第1話:集落の守護者
ギルに追いつくと、彼は少し歩くペースを落としてくれた。
左の腰元には剣をぶら下げていたが、服装は麻生地の質素なものだった。
髪は肩口まで無造作に伸ばしてあり、口周りには無精ひげがあった。
そしてなりよりも、その見事な体躯に息を飲む。
パワーリフティングやラグビーの選手の様なと言って過言無いくらいだ。
「――オレは今まで何度も浄化に立ち合ってきたが……」
ギルは歩きながらそう切り出してきた。
「命乞いをするヤツは幾らでもいた。困惑のあまり泣きだすヤツもいたが、集落の民のために一思いに殺してくれって言うヤツは、オマエが初めてだ」
彼は前を向いて歩いていたが、横から見ても頬の緩みが見て取れた。
おれに服を貸す気になったのも、それを評価してのことだったのかも知れない。
「あの時は特に何か意識はして無かったですけど、あの場であの様な発言が出来たのはわたしが生まれ育った国の……国民性だからかもしれません。それで、過去にあの浄化魔法で気狂いになってしまう人は存在するのですか?」
「ああ、いたぜ。オレがこれまで立合ったのは十回程度だが、その内の一人は発狂してぶっ倒れて、数日後には衰弱死した。表向きは悪魔憑きだったってことで話をまとめたが、ルーファスが言うには光と闇の属性の関係とか、色々な要因があるから断定は出来ないらしい。大体この辺りで身元不明の奴がうろつくなんてよう……碌な素性じゃないに決まってるからな!」
もう終わったことだが、その話を聞くと今平常心でいられることが奇跡の様に思えてくる。
恐らく施術前にその話をしなかったのは彼らなりの配慮なのだろう。
「なるほど、怖い話ですね。それでこれから集落長と会って、そのあとは……この集落の一員として生活出来るということになりますか?碌な素性では無くとも受け入れて貰えますか?」
「まあ、集落に住む全員がすんなりと……と言う訳には行かねえだろうがな、なんとかなるだろうさ。暫くはルーファスとソフィアと、オレが面倒を見ることになる」
「ルーファスさんは魔法使いで、ソフィアさんが薬師……ギルさんはこの集落でどの様な仕事をしてるのですか?」
そう問い掛けると、ギルはぴたり足を止めた。
そして剣の柄に手を掛ける。
「――オレは、この集落の守護者だ。集落と民を守るのが務め。後は雑用だな。基本的には平和な集落だからよ、この剣を振るって暴れることなんざ、年に一度あるかないかだ」
昨夜よりも親交が深まってるとは言え、この距離で剣の柄に手を置かれると背筋に寒気が走る。
「集落の守護者ですか……。確かに、それは適任だと思います。先程、街で無法を働いてたと話にありましたが、この集落の外で生活していた経験が?」
「ん?ああ、そうだな。この集落で生まれて……十五の歳に王国軍に志願して、戦争が終わってからは傭兵とか冒険者を生業にした。あの頃はろくでもない仕事ばかりしてたよ。その方が割りがいいしな。それからこの集落に戻ったのは五年前くらいだ」
それが言葉通りであれば、生まれて初めて見る元傭兵であり元冒険者という事になる。
年甲斐も無く心が躍ってしまった。
左目に眼帯をしているので、戦争や冒険の中で失ってしまったのかもしれない。
正に自分が小説の題材として描いていた存在が目の前にいるのだ。
街で芸能人と遭遇した時の様な高揚感があった。
魔法使いや薬師よりもそれを強く感じてしまうのは、自作小説の主人公が彼のような経歴を有していたからだと思う。
ギルは身の上を語り終えると再び歩きだした。
おれはまたその後に付き従う。
もっと色々な話を聞いてみたかったが、慌てる必要は無い。
ルーファスやソフィアと共に、おれの面倒をみると言っていたので、これから語り合う機会は幾らでもあるだろう。
そして、それからすぐにギルの家へと辿り着いた。
集落の中で言うと、ルーファスの家から見て対局側にあった。
彼の家も集落を囲んでいる丸太柵沿いだった。
この位置関係から見て、魔法使いのルーファスも集落の守護者として一役買っている可能性はある。
ギルが扉に手を掛けようとした時、中から一人の若者が出て来た。
「――ギル、おかえりなさい。そちらの方が、昨夜話してた……」
その若者はギルに声を掛けながらも、おれの方へと視線を向けていた。
まだ十代半ばころだろうか。
ギルの息子なのかもしれないが、身体の線は細く身嗜みをきっちりと整えているので、似ても似つかないと言うのが正直な感想だった。
「ああ、リョウスケってんだ。無事、浄化を終えたから晴れて集落の仲間入りってとこだな」
ギルがそう紹介すると、若者は歩み寄り笑みを零した。
「無事に浄化が済んで良かったですね。僕は、コールと言います。ギルの仕事の手伝いをしてます」
コールはなんとも爽やかな青年だった。そして、実に穏やかな口調と表情をしている。
この世界に来てから出会った三人は、気の強いひとたちばかりだったので、彼の様な存在もいることに胸を撫でおろした。
「ギルさんの仕事の手伝い……と言うと、コールくんも集落の守護者を?」
「いずれそうなりたいですけど、今は修行の身と言ったところですね。ギルの身の回りの世話をしてると言った方が良いかもしれません」と、コールは恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
するとギルが割って入って来て。
「コールは剣筋はいいが、なにせ体力がねえんだ。あと、心が優しすぎる。戦場だと敵にとどめを刺しきれずに、背中を斬られるだろうよ」
ぶっきらぼうに言葉を吐き捨てると、ギルはそのまま家の中へと入って行ってしまった。
コールはそれを聞き眉間に皺を寄せていたが、全く反論をしないのは少なからず自覚があるからだろう。




