第1章 第後話 後編 惰性のエルフ ③
「で、姉ちゃん」「これからどうするんだ?」
「今考えてるところよ」
何だかんだで小一時間ほど海岸にいたわけだけど、人どころか生物らしい生物にも遭遇しなかった。
まず早急に判断を付けるべきことは、この島がエレツであるか否か。これは大げさかもしれないが死活問題だ。もしこの海岸がエレツの領土だというのであれば私達はもう一度海に戻らないといけなくなる。
とはいえ、一か月ほどで世界一周を果たせるとはさすがに思えないのである程度楽観的に思考は進んでいる。
「…決まった。まずは人を探すわ」
「人を?」「いるのか?」
シニステルとデキステルは共に片手を額の前でひさしのように構える。弟達は視力も私よりずっといいので少し当てになるかもしれないと思ったのもつかの間、弟達は手を下ろす。その仕草から何も発見できなかったことを推し量った私は二人の間を通り抜けて海岸を後にすべく歩き出す。
弟達はそんな私の後を黙って付いてくる。
可能性として、この島が無人島だということもあり得る。もしそうなら私達のエレツ脱出という目的は果たされたわけなんだけど、そうすると今度は別の問題が浮上する。それは食糧問題だ。
一応海を越えるにあたって家の食糧を持ってきたり、お小遣いを全部食料に換算したりしてきたのでうまくやりくりすればあと半月は持つ。しかし裏を返せばあと半月しか持たないというわけだ。
「村か何かあれば食糧問題は解決するところなんだけどね」
そしてできればその村内で貨幣というシステムが根付いているとなおよい。私の魔法か、弟達の体力で手伝いでもすればお金は稼げるはず。
あるいはさっき海岸で作ったような芸術品でも売ろうか。芸術家として売れれば物理法則を無視した収入が得られる。少なくとも私の故郷ではそうだった。
そんなことを考えながら、たまに砂に足を取られたりしながら、私は海岸から脱するべく足を前へと出し続ける。努力の甲斐あって5分とかからず砂浜から脱出してしっかりした陸地を踏みしめることに成功する。
「これは…」
そして私は勝利を確信した。
「これは、道?」
私の目の前にはごく当たり前の風景、よく見慣れた風景があった。土の上に広がる芝。そしてそこに走る一筋の土色。この当たり前の風景はこの島に人がいないという前提では極めて不自然な光景となる。つまり
「やったわよ。シニステル、デキステル。この島には人がいる!」
「ああ、そうなんだ」「へー、そうなのか」
私の興奮とは裏腹に冷めた態度の弟達。まあ無理もない。この子達は食糧の備蓄があとどのくらいあるのか知らないのだから。
「とにかく二人とも、人がいることは分かったんだから次にするのは人探しよ。」
「人探し?」「誰か迷子か?」
「その『人探し』じゃないわよ。揚げ足取ってる暇があったら探しなさい」
声の調子だけだと本気で言ってるように聞こえたけど、振り返ってみると目に入ったのは二人のにやけ顔。未踏の地に踏み込んでおきながら冗談を言える余裕があるとは。さすが私の弟だ。
それにしてもこの時思って、今もまだ疑問に思ってるんだけど「揚げ足」って何で上下の「上」を使わずに抑揚の「揚」を使うんだろう。字的にはフライドチキンを取られてるみたいだ。
「あ、姉ちゃん」
首をわずかに右にひねったデキステルが声を上げた。
「何?人いたの?」
「いや、人か分かんねえけど馬車が走ってる」
「それは絶対人でしょ」
人じゃなかったらびっくりだ。まあその可能性もないわけではなかったんだけど。
「二人とも肩貸して。デキステル。方向はお願い」
私の指示に従って二人はしゃがみ込む。デキステルが方向を調整するのでシニステルが合わせに行く形だ。
