第1章 第後話 後編 惰性のエルフ ②
まず何から話すべきか。多分私達が城に乗り込んだところから話すと本当に私達が悪いみたいに聞こえなくもないから、この国に辿り着いたところから話すわ。より厳密に表現するならば「辿り着いた」じゃなくて「流れ着いた」なのかもしれないけど。
「ようやく陸に辿り着いたわね」
「おお、久しぶりの。陸だ」「陸だけど、ここどこなんだよ」
双子の弟は久方ぶりの陸地を文字通り踏みしめながらきょろきょろと周囲を見渡す。私の目にも映るその風景はごく一般的な海岸。私達が出発点とした海岸と異なるのはヤシの木が生えていないことくらいだ。
「二人とも一応気を付けなさい。もしかしたら危ない生き物とかいるかもしれないし」
「大丈夫だろ姉ちゃん」「剣だって持ってるし」
そう言って二人は同時に腰に提げた剣の柄に手を掛ける。姉としてこの二人の弟を16年ほど見てきた私でもたまに彼らの息の合いようには感心することがある。
「言っておくけどここはエレツとは違う国なのよ」
弟達をたしなめるように言う私だけど実際これは単なる私の願望だ。どうかエレツと違う国でありますようにという、ささやかにして心からの願いだ。
事情があって私達は親にも告げずに故郷のエレツを飛び出したんだけど、それで結局エレツに戻ってきたというのでは格好がつかない。この世界は球体という話だから十分にあり得る話だった。
私はここまで来るのに使用した、砂を固めた船にかかっていた魔法を解く。魔法を解かれてただの砂に戻った船は自然の摂理に従って海へと沈んでいった。積んでいた生活用品は全て転送魔法で亜空間に送ったので問題ない。
「なあ姉ちゃん」「ここ何もないぞ」
「そうね。本当に砂しかないわね。…向こうの方に流木はあるけど」
「え?あ、ほんとだ!」「行こうぜシニステル!」
流木の何が珍しいのか分からなかったが、弟達は流木目がけて駆け出して行く。砂浜という慣れない足場のせいか心なしかいつもよりスピードは控えめだった。
ここで私はふとあることを思いつく。
「…ここでも魔法使えるか、確かめておかないと」
魔法というものは魔力とそれを正しく導く術があれば発動するものだが、ごく限られた環境に於いて魔力が魔術師の体外に放出されず、魔法が使えなくなることがある。という説なのだか迷信なのだか分からない話を聞いたことがあったから確認のためだ。
「こういう時何をすればいいのか迷うけど…まあ適当でいいか」
私は地面に手をかざす。普段やっているように無詠唱で物体操作の魔法を発動する。操作対象は砂だ。
術をイメージして体内に蓄えられた魔力を手のひらから解放する。
すると砂は素直に持ち上がり私の目の前で煙のようにもこもこと持ち上がる。それに従って周囲の砂がへこんでいく。
「姉ちゃん何やってるんだ?」「城でも作るのか?」
先ほど流木まで走って行った弟達が私の魔法に誘われて戻ってきた。二人とも両手に流木やら貝殻やらを大量に抱えている。我が弟ながら初めて踏み入れる地でここまで楽しめるとは大したものだ。
「ただ魔法が使えるかどうか確かめてただけよ。さすがにそんな子供みたいなこと…」
話ながらも魔法を発動してたために高さを増し続ける砂のオブジェ。そして
ブシュッ
っと音を立てて地面から水が噴き出た。
「うわっ…!」
とっさに私は魔法で壁を作る。噴き出た水はごく小規模なものでその必要は無かったのだが、それでも砂の操作を止めなかったので周囲の砂がさらに減り、立て続けに水が噴き出す。
「……」
吹き出した水は私の魔法によってランダムな形状に削られたへこみの上流れる。それはまるで水路を流れる水のように。
その光景が私の童心に火をつけた。
「……」
