第7話:支払うべき対価
健やかな寝息をあげるソフィアを抱きかかえ、ルーファスの家の前までやって来た。
おれは扉の前で「ルーファス!ルーファーーース!」と大声を張り上げる。
すると、すぐに扉が開き中から顔を出したのは……老魔法使いでは無くコールだった。
そう言えばルーファスと一緒に集落の子供たちの相手をしてる、とドナルドが言ってた様な。
「――あれ?リョウスケ……とソフィア!?どうしたんです?倒れてしまったんですか?」
コールはあたふたと家の中から出てきたが、おれとソフィアがかなり酒臭かったのか言うまでも無く事態を察してくれた。
「ただ酔い潰れてるだけだよ。ソフィアの家が分からなかったから、ここに連れて来た。部屋で少し寝かせてやればその内起きると思うから」
おれの言葉を受けコールは扉を開け広げ迎え入れてくれた。
玄関へと足を踏み入れるとルーファスが佇んでいて、彼はこちらの様子を見るなり渋い表情を浮かべ溜息をひとつ漏らした。
「またその娘は、人前で酔いつぶれおったのか?まったく……特級薬師の身でありながら、なんと嘆かわしいことか」
ルーファスは悪態をつきつつも、手招きをして奥の部屋へと導いてくれた。
老魔法使いは手早く床に布を重ね「ここに寝かせておけ」と言い、足早に部屋から出て行ってしまった。
何だかなんだ言いつつも寝床を用意してくれるのだから、優しい一面も無くはない。
おれはソフィアを床へと下ろし、ここまで纏って来た緑のローブを彼女へと掛けた。
穏やかな寝顔を浮かべているので、暫く睡眠を取れば起きてくれるだろう。
奥の部屋から戻ると、ルーファスとコールは椅子に腰かけ茶を飲んでいた。
ルーファスの対面は空席だったが、茶が淹れてあったのでおれは言われるまでも無くその席に座ることにした。
「――で、どうであった、この世界の酒盛りは?お主の世界でも似た様な風習はあるのかのう?」
と、この初老の魔法使いは先ほどまでの不機嫌などどこ吹く風で、一転上機嫌な口振り。
おれは取り合えず、まだ熱い茶を口に含みゆっくりと喉を潤す。
相変わらずの薄味だが酔い醒ましには丁度いい。
集落の人々への話し方はかなりフランクにしたが、この老魔法使いに対しては敬意を払うべきだと頭にあった。
「酒盛りは似た様なモノですかね。田舎の人々が余所者に対し排他的と言うのも……まあ、これも似た様なモノです」
「ほっほっほっ……それゆえ、わしやコールがあの場に赴かぬ理由も分かるであろう?」
それを聞き、おれは大人しくしているコールへと目を向けた。
おれの視線を感じ彼は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
(ああ、なるほど、子供たちに読み書きを教えると言うのは嘘だったのか?)
ドナルドと共謀して酒盛り回避の名目を立てたと言ったところなのだろう。
色々と思う事はあるが、必要以上に大人の都合を突く趣味は無い。
「――で、ドナルドには何処まで話したか?」
取り合えずは、おれに関わることだけを問うことにした。
「お主が何処からどの様にしてこの地に来たのかは不明で、記憶も多くが欠落しておる、とな。【言語理解】の話もしたのう。その場におったコールも、わしらの話は聞いておったよ」
異世界云々の話はしてないという事か。
老魔法使いの語彙力を以ってしても、他者に異世界の説明をするのは困難なのは間違い無い。
「ギフトの話をしたという事は、ドナルドは信用に足る人物ということですよね?」
「無論、ドナルドは信用に足る人物だと、思うておる。わしはあやつの父親とも親交があったからのう。それにお主がこの集落に留まる以上、外からの情報はあやつから得るしかないのじゃ。もしかしたら、他の集落や街にお主と似た境遇の者がおるやもしれんじゃろう?」
確かに、それは一理ある。
この集落にありながら外の情報を得るには、ドナルドの様な商人に頼るのが一番だ。
だからこそ、この集落の人々も彼の話に耳を傾けて熱心に聞き入る訳だから。
「ドナルドに情報収集を依頼したってことですよね?商人の彼がタダで動いてくれるとは思えないですけど」
「それは勿論、タダでは無い。それにわしは無償で働く商人は信用せぬからのう。その点あやつはしたたかな男ゆえ、信用に足る、と言う事じゃ」
「それでドナルドへの見返りは一体どの様なモノなんですか?」
もしかしたらルーファスに負担を掛けてしまうかもしれない、と思っていた。
この世界では財産も人脈も無いおれが、ドナルドの働きへ支払うべき対価を用意出来ないのはルーファスが一番理解してる筈だから。
「――あやつの要求は……」と、ルーファスは一旦言葉を切り、おれの顔を真顔で見詰めた。
老人に見つめられてもトキメクことは無いが、何か含みのある間の取り方に胸の高鳴りを覚えてしまった。
「リョウスケ、お主を通訳としてあやつの商会に迎え入れたいと言ってきおった。ウリヤやササラと新たな交易路を構築する気なのじゃろうて」
「なるほど他民族と新たな交易路を構築ですか。それで通訳が必要なのか。確かに現状はそれより打ってつけの仕事は無いかも」
だからこそ、ドナルドはおれに対しあれほど友好的かつ前向きな姿勢を見せていたのだ。
「このままこの地に残り遺跡の研究に勤しむのも良いがの、一旦外に出てこの世界の見識を広めてから研究に取り組むのも悪くないじゃろう」
「おれにとってもドナルドにとっても悪くない取引きと言う事ですね。この場合何かドナルドと契約を交わしたりするものですか?例えば契約期間とか、賃金に関してですけど」
「個人と個人の間では口約束を交わす程度じゃろう。しかし勿論、お主が契約の記録を残したいと望むのであれば、ドナルドはそれに応じるじゃろう。期間に関しては一年程度で良いと言っておった。賃金に関しては一切聞いておらぬ」
老魔法使いは悠然とした態度で話していた。
今現在、彼はおれという存在に対してそれ程執着はしてない様な印象がある。
遺跡の研究を手伝わせたいのかと思っていたけれど、何が何でもという感じでも無いらしい。




