第9話:開拓民の子孫たち
ルーファスがゴキゲンでいてくれるのも、今日は会話が滞りなく進んでいるからだと思う。
彼はおれとコールを気遣い茶のお替りまで淹れてくれた。
ソフィアに対しては茶を淹れることも無かったので、これは老魔法使いの機嫌の具合や好き嫌いを測る上では重要なファクターと言える。
熱々の茶を手元へ差し出され、おれが「ありがとう」と会釈をすると、それを真似てコールも「ありがとう、です」と言っていた。
この場、この面子で楽しめる話題は幾らでもあるが、おれは取り合えず集落やこの地域の話から切り出すことにした。
「――百五十年も前に開拓を始めたと言うことは、その当時はこの地域をもっと発展させようと考えていたということですか?それとも、取り合えず移民の移住場所として場当たり的に選定した?」
未知なる世界の話も楽しそうだが、まずは自分が生活するこの地域のことを知る方が優先度が高い。
コールはおれの方へと顔を向けていたが、質問後はルーファスの方を向いていた。
「ふむ、そうじゃのう。当然、本来はこの地域をもっと発展させたいという思惑があったと思うのじゃ。小さな集落ではなく村を築きいずれは街と成し、国内西方域発展の重要拠点としたかった、はずなのじゃ」
「そうですか……だとすると、この地方の開拓施策は失敗に終わったと言う事ですか?」
「開拓開始から百五十年を経て、ここと似た様な集落が点在してるだけ……と言うことは、当初の思惑から外れておるのは明白じゃな。まあ、その施策を最初に講じた者たちは最早誰一人この世にはおらぬから、現在が当初の目標からどの程度外れておるかは分からぬがのう」
ルーファスは白い髭に触れつつ溜息を零していた。
いまや開拓民の子孫たちは過去の目標や施策に縛られる事無く、この地で平々凡々と生活を送っているという事か。
しかし、未開拓地の切り拓き村や街を築くのが困難なことくらいは理解出来る。
志し半ばで断念したと言うことは、それ相応の理由があるのだろうし。
「――その、結局街を築くに至れなかったのは、何か明確な要因がありますか?ルーファスなりの解釈で構わないので、是非ご教授願いたい」
おれの問いかけに対し、ルーファスはすぐに反応を示す。
恐らく彼はおれがしそうな質問がある程度頭に思い浮かんでいるみたいだ。
あるいは似た様な問答を繰り返し数限りなく熟してきたのか。
「ふうむ。ひとつは、オークの存在じゃな。奴等は森を豊かにするが縄張り意識が非常に強いゆえ、森に近づく者に対して敵意を剥き出しにし襲い掛かってきよる。それにより奴等の縄張りの森を大きく迂回せねば近隣の街トリスと行き来が出来ん」
「先程ドナルドからオークの話は少し聞きましたよ。言葉が通じないから交渉の余地も無いという事ですね。物騒な話ですけど、軍や冒険者たちで駆逐する事は出来ないのですか?」
それが出来るならとっくの昔に駆逐してしまっている、と分かりつつも状況把握の為の質問をしてみた。
「うむ、森から逸れて暴れるオーク程度であれば対処は出来るがのう。森の中にいるオーク共を全て滅するのは……王国の兵を総動員して成せるかどうか。いや、オーク相手に総動員は出来ないと言った方が良いのかのう」
ゲームや漫画の世界だと、オークは主人公からヤラれるだけの存在……というイメージだが、この世界では侮りがたい存在と言う事か。
しかし老魔法使いの様子を見る限り、単純な戦闘力の問題だけではなく他にも何かありそうだ。
「例えば王国の兵を総動員してオーク討伐をすると、その間に他国から攻め込まれる可能性があるとか?確か王国軍は国外の敵に対応する戦力とドナルドから聞きましたが」
「王国軍の運用に関しては概ねその理解で良いかのう。サリィズ王国は大小様々な国家に囲まれておるゆえ、国内の問題に対しては迂闊に兵を動かす事は出来ん。オーク共は縄張り意識は強いが、現状よりも支配域を拡げようとはせぬ。それゆえ現状は、時折森から逸れ出るオークを駆るくらいの事しかしておらん」
下手に手を出すくらいなら放っておいた方が良いのか。
国内に意思疎通の出来ない集団が支配してるエリアを抱えているのは、施政者からすれば頭の痛い問題だとは思うが……。
「オークだけでも中々の難題山積ですね。その他にも理由がありますか?」
「当然、その他にもあるわい。まずはオークと同等以上に厄介なのが、森の民シンアの存在じゃな。我らイセリア人がこの地に根付くよりも先に原住しておった民族の生き残りじゃ。それゆえ言葉も文化も異なる。が、シンアの中にはイセリアの言葉を話せる者も少なからずおってな、全く交渉不可能と言う訳では無い」
ルーファスはそう言うと渋い表情のまま長い溜息を吐いていた。
交渉可能な相手がオークと同等以上に厄介と言うのには、それ相応の理由があるのは明らかだ。
「その森の民は交渉は出来るけど、こちらの条件は飲んでくれないってことかな?」
「森の民シンアは、この森……ゾルアン大森林そのものを神として崇めており、森の声を聴くシャーマンが示した樹木しか伐採を許さん、の一点張りなのじゃ」
「ああ、そういうことか。こっちが開拓で伐採しまくりたいのに、いちいちシャーマン様のゴキゲンを伺わないと木一本切ることが出来ない……もしかして、それで王国と森の民が戦争した、とか?」
またルーファスは深い溜息をついた。
その答えは、彼の険しい表情が物語っている。
もっと面白可笑しい話も提供出来るが……この地で生きてゆく上では避けて通れない話題だ。
「サリィズ王国と森の民シンアは史上七度の大きな戦を繰り広げておる。森林戦争と呼ばれておってな……わしは、第七次森林戦争に参加しておった」
ルーファスは言葉を濁す事無く、戦争に参加していたと言った。
それを聞いたコールが驚きの表情を浮かべていたので、この件は彼も知るところでは無かったのだろう。
「ルーファスは、元王国軍の兵士だったのですか?」
「彼是三十五年前の話じゃが、その当時わしは流浪の身でな。各地を巡り見聞を広める旅をしておったのだ。ゆえに何処の軍に所属していた訳では無いが、路銀を稼ぐために軍の兵士に魔法学を教えたり、冒険者として亜人種の討伐隊に参加するのが日常じゃった」
そこで初老の魔法使いは一旦言葉を切った。
ゆるりと茶を飲み、目を閉じて過去を振り返っている様子。
茶々を入れる雰囲気ではないので、大人しく待っていると彼は静かに目を開き語り出した。