「どうしたんだ姉ちゃん」「何か変なもんでも見つけたのか?」
「別にどうもしないわよ。…ただ、気が変わったわ。作るわよ。お城」
私は操作していた砂を下ろし、土台を築く。水が溢れ出ているところを池に見立て、さらに砂を細かく動かして水路を調整する。
「シニステル。デキステル。砂が足りないから向こうの方から取ってきて」
「え?向こうから?」「スコップ持ってないけど」
「それもそうね。…ちょっとそれ貸して」
私は二人が持っていた貝殻を指差す。二人はその全てを私の前の地面に並べる。
「ちょっと離れてて」
言ってあたしは魔法で火を出し、貝殻を焼く。貝殻が白くなった辺りで火を止め、振動魔法で粉末になるまで砕く。それを砂と同じ要領で操作してスコップの形に整える。
職人とかならここで他の材料と混ぜてセメントとかを作るのだろうけど、私はそんな面倒臭いことはしない。私は手をかざして宣言する。
「治癒」
治癒魔法。回復魔法との違いは時間を進めるのではなく戻すという点。これは本来人間に発動するものだけど物に発動することもできる。割れた瓶なら割れる前に。灰は薪に戻る。スコップの形に形成された焼き貝殻はスコップの形の貝殻に。
「これで砂くらいなら掘れるでしょ」
「さすが姉ちゃん。スコップだ」「おお、すげえ。スコップだ」
「でもあんまり力入れすぎちゃ駄目よ。強度は普通の貝殻と同じだから」
「分かった」「行ってくる」
言って出発した二人が戻って来るのに10秒とかからなかった。「あまり力を入れすぎちゃ駄目」という私の言いつけが効いたのか、運ばれてきた砂は非常に常識的な量だった。体積にして大体人の頭一つ分くらいの量。…この例えの方が常識的じゃないわね。まあそれはいいとして。
「よし。やるなら徹底的にやるわよ」
私は誰にとなく呟き、砂の操作を開始する。固まりやすくするために水分を混ぜつつ砂を土台の上に足していく。
まずは城本体を作る。先に作った土台に対して自然な形になるように砂の量を調整する。
弟達が運んできた砂8塊分くらいで城本体が出来上がった。私は細部に取り掛かる。側面に石の模様を刻んだり、窓を付けたり、ちょっと砂を追加して監視塔を付けてみたり。
「結構運んだけど」「まだ砂いるか?」
夢中になっていたためもう運んでこなくていいと言うのを忘れていた。声のした方を振り向くとこんもりと積み上げられた砂が弟達に挟まれて鎮座していた。
「俺らそろそろ飽きたんだけど」「まだ城作るのか?」
「そう。だと思ったわ」
私がまだ小さい頃にもこんなことはあった。私がやる気を出し始めた頃に弟達が飽き始める。分担という意味ではありなのかもしれないけど。
「私は完成させるまでやるから、あんた達は別の所で遊んできていいわよ。あ、スコップは置いていって」
「分かった」「行ってくる」
スコップを地面に突き刺して走って行く弟達。あんまり離れすぎないようにと言い忘れたことを後悔したが、私の魔法があればすぐにでも呼び出せるから大丈夫だと、後悔した瞬間に思った。
「破砕」
私は地面に突き刺さったスコップに破砕魔法をかけ、バラバラに砕く。今度はそれを操作し、城の土台の側面に鱗のように散りばめる。
「いいわね。トラップみたいで」
出来栄えに満足しながら私は一人頷く。頷くと同時に別のことに思考を切り替える。弟達が運んできた大量の砂をどう消費しようかということについてだ。
「さすがに、池があるすぐそばに山って言うのは不自然よね。…あったとしても森か丘がいいところだわ」
ちなみに、これはあくまでわたしの故郷での感覚だ。波斗原には山のすぐ近くに池や丘があったりする。
「…もうちょっと城の周りを凝ってみようかしら」