私は二人の頭に手を付いて肩に片足づつ載せる。もちろん靴は脱いで。厳密には脱ぐというよりかは靴を転送したと言った方が正しい。私の履いてる靴はブーツ型の靴なので簡単には脱げない。
「どうだ姉ちゃん」「見えるか?」
弟達は肩の上の私の足を手でしっかり固定する。そのお陰で私はバランスを気にすることなく前方の「馬車」に目を凝らせる。
暫く目を凝らすと見えてきた。かなり遠くにある。私には点にしか見えないのに。改めて私と弟達の視力の差を実感した。
「望遠」
私は魔法を発動する。効果はそのまんま望遠魔法だ。視力だけを遠くへ飛ばす魔法もあることにはあるのだけれど、あれは正直やる気になれない。やると頭がガンガンする。
多分私の瞳は今魔力の色、灰色に染まっているんだろうが、その瞳は前方を進む「馬車」を捉えた。
「見えたわ…デキステル。あんたさっき馬車って言ってたわよね」
「うん。だって馬車だろ」
「あれは荷車って言うのよ」
馬車と聞くと屋根があって車輪が四つあるものを想像していた私は、さっき取られた揚げ足の仕返しとばかりに言ってしまう。私の揚げ足の方が性質が悪い気がしないでもないが気にしない。
それに私の言っていることも的外れではない。望遠魔法によって見えた、荷車の引手は人間だったからだ。
「じゃあ飛ぶわよ。足放して」
足から手が離される。バランスを崩す前に私は弟達の肩に腰を下ろす。靴を転送して足に装着した私はさらに転送魔法をかける。私を弟達ごとあの荷車の所まで。
もちろん荷車の進路の上に飛ぶつもりはない。大した速さではないといっても突然目の前に現れたら攻撃されるかもしれない。少し後ろに私は飛ぶ。
一瞬視界が歪み、元に戻ると景色が一変。目の前にはのろのろと進む一台の荷車。大体人間の歩く速さと同じくらい。まあ、荷車を引いている人が歩いているのだから当たり前と言えば当たり前のことだ。
車を引いているのは男だった。白髪の混じり始めた黒髪を短く刈り上げている中肉中背の男。まだ私達の存在には気が付いていないようだ。
私は弟達の肩の上から降り立ち、小走りで荷車の方へ駆けて行き、荷車を引いてる男の視界に入る。走るのは好きじゃないけど、かといって弟にファーストコンタクトを任せるのは正直気が引ける。
「あの、すみません」
私は男の前に出るとともに声を掛ける。私の声を聞いた男は目論見通りにその場に立ち止まり、私の方を見る。
「ひっ!」
それが、私を見た彼が最初に発した言葉だった。ただ驚いたとか言うのではない。恐怖の絡んだ悲鳴。
シニステルとデキステルが少し遅れて私の後ろに現れる。その変化に気付くと男はさらに目を見開き、一瞬逃げるような素振りを見せた、しかし何を思い出したのか踏みとどまり、両膝をついて両手を額の前で合わせた。
この時の私は男がとっているポーズをこの国の挨拶だと勘違いし、真似ようと膝を折りかけた。
その時、
「どうか!どうか命だけはお救い下せえ!」
私の膝が地面に着く前に男がそう言った。
「え?」
私は呆気にとられる。ポーズの意味がこの時ようやく分かった。目の前の男は私に命乞いをしているのだ。
しかし何故?私はまだこの男に「あの、すみません」としか言ってない。にもかかわらず彼は私の姿を見るなり怯えていた。
弟達が現れた時というのなら分からなくもないけど、このか弱き可憐な乙女を見るなり怯えるだなんて。この国は美少女を恐れる文化でもあるんだろうか。と考えているうちに男が矢継ぎ早に言葉を連ねる。
「どうか、どうか命だけは。女房と娘がいるです。荷車の荷物は何でも持ってっていいのでどうか命だけは!」
こっちが圧倒されてしまう程の命乞いだ。持って行っていいと言われた荷車の荷物だが、藁を編んだような布が被せてあって何が積まれてあるのか分からない。命乞いの交渉材料にするくらいなんだから多分それなりに価値のある物なんだろうけど。
