰かける。
席に着きまずは熱く薄い茶を一口頂いた。
乾いた身体にすうっと沁み込んで行くような感覚があった。
おれの事を観察してるの肌身に感じるが、特に気にして無い素振りをすることにした。
「この二人は先ほど王都から来たのじゃ。腰かけておるのがサイラス・フラカンで、後ろに控えておるのがアラン・ヴィシエじゃ」
老魔法使いは口早に紹介を進めると、自ら淹れた茶を啜っていた。
まだ寝惚けた頭では名前を覚えるのがやっとだ。
あれこれと勘繰る余裕は無かった。
「サイラスと、アランですね。リョウスケ・ミヤタと申します。宜しくお願いします」
申し訳ないとは思いつつ挨拶は手短に済ませて、熱い茶を一口二口と啜った。
まずは喉の渇きを潤わさなければ、まともに口を利くことも出来ない。
「全く癖の無い流暢なイセリア語ですね。王都の貴族や宮廷勤めの者が使う様なと言うべきでしょうか」
おれの様子を見つつローブの男……サイラスはそう所感を述べた。
彼は口と顎に無精髭があるが、切れ長の目で顔立ちは良く中々の男前だった。
声は穏やかだが、淡々とした喋り口なので若干冷たさを感じる。
「そうであろう?これでいてリョウスケ本人はイセリア語を話してる感覚は全くないと言いよるのじゃ。ギフト【言語理解】とは正に神の領域じゃわい」
それに対して老魔法使いの方は、若干興奮気味の様に見えた。
【言語理解】の事をまるで我が事のように語ってしまっているが、大丈夫なのだろうか?
一見口の堅そうな老魔法使いを以ってしてこの口の軽さなのだから、行商人のロナルドは今頃街の酒場で大いに喧伝しまくっているかもしれない。
熱い茶で喉を潤し落ち着いた所で、おれは何か話を持ち掛けてみることにした。
サイラスとアランは明らかにこちらの出方を窺っている態度を示していたから。
「何か大切な話をされていたのではないですか?邪魔になるようであれば、暫く外に出てますけれど」
話しながら改めて小窓の外へと視線を向けた。
夜が深いのは間違い無いので、この時間の来客とあらば只事で無い事は容易に窺い知れる。
「はい、とても重大な書簡を携え王都より参った所です。しかし、話の方は粗方済ませましたので、お気遣いは必要ありません」
サイラスはすらすらと流れる様な口調だった。
抑揚は無く、口先だけで話している感じだ。
しかしおれへと向ける視線は真っすぐと揺らぐ事無く、彼の意思の強さを表している。
後ろに控えているアランは未だ席に着く気配が無いので、身分的にルーファスやサイラスと同席が許されて無いのかもしれない。




