第10話:ルーファスの過去
「その様な生活をしておると、次第に軍関係の知人が増えてな……第七次森林戦争が起こる前夜じゃ。わしは森林遠征軍の指揮官から直々に遠征軍への参加を求められてな。それをわしは了承したのじゃ。若さゆえに、己の魔法技術と腕を存分に振るってみたいと言う思いに駆られたと言うのが、正直なところじゃが……」
「その七度の戦争って言うのは、王国がこの地域の開拓に乗り出した百五十年の間にってことですか?」
「うむ、僅か百五十年の間に七度の戦争を繰り広げておる。その為、森の民シンアは……交渉可能ではあるが、王国に対し譲歩することは無い。ゆえにオークと同様に困難な相手なのじゃ。その縄張りに踏み込めば問答無用で攻撃されてしまうのでな」
まださわりを聞いただけだが、この問題の根深さは察してしまった。
何よりルーファスの口調が重く、明らかに言葉を選びつつ話している様子が見て取れた。
「森の民シンアの勢力は長年国軍と渡り合える程に大きく強いのですか?」
「いや……人口も兵力も王国の十分の一以下であろう。じゃが、森の民の戦士は一人一人が正に一騎当千の働きをしおるのじゃ。こと森の中での戦いにおいて、彼らを打倒することなど不可能であると……当時まだ血気盛んなわしが、指揮官に進言したくらいじゃからのう。一体、どれほどの王国軍兵士が死んだことか。未だに森をに入れば当時の兵士の亡骸がごろごろとしておるわ」
ごくりと息を飲んだ。
若かりし頃に戦争を体験したという老魔法使いの言葉は重く心に響く。
「――もしかして、ルーファスがこの地に留まっているのは、兵士たちに追悼の意を示すためですか?」
それに対し、ルーファスは首を横に振った。
「いや、それは無い。己が死んだことに気が付かず屍鬼化して彷徨うておる者は祓ってやるが、死んでいった兵士たちに対して、特に思い入れは持ち合わせておらぬよ。わしがこの地に留まったのは、あの遺跡を発見したからじゃ。それまでも各地を旅して様々な遺跡を調べてはおったが、あの遺跡は他のどの遺跡とも異なる建築方式で築かれており、壁や柱に刻まれておる言語も複雑極まりない」
「なるほど、それで戦争後もそのままこの地に留まったと。あの遺跡の調査をするために……」
第七次森林戦争に参加してたのが三十五年前と言っていたので、この地に留まり遺跡の研究に費やした時間も三十年以上となるのか。
恐らく彼のことだから毎日欠かす事無く遺跡へと訪れ調査をしていると思う。
その変わらぬ日々の中で突如おれの様な存在が現れたのだから、それに期するところが大きいのは理解できるし、その気持ちを無下にすることは出来ない。
「正直な話、わしは戦争に参加しつつも、これで良いのか?と自問自答の日々を送っておった。森の民は自分たちの領土を主張してるだけで、王国側は侵略者でしか無かったからのう。そうした日々の中、あの遺跡を見つけ……言うなれば、わしはそこに現実逃避をしたのじゃ。この遺跡の秘密を解き明かすことが我が運命と……都合の良い思い込みを、今の今まで引き摺っておる」
ルーファスは声を震わせていた。
感情の高ぶりをコントロール出来て無いのは一目瞭然だった。
「偉そうなことを言うつもりは無いですけど、戦争は国と国の問題なので、戦争に参戦してようが無かろうが、個人が気に病む必要は無いと、思います」
「ふむ、しかし、それは戦争に参戦して無い者の言う理想論でしかない」
「理想論とは少し違うと思います。それを証拠に、絶対的な権力者でも無い限り、戦争は個人の意思では起こせないですよね?」
「戦争は個人の意思では起こせない……それは確かにのう。しかし、戦争に参戦すると決めたのは、わし個人の意思じゃかならな」
「参戦を決めたのはルーファスだとしても、その殺戮の場を産み出したのは国家です。そもそも国家や組織が戦争を起こさなければ、個人に対してその場も判断も提供はされない。国民もしくは個人に対し、その選択を委ねる国家に罪はあれど、国民個人に罪は科されない。科されてはならない。それは、その事実は、ひとりの大人として、特にコールの様な若者には、明確に教える必要があると、おれは思います」
これは、学生のころに戦争に関して討論をする機会があって……今熱っぽく語ったのは、その時の教鞭を振るっていた老齢講師の持論だった。
それが思いの外おれの心に残っていて、思わず口をついて出てしまった。
恐らく、この思想は世界的な大きな戦争を経た時代に生まれた人々が、あらゆる経験を経て講じるものだと思う。
戦争や内乱が日常的に起こりうる世界で生きる人々に、これを理解するのは難しい……か。
おれの熱弁を聞きルーファスは「ふうむ……」と声低く唸った。
そして。
「今、リョウスケが言うたことは、ミロク教の教義に似ておるかもしれんのう。わしは兼ねてより、彼の者たちの教義を軽んじておった。個人が有する責任を放棄してる様な気がしてのう。しかし、こうしてお主の口から聞くと、それこそが正道である様に思えて来るから不思議じゃわい」とルーファスはいい、渋い表情ながらも笑みを零していた。
「ミロク教……の教義ですか?今話した内容と似た様な考えの人たちがこの世界にもいると?」
「うむ、そうじゃ。ミロク教の教義で戦争は神の意思で行われる為に、その下で戦う戦士には一切の罪が科されない、と言ったものじゃ」
「ああ、なるほど。神様が絡んでくると少し趣旨が違ってきますけど、当たらずも遠からずと言った所ですかね。ところでミロク教とはイセリアの国々で信仰されているのですか?」
「いや、ミロク教はウリヤ人国家の国教じゃな。イセリア人でミロク教を信仰しておるのは極々一部じゃ。わしはウリヤ人の知人と話して聞き知った程度の知識しかない」
「ウリヤ人が信仰してる宗教なんですね。ではすぐにミロク教の信徒や司祭様に会うのは難しいですかね?」
「信徒には既に会ったのではないか?ドナルドの護衛を務めるザーフィラは、勇猛果敢なウリヤの女戦士じゃが、アレでいて敬虔なミロク教の信徒じゃからのう」
先程、がぶがぶと酒を呷っていた女戦士の事か。
先にルーファスとこの会話をしていれば、彼女からミロク教に関して色々と話を聞けたかもしれないが……タラレバを言い出したら切りがない。
ドナルドやザーフィラとは、その内再会出来る様な気がするので、次の機会を逃さなければいいだけの話だ。
この世界に来てから一夜二日とまだ僅かだが、少しでも進展があるという事実をポジティブに捉えていこう。
第3章
集落のひとびと
END