早いところ誤解を解いてあげないとさすがに悪いな。と思い、男をなだめようとしたその時、荷車を覆っていた布が持ち上がり、中から人が現れた。
「誰?」
私の知るイントネーションとはちょっとずれた、語尾を下げるような調子で発せられた声。その声の主は小さな、私よりも小さな子供だった。
「お父さんどうしたん?」
私と男を交互に見る。寝起きなのだろうか、その目は半開き、いや、七部開きと言ったくらいだった。髪はおかっぱで、前髪は綺麗な一直線だった。年は10歳かそこらのように見える。
「貰っていいの?」
私は女の子を指差しながらそう、冗談のつもりで聞いたが、
「お、お許しください!娘だけは!私はどうなってもいいので娘は助けてください!」
男は血相を変え、荷車の手で押す棒の下をくぐって女の子と私の間に入る。私はなんとも気まずかった。冗談が不発どころか暴発したのだ。痛い失敗だ。これでさらになだめるのが難しくなる。
「あの、ごめんなさい。冗談のつもりで言ったの。怖がらせるつもりはなくて…えーと、私達、道に迷ってるんです」
「どこに行けばいいか分からなくて困ってるんだ」「そんな怖がらなくても、何もしねえよ」
さすがに見かねたのか、弟達も援護射撃に回ってくれた。言葉は通じていても私達の言葉なんて当てにしていなかったのだろう。男は暫く私達と睨み合っていたが、やがて警戒を解いたように口を開く。
「本当に、道を聞きたいだけなんか?」
先ほど娘が発したのに似たようなイントネーションで探りを入れるような目つきだ。
「ええ。私達、舟でこの島まで来て、どこに何があるかもわからないの」
「…まあ、襲うつもりやったらもう襲われてるわな。…分かった。で?道を聞きたいって言ってたっけ?」
警戒が解けたのか、男の肩から力が抜ける。
「ええ、道というか、人がいるところに行きたいのよ。あなた達はどこから来たの?」
「俺らは向こうの方の村から来た。城下町に向かってるところや」
男は荷車の後方を指差すが、私の目には村らしきものは見えない。相当遠いんだろうか。
「人のおるところやったら城下町やけど、そこでよかったら乗せてったるで」
そう言って男は荷車を親指で差す。
「本当?助かるわ。…でも、いいの?」
さっき怖がらせたことを悪く思って私の発言はいつになく控えめなものになる。
「かまんかまん。二人三人増えたところで一緒や」
初めに見せた態度からは想像できないくらい鷹揚な態度で、男は私達に荷車の旅を勧めてくれる。
「ありがとう。じゃあお願いするわ。ほら、シニステルとデキステルも」
「ありがとうございます」「お世話になります」
私達は頭を下げてから荷車に乗り込んだ。完全に目覚めて目がぱっちり開いた少女も快く私達の乗り込むスペースを空けてくれた。
「よし、乗ったな。じゃあ行くで」
男は荷車を押し出した。
「あの、もし疲れてるならうちの弟達と交代で押しましょうか?」
未だに怖がらせたことで心に引っ掛かりのある私は珍しく殊勝な申し出をする。いや、真に殊勝な申し出と言うのは、魔法で荷車を押してあげることなんだけど、私達のことを見ただけであそこまで怯えていた男の目の前で魔法なんて使ったら失神してしまうのではないか。という懸念があったため遠慮しておいた。
「いやいや。俺はもう長いことこの荷車で旅してるからな。本当に大丈夫やで」
「そうですか。…さっき言ってた城下町まではあとどのくらい掛かるんですか?」
「ん?そうやなぁ…早ければ明日の夕方、遅くても明後日の昼過ぎには着くわ」
「え…?」
つまり、早くても24時間以上掛かるということだ。
「シニステル。デキステル」
この時、私は方針変更を決意した。
「やっぱりあんた達が引きなさい」




