勝たなければいけない
「『ロックウォール』」
マルティさんは土属性魔法を使う。すると地面から泥水を撒き上げながら分厚い土の壁が生れる。
素早い魔法の生成でエイトさんが放った『サンダーアロウ』は土の壁に衝突。激しく放電し、辺りに黄色の魔力を散らした。
「ちっ……、こざかしい……。マルティの癖に、舐めやがって……」
エイトさんは『サンダーウルフ』と『サンダーアロウ』の合わせ技にかなりの自信を持っていたようだ。マルティさんに防がれた状況が嘘だと言わんばかりに顔を顰めている。
魔法の攻撃を軽減するブラウンベアーの毛皮を使った外套を左腕に巻き付けて『サンダーウルフ』の攻撃を制圧したのが、大きかった。
ただ、未だに左腕に『サンダーウルフ』が噛みついている。左腕に一匹の狼がくっ付いている状態で、身動きは簡単に出来ない。
なんなら『サンダーウルフ』が盛大に頭を動かし、マルティさんの腕を噛み千切らんとばかりに動きまくっている。もう、警察犬さながらの動きだ。
「くっ……!」
マルティさんは外套の余った部分を広げ『サンダーウルフ』を包み込む。
ブラウンベアーの毛皮は魔力を散らす効果があるため、魔法の攻撃が無効化されるわけだが魔法体の『サンダーウルフ』がブラウンベアーの毛皮に包まれれば、燃えている蝋燭にコップで蓋をしたように勢いが弱くなっていく。
だが、大きな隙になっていた。
『ロックウォール』の裏に隠れていたマルティさんのもとに一本の『サンダーアロウ』が迫る。
完全に『サンダーウルフ』に意識を持っていかれていたマルティさんは気づくのが送れた。
音と光で体に当たる寸前に気づいたマルティさんは反射的に体を反らせた。
だが、左脚に攻撃を受け、感電。
左脚に太い釘を受けたような衝撃と刺激が走っただろう。
なんなら、全身に電流が走ったはずだ……。
相当痛いはずだが、マルティさんは肉を食いちぎらんばかりに食いしばっていた。
声を一切上げない。
「……当たったか、外したか」
エイトさんは二本目の『サンダーアロウ』が当たったのか、外れたのか判断できないようだった。
彼からは『ロックウォール』の裏にいるマルティさんの状況が見えないのに加え、声が出てこないためわからない様子。
残る魔力は一本の『サンダーアロウ』のみ。無暗に撃てない。
マルティさんの左腕は『サンダーウルフ』の影響で少なからず痺れている。
今『サンダーアロウ』を左脚に受けたため、立って歩くのも困難な状態。
状況はエイトさん側に傾いている。
でも、それを彼は理解できていないため、攻めあぐねている。
「『サンダーウルフ』戻ってこい!」
エイトさんの声が闘技場の中で響くが『サンダーウルフ』はすでに消滅しているため、戻ってくることはない。
一本の矢の魔力しかない彼は、相当心細い状況だろう。
暴風雨のため、視界も悪い。
闘技場は魔力の照明が付いているものの、中央で戦っている彼らは観客席にいる人の顔も判断できないほど視界が最悪の中、戦っていると思われる。
全身が雨に打たれ、体が凍え、寒さで心まで弱まっていく。
「まだだ……、このままじゃ……、勝てない……」
マルティさんは『ロックウォール』を背に、息を整えていた。
左脚と腕が光っている……。
何かしらのスキルが発動しているらしい。痺れていたはずの脚と腕が少なからず動くようになっていた。
――マルティさんのスキルは何かを癒す系なのだろうか。じゃあ、聖女系のスキルになるのかな。スキルが使える分の魔力が残っているのは、魔法を連発しなかったから……。
スキルは戦いに大きく影響してくる自分の能力。
短期決戦を決められなかった時点で、エイトさんの方は中々に厳しい戦いを強いられている。
それでも、マルティさんにだけは負けたくないというエイトさんの意地が今の状況を作り出していた。
ずっとしょげていたら、すでにマルティさんがエイトさんを倒しているだろう。
「まだ、審判が勝敗を付けていない……。となると、マルティはまだ動ける状態にある。さっきの攻撃は外したか」
エイトさんは体を動かして『ロックウォール』の裏を確認するようなことはしない。大きな隙を見せるだけだとわかっているようだった。
距離があるため、発生が早い雷属性魔法が使えるエイトさんの方に分がある。
でも、後一発しかないと考えると、勝負はわからない……。
「八分が過ぎた……。残り時間、二分……」
私は懐中時計を確認し、マルティさん達の試合時間が残り少ないとわかる。
二人が戦ってもう八分も経つのかと思った。あまりにも時間の流れが速い。それだけ戦いに集中していたということか。
今のところ、マルティさんの方が攻撃を受けているため、エイトさんの方が判定的に有利だ。
でも、まだ決定打が出たわけではないため、マルティさんの逆転もあり得る。
エイトさんが魔法をマルティさんに当てれば勝ちが確定しそうだけれど……、どうなのだろうか……。
「すぅ、はぁ……、すぅ、はぁ……。リーファちゃん、僕は、何が何でも勝つよ……」
マルティさんは顔に着いた泥をぬぐい、息を整え始めた。
どうやら、打って出るらしい。今、待っているだけでは、勝てないとわかってしまったのだから、攻める以外に道はない。
「体が冷える前に……、出る!」
マルティさんは左腕にブラウンベアーの毛皮から作った外套を巻き付けた状態で『ロックウォール』から飛び出した。
右手に剣を持っており、戦士さながらの動き。表情は前にしか活路がない傭兵そのもの……。