城には模様をいれたり窓を付けたり凝ってみたのに城の周囲には池に見立てた水たまりがあるのみ。こうなったら丘や道なども作ってみようと私は画策した。
「まずは丘ね。ちょっと池を増やし過ぎたからまずは埋め立てて…」
盛られた砂を操作して池を埋め立てていき、池を三つ残したところで操作を中断する。池の周りの砂を操作して池同士を繋げてみたりもした。
それからさらに砂を運び、城を挟んで池があるのとは逆側に丘に見立てた砂を盛る。表面をけば立たせて芝が生えている風に仕上げる。
「次は道を作る。道はやっぱり城に続けるべきよね。…あっ」
私はあることに気が付く。
「この城、一度入ったら出られないじゃない」
そう。私は失念していたのだ。この城に外との連絡路を作るのを。そこで私は急遽城の正面に門を作り、先ほど貝殻トラップを設置した土台の一部を崩して階段のように仕上げる。
「よし、これで外と繋がった。道は…ま、適当でいいか」
ここにきて面倒臭くなってきた。
当初の、城を作るという目的はとっくに完遂されたからもう止めてもいいはず。
しかしここまで池とか丘とか作っといて止めるのは何か非常にもったいない気がして、結局私は作業を続けた。
道を舗装し終わったら今度は森だ。森に先駆けて私は木を作る。
幼いころの記憶、雨が降った次の日の砂場には砂の塊が見られる。こういうのを「雨降って地固まる」とか言うらしいが、その経験を活かして私は砂に水を混ぜ、木の形に固める。それから加熱魔法で水分を飛ばすと
「できた。意外に簡単ね」
木が、木のミニチュアができた。私はそれを池のそばに設置
「あ」
できなかった。地面と接触した瞬間に幹の部分がボロリと崩れてしまったのだ。
あたしのやる気この時、折角持ち直したにもかかわらず砂と共に砕けた。
「はぁ。疲れた」
長時間同じ姿勢だったので首が凝った。上を向いて凝りをほぐし、元の位置に首を戻すと、目に入ってしまった。私が今まで労力を掛けていたものが。
「……」
何でここまで来てしまったのだろう。
森を作ってしまえば弟達が運んできた砂による不自然に高い山もなくなって丁度良くなるというところまで来てしまった。
「いや、もうやらないわよ」
私は言い聞かせるように呟いて城を後にする。もしあの城に言葉があったら私に文句を言うだろうか?あともう少しなんだから仕上げてしまえばいいじゃないかと、言うだろうか。
何で最初に止めようと思った時に止めなかったんだろう。
「姉ちゃん。もう城出来たのか?」「お、結構でかいのできてる」
弟達が戻ってきた。何故か二人とも裸足だ。
「二人とも靴はどうしたのよ」
「向こうに置いてきた」「砂が入ってきたから」
そう言って二人は揃って同じ方を指差す。
「そんなことより」「城は完成したのかよ?」
「うん。『城は』ね」
私は振り返って城を見る。遠目に見ると思いの外よくできていた。多分、近くで見ていると不完全な点も良く見えたせいだろう。なるほど、もしかしたら物事には適切な距離というものがあるのかもしれない。なんて教訓めいたものを思いついたりしたのだった。
「それより二人とも、そろそろ行くわよ。魔法で足は綺麗にしてあげるから、靴の場所まで案内して」
私は弟達を伴って城を離れる。
それは子供の頃、砂場で遊ぶと帰る時に必ず山を崩したがる弟達からあの城を守るためだったのだろうか。
いや、そんなはずはない。だって私はもうあの城に未練なんてないんだから。気まぐれをこじらせて完成寸前まで行きついただけの城。それだけ。
まあ、城というよりもはや箱庭と言った方が合ってる気もしないではないけれど。
もろもろのよく分からない感情を引きりつつ、私は弟達の靴目指して歩き出したのだった。




