第8話:手を引いて歩くのは
「女性でもギフトやスキル次第で冒険者になる事も可能だし、女性の兵士も男性と比べて数は少ないけどいるわよ。私も、ギフトからすれば、そう言う道もあったかもしれない。けど、家がね、代々薬師の家系なの。王都ではそこそこ名の知れた家だから、私も物心つくころにはその道を歩いてたってわけ」
「ああ、そう言えばソフィアはこの集落の生まれじゃ無かったね。王都から離れてこの集落に常駐してるってこと?」
「えーっと、王都に居場所が無くなって、この集落に流れ着いたって言うのが正しいかな」
ソフィアはそう言うと苦い笑みを零した。
意図せずだが、少し踏み込みすぎてしまったかもしれない。
「申し訳ない、立ち入ったことを聞く気は無かったんだけど……」
「別にいいわよ、気にしないで。よくある話だから。私が妾の子でね、父の正妻から疎まれて……それで王都に居場所を無くされて、今に至るってだけだから」
彼女は平然と言ってのけるが……おれからすると重すぎて言葉に詰まってしまった。
この世界が、元の世界の中世ヨーロッパくらいの時代背景ならば、よくある話だと言うのも分からなくも無いが。
「――まあ、でも今は随分と関係も修復したのよ?年に一度は父と会うことが許されているし、王都の店から薬を仕入れる許可も与えてくれたし」
「そうか、家族の関係に進展があるのは何よりだね。もしかしたら、いずれは王都に戻るかもしれない?」
「うーん、それは無いかなあ。この集落に私より腕のいい薬師が現れたら大人しく王都に帰るかもしれないけど。この地方の人たちには本当にお世話になったからね、出来る限りの恩返しはしたいし」
ここに来てソフィアは抱きしめてしまいたくなるほどの、しおらしさを見せた。
彼女の様に感情表現が豊かな女性は、どの世界でもモテると思うが……それでも独り身なのは、家族との関係性もさることながら、恩返しの為にと全身全霊で仕事に打ち込んでいたからなのかもしれない。
しかし……すんでのところで抱きしめずに思いとどまったのは、視線の先の木の陰にギルとコールの姿が見えたから。
たった今気が付いたが、奴らは木の陰に隠れてこちらの様子を覗き見してたのだ。
おれの視線に気が付き、ギルは身体を隠そうとしたが、そもそもあの巨躯がきれいに隠れる筈もなく……ついには観念したのかコールを引き連れてこちらへと向かって歩いて来た。
「ちっ、なんだよいいところで気が付きやがって。このままソフィアを押し倒してヤリ始めんじゃねえかって思ってたのによう!」
ギルはおれたちの前に来るなり開口一番大声でそう吠えた。
全くデリカシーの欠片もない男だ……その悪ノリは嫌いではないけれど。
恐らくデリカシーを知るであろうコールは、申し訳そうな顔で俯いていた。
彼らに近くで覗かれていたことを今この瞬間に知ったソフィアは……身の毛も弥立つ鬼の形相で――。
「ギル!?アンタ、なんでココにいるの!?」
「え?あ、いや、集落長がよ、メシと酒の準備が出来たから、リョウスケたちを呼んで来てくれっていうから」
ソフィアから先ほどまでのしおらしさは消え、ギルからは威勢の良さが完全に鳴りを潜めていた。
空気がヒリヒリとしている。
「コール?ちょっと、リョウスケを連れて先に集落長の家に行きなさい。私は、ちょっとギルに話があるからさ」
ヤバイ空気感だ。
このままギルを残して行ったら血の雨が降ると思った。
彼女のギフト【剛力】が猛威を振るうかもしれない。
「――ソ、ソフィア?取り合えず、ミンナで一緒に、集落長の家に行かないか?おれは、世話になった人たちと、ミンナで一緒に酒を飲みたいからさ。そうだ、コールはルーファスを呼んで来てくれないか?ソフィアとギルはおれと一緒に集落長の家に行くから」
おれはそう言い、ソフィアの手を握りしめ集落長の家を目指して歩き出す。
取り合えず彼女を押さえれば血の雨だけは回避されるから。
「ほら、ギルもぼさっとしてないで行こう!コール?ルーファスのこと、頼んだよ!」
ソフィアであればおれの手なんて容易に振り払える筈だが、彼女はそうせずに大人しく着いて来てくれた。
ギルも少し離れた距離から警戒しつつ、追随してくれている。
「あの……ちょっと、えーっと、リョウスケ?今日は引き下がってあげるけど、ギルみたいなバカはぶん殴ってやらないと、調子に乗るだけなんだからね?」とソフィアは、呆れた声を上げた。
「あ、ソフィアはギルを殴るつもりだったんだ?全然気が付かなかったよ」
「嘘おっしゃい。貴方はそんな鈍い男ではないでしょうに」
「あははは、バレてるのか。でも、まあ男なんて大体鈍いと思うけどね」
「全く、男って、本当に馬鹿ばっかり。今日は貴方に免じて許すけど、次は無いからね?庇うなら纏めてシメ上げるから」
恐らくその言葉に嘘は無いだろう。
次からギルを庇う時は命懸けと言う事か。
折角、浄化を乗り越えたのに、まさか自らの意思で首を絞めることになるとは……。
と、多少の緊迫感を孕みつつ、おれたちは集落長の家までやって来た。
気が付くと既にギルの姿は無かった。
逃げ出したくなる気持ちは分かるが、おれを巻き込んでおいてそれは無いだろうと、苦い笑みが零れる。
「――ねえ、リョウスケ?もう、手は放してもいいんじゃない?」
ソフィアからそう言われて、おれは慌てて手を放した。
今になって、もしかしたら恋仲じゃないと手を繋がないとか、夫以外が肌に触れてはいけない的な風習があるのかもと、思うに至る。
「あの、もしかして男が女性の手を引いて歩くのって失礼な行為だったりする?」
つい先刻鬼の形相と化したソフィアが、今はもう恋する乙女のごとき恥じらい顔。
「いや、あのね?リョウスケの国ではそう言う風習が無いと思うけど、この国では……街中で未婚の男性が未婚の女性の手を引いて歩くのは、交際宣言をしてるのと同意で……。あの、でも、これはそう言う風習を双方が理解したうえで成り立つものだと思うから、今のは別に――」
ああ、無知は罪とはよく言ったものだ。
彼女が未婚でいるのは、仕事や家庭環境の要因もあるとは思うが、奥手がゆえに色恋とは無縁の人生だったのかもしれない。
なんとか彼女が傷つかない様にと言葉を探していると、まるでタイミングを見計らっていたかのように集落長ゴドウィンが現れてくれた。
「――さあさあ、リョウスケ、ソフィアも。食事と酒の用意は出来てるので、どうぞ中へ」
集落長のギフト【精神力増大】でお互い少しは冷静になれるといいが……果たして。




