第4話:一人会議
死ぬか生きるかの瀬戸際を経て、漸く穏やかな異世界ライフを送れるかと思っていたけれど、どうやら現実はおれが思うよりも随分と厳しいらしい。
老魔法使いの家に独り取り残されてしまったが、おれはそのまま動かずに時を過ごした。
小窓の外は徐々に明るさを増してゆく。
集落長が農作業に従事してるなら、今頃は畑に出掛けてしまってるかもしれない。
しかし、今は現状把握を優先すべきだと思った。
誰かに会って言葉を交わす前に、自分の置かれた状況をおれ自身が良く理解しなければならない。
まずルーファスに言った通り、今後どの家で世話になるかは集落長に告げるのが筋だと思う。
この家に残る事は許されず、おれ的に一番好ましいギルの家も不可となれば下心無くともソフィアの家を選択するのは妥当だと思う。
そして例えソフィアに下心を抱いたとしても、おれが彼女を力づくでどうにかするのは不可能に近い。
彼女は独身らしいからお互いが好意を抱いて結ばれる分にはなんの問題も無いとは思う。
しかし父親は宮廷に仕えている薬師らしいから、彼女の家柄的におれみたいな馬の骨はNGの可能性は大いに有りだ。
ソフィアの性格から、親に反対されたら意固地になって駆け落ちする!と言い出しかねないが……その先はそうなりそうになった時に考えよう。
そう、だから要するにおれが気にしてるのは世間体な訳だ。
この小さな集落で、何か不貞を犯してしまったら漸く得た居場所を失くしてしまうのでは?と言う恐れがある。
集落長自体は温厚で心優しい人物だが、彼の奥さんは見るからに妖艶で危うい魅力に溢れる女性だった。
例えば、おれと奥さんが不貞を犯してしまった場合、おれの処遇はどうなるのだろうか?
集落長と言う地位のある人物の妻に手を出した場合の罪があると思うのだ。
そして、集落長には婚姻前の娘がいると言っていた。
昨日の酒盛りの際にいたかどうかは分からないが、その娘ともややこしい関係になってしまったら、後々面倒臭い事になってしまうかもしれない。
「――いや、だから世間体って言うか、迂闊な事はするなよって話だよな。この世界の仕組みは、まだ何も分かって無いに等しいんだから、おれは」
思わず独り言ちてしまう。
茶はもう飲み干してしまったが、器に口をつけみすぼらしく啜ってみた。
一度は諦めた命だったが、いざ救われるとこれ程惜しいモノは他にあり得ない。
と、ここまでは温もりのある異世界転移だった場合の話。
おれが抱えてる大きな問題は他にもあって。
「異世界転移では無くて、ゲームの世界から現実世界へと戻れなくなってる可能性があるよな」
敢えて少し大きな声で言ってみた。
もしかしたらおれを監視してる者がいて、何かしら反応を示したりするかもしれないと思ったのだ。
しかし、恥ずかしくなるくらい何も起きない。
恥ずかしいついでに「ステータス」と呟いてみた。
そう声に出す事で目の前にステータス画面が現れたり……はどうやらしない様だ。
けれど天啓に石板にはギフト以外にも能力値的な項目が表示されてあったので、ゲーム的な要素は十分にあると思う。
「ゲームだった場合はどういうジャンルかが問題だよな」
元々家にひとりでいる時は独り言が多いタイプだった。
小説を書いてる時は、登場人物の台詞を声に出して言葉の響きを確認していたし。
「王道RPGか、歴史SLGみたいな感じかもしれないし。例えば鬼畜主人公のハーレム物だった場合はさ、出会った女性を片っ端から――」
どれもこれも可能性の域を出ないが、その全てを拭い去る事も出来ない。
他にも大きな問題はある。
異世界転移の場合は時空間転移魔法を自由自在に操れなければ、恐らく元の世界に戻る事は出来ない。
ゲームの中だった場合は、ゲーム的な何かを攻略しなければエンディングを迎えて外の世界へと帰還出来ない、と思う。
あとは死んでしまった場合の件。
これが異世界転移の場合は死んでしまったら、そこで終わりの可能性が高いという事。
もしかしたら死に戻り系なのかもしれないが、それを確かめる勇気は勿論無い。
ゲームだった場合は、セーブポイント的な所に戻されるとは思うが。
「あの遺跡とか、寝て起きた時にセーブされてるとか。どちらにせよ、それを確かめる勇気が無いって話になるけどな」
要するに現状は何も分かって無いに等しいので、なる様にしかならない。
ルーファスが王都に着いて参れと言ってくれたら着いて行くしかないし、この集落におれと言われたら、その言葉通りにするしかないのだ。
集落の外へ出てこの世界を満喫したり冒険出来る様になるには、せめて自分の身を守れる様にならないと話にならないのだから。
「集落の外に出れる様になったら、まずは自分と似た境遇の人を探したいよな。それを考えると【言語理解】ってギフトは滅茶苦茶有難いよ。今のところ唯一のポジティブな要素だしな」
ここで一人会議を止めるべく、椅子から腰を上げた。
立ち上がりゆっくりと身体を伸ばして、長く息を吐いた。
小窓から見える外は完全に朝を迎えていた。
三十分くらいはひとりで時を過ごしていたかもしれない。
集落長らは仕事に出てしまっているだろうけど、取りあえず老魔法使いの家を出る事にした。