「ち……、厄介な道具を使いやがって……」
エイトさんはマルティさんの左腕に巻き付けられたブラウンベアーの外套が気に食わない様子。
あれに『サンダーアロウ』をぶつけたら、終わりだ。
そうなると、遠距離攻撃をするのはリスクが高い。近距離から確実に当てる必要がある。
マルティさんの動きは戦い初心者から見ても隙が多い突撃。
攻撃を当てるのはたやすい。
でも、後一撃しか攻撃が出来ない状況だと、どうしても迷ってしまう。引き着けてから攻撃するか、今、攻撃を放つか……。
エイトさんは『サンダーアロウ』を引いていたが、弦を緩める。電撃の矢を右手で持ち直し、前に走り出した。
「おらぁああああああああああああああああああっ!」
マルティさんもぎょっとした顔を浮かべ、エイトさん自ら突撃してきた状況に唖然としている。
魔法だけで戦って来た彼が、前に出るなど普段はあり得ないのだろう。
だが、今回は何が何でも勝ちたい戦い。
少しでも勝率が高い方を選ぶ。おそらく、それが、今のエイトさんのプライドを守る一つの方法だった。
マルティさんはエイトさんの姿を見て、軽く笑っていた。
もう、エイトさんと戦えて嬉しくて仕方がないといった様子。
以前なら、最初の一撃で早々に負けていただろう。
だが、残り時間が一分を切るほどに戦えている。
それだけマルティさんの成長が見て取れた。その事実が、限りなく嬉しいのだと戦っている姿から見て取れる。
彼の笑顔は、エイトさんを動かしてやったと言わんばかりに輝いていた。
「マルティっ! 死ねやおらああっ!」
「まだ、死にたくないよっ!」
マルティさんの剣がエイトさんの頭上に振り被られる。
エイトさんは左腕を差し出し、攻撃を受けた。
真剣が腕に当たれば試合前に防御魔法が付与されている状態といえ、相当な痛みが伴う。
腕が折れたような鈍い音も聞こえて来た。だが、エイトさんは歯を食いしばり右腕に持っていた『サンダーアロウ』をマルティさんの首目掛けて突き刺す。
皮が薄い首に強烈な電撃が走り、マルティさんの体が弾けるような電流が空気や地面に溢れ出す。
「ぐぅあああああああっ!」
もう、戦いは最終局面、完全にどちらが最後まで立っていられるかの勝負。
エイトさんは左腕を負傷し、魔力を完全に使い果たしたのか、よろめいている。
もう、小指をぶつけるだけで倒れてしまいそうだ。
マルティさんの方は体から煙を出し、その場で天を仰ぎながら棒立ちになっていた。気絶したのか、はたまた力を振り絞って立っているのか……。
闘技場にいる者たちは、両者の戦いぶりがあまりにも白熱していたため、誰も声を出さず、じっと見つめている。
そう言うところは、どこか日本人に近しい感性を持っているのかもしれない。
「マルティ、中々、努力したらしいじゃないか……。だが、俺の方が一枚……」
エイトさんは何かに気づいた様子で、目を見開く。
「僕は、負けられないんだ……。相手が、エイトくんでも……」
マルティさんは左腕に巻き付けていた外套を手に持っていた。加えて剣を地面に突き刺していた。
靴は履いておらず、両足がむき出しになっている。地面がどろどろ過ぎて、誰も靴を脱いでいるとわかっていなかった。
両手両足から電流が体の外に放電し、マルティさんの体にとどまっている時間は想定よりも短かったようだ。
雨の影響で、体に電気が流れやすい状況だった。
だが、逆に言えば地面も濡れている。
つまり、電撃が流れやすい状況なわけだ。
それを理解していたか、いなかは定かではない。
マルティさんはエイトさんが地面に攻撃を打たないと決め、靴を脱ぎ、飛び出したのだろう。
もし、地面に攻撃を放たれていたら脚が痺れて時間切れで負けていたはずだ。
でも、エイトさんが飛び出してきて直接攻撃してきた。
それも予測していたのかもしれない。
なんせ、ブラウンベアーの外套は『サンダーウルフ』を消した際、すでにボロボロで魔法を一撃防げるだけの効果を持ち合わせいそうになかった。
遠距離攻撃されていたら、マルティさんは防御できずに攻撃を食らい、遠く離れているエイトさんを攻撃できなかっただろう。
「マルティ……、お前……、全部、考えたうえで……」
「エイトくん……、僕は君以上に強くならないといけないんだ……」
マルティさんは外套を捨て、両手で剣の柄を握りしめる。
奥歯が壊れそうなくらい噛み締め、体に力を入れていた。
電流が走った後、筋肉が上手く動かない。それを根性で動かそうとしている。
「くっ……、ふ、ふざけ……、ふざけるな……」
エイトさんは魔力がスッカラカンの状態で、体を動かすのも一苦労。
腰が引け、ドロドロの地面に尻餅をついた。打たれた左腕が痛むのか、顔を顰める。
「どんなに泥臭くとも……、僕は勝つっ!」
マルティさんは全身泥まみれの状態。
でも、瞳は磨いた銅のように輝いており、一人の男を狙っている。
大好きな人のため、こんなところで負けていられないのだと全身全霊の力で剣を振り上げて見せた。
雨や風が一人の男を賞賛するように、少しだけ和らぐ。
泥が雨に流され、彼の清潔感溢れるイケメンな素顔が闘技場の中心にあった。
視線が一点に集まり、燃え上がりそうなほどの熱量が籠る。
「はぁあああああああああああああああああああああっ!」
マルティさんは剣を振り下げ、エイトさんの頭に一撃。
「くっ!」
エイトさんは目を瞑り、完全にやられる側に回っていた。
そのまま、剣は頭に当たることなく地面に流れていく。




