第1章 第後話 後編 惰性のエルフ ①
ここは波斗原の中心に位置するこの国唯一の城、波斗原城。もう少しひねった名前の方がいいのではないかとも思うけど、多分余計なお世話だと思う。
「つまり、我がハイパーハイポセシスが正しければ、魔力も妖力も根源的には同じということなのだ」
得意げな顔で自らが打ち立てた仮説の要点を披露するのは緑眼緑髪のエルフ少女、パティ・テンペスト。
その傍らには同じく緑眼緑髪のエルフ少年、オスカー・テンペストが得意げに頷いている。
頷いてはいるが、パティが仮説の説明を始めた瞬間から口数が0になったので話に付いて来れているわけではないのだろう。そうまでしてこの場に居続ける理由があるのか。
「ええと、要するに魔力も妖力もエネルギーの波?ってことよね。パティの仮説によると」
「否。ハイパーハイポセシス」
「仮説」でいいでしょそこは。何のこだわりがあってこのエルフはわざわざ字数を増やしたがるんだろうか。
「ちなみに付け加えると、異国には『気力』と呼ばれる力も存在する」
パティはちらりとこちらの様子を伺う。そんな彼女に私は彼女が望んでいるであろう言葉を掛ける。
「それは知らなかったわ」
直後、パティはその小さな顔の上に嬉しそうに花を咲かせる。
嬉々として説明を始める彼女からは何か、私に近いものを感じる。案外仲良くやっていけるかもしれない。
「『気力』というのは魔力や妖力と同じくして世界のほうそ…ワールドオーダーを捻じ曲げる性質を有する。しかし魔力や妖力と違う点は…」
暫くパティの説明が続く。その間、兄オスカーは何度か頷いていたが、やはり言葉は一つも発していなかった。
話に一切付いて来られていないというのにこれほどまでに付いて来られている風格醸し出せるのは、彼らの見た目の十倍である実年齢ゆえなのだろうか。それとも単にこのオスカーというエルフが特殊なのだろうか。
特殊と言えばこの兄妹、一度ならず二度も私に負けている。私は一度負けただけの魔王に並々ならぬ恨みを抱いて復讐を誓ったというのに、この二人はもう私達を受け入れている。
それは単に柔軟性があるとか、器が大きいとかいって評価するべきなのだろうか。それとも単にプライドがないと見下してもいいんだろうか。
「と、いうのが『気力』の主な特性なのです…であるのだが」
と、物思いにふけっているうちに気力の説明を聞き逃してしまった。聞いてなかったと言って聞き返すのも悪いし気力に関しては今度アーサーにでも聞いておこう。あいつなら絶対知っている。
そして先ほども気になったけどこの子、たまにまともな言葉を口にして、それを言い間違えのように難解な言葉に言い直している。アーサー曰く「中二言語」らしいのだが、パティは根っからの中二病ではない気がする。その辺りアーサーは気付いているんだろうか。
「ノラさんにとって一番イメージしやすいのは魔力かと思われるが、魔力は物質ではない」
「そうね。イメージとしては熱に近い感じかしら」
「なるほど、熱…。いい得て妙だな」
と、ここで兄エルフオスカーが突如口を開いた。
「熱というものは目には見えないが確かに存在する。我々はそれを知覚すれどこの手で掴むことは不可能」
オスカーは仰々しく右の拳を握りしめる。そして
「そう、思ってはいないか?」
と、付け加えて不敵に笑う。その真意は分からないが、一応私は返答する。
「…そうなんじゃないの?鉱物に込めるくらいのことでもしない限り魔力そのものを運ぶことは無理なはずよ」
「フッ。それがそうでもないのだ。…これを見よ!」
そう言ったオスカーの人差し指から一筋、緑色の紐のようなものが伸びて空中でたなびいている。直径は大体2ミリくらい。
それが何か私はすぐには分からなかったが、数秒して察しがついた。
「もしかしてそれ…魔力?」
魔力は人によって色が違う。魔力が使える者(業界用語で「魔力適性のある者」)が取り込んだり増幅させたりした魔力を放出する時、その人特有の色が付く。その色というのは目と髪の色と同じ色になる。
基本的に魔力適性がある者は髪と目の色が揃っているのだが、まれに目と髪の色が違う「オッドカラー」と呼ばれる特異体質もいる。その場合は髪か目の色のどちらかに魔力の色が付く。割合的には目の色が付く方が多いそうだ。
ちなみに私は特異体質の中でもさらに特異体質で、目と髪と魔力の色が全て違う。
「あなたも特異体質なの?」
「いかにも。さすがは万能。お見通しというわけか」
「まさか。何も見えてなんかないわよ」
しまった。これは私が言うべき台詞じゃない。
「魔力を具現化してるってこと?触れるの?」
「ああ。この通り」
言ってオスカーは指から出る魔力の糸を反対の手で掴み、引っ張って見せる。
「なるほど。で、強度は?」
「……」
あれ?黙ってしまった。
パティの方に視線を送るが、
「……」
こちらも同様に黙りこくっている。しかししばらくするとオスカーは意を決したように切り出す。
「…非常に弱い。伸縮性は優れているのだが、刃物などには弱い。下手をすれば爪や歯などでも切れてしまう。…つ、つまり戦闘向きではないということだ」
オスカーは唇の端を不敵に吊り上げて「戦闘向きでない」という言葉を発した。
何故、その言葉を彼は得意げに発したのか訝しみながらもあたしはオスカーへと歩み寄り、張られてる糸に手刀を食らわせてみる。張られた糸はしなって耐えたかのように思えたが暫く力を加えていると臨界を超えたようにプチンと切れてしまった。
格闘技の素養どころか腕力さえない私の手刀で切れるとは。弟達を相手にするにあたって使わなかったのは賢明と言える。
「確かに。弱いわね。…これ、何に使えるの?」
言ってしまった。気になったがためについ言ってしまった。
「う、ぐっぐあぁー!!」
私の言葉がオスカーの耳に届いた直後、彼は顔の右半分を押さえて苦しみだした。
「ぐ…まだだ。まだ早い。鎮まれ…鎮まれ!」
「おにい…兄者。落ち着くのだ。戦闘には向かずとも。魔力の導体にはなる。魔導回路の制作では重宝させてもらってる」
精神に傷を負ったオスカーをパティがすぐさまフォローする。見上げた兄妹愛だ。
しかしそんなことより気になる言葉が聞こえた。
「ねえパティ。今『魔導回路』って言った?何なのそれ?」
「ククッ。そうか。説明がまだだったようだな」
私の言葉がパティの中二心に火をつけたのか、パティは未だに沈んでる兄そっちのけで不敵に笑う。
「ノラさんは魔術師だから分かると思うが、魔力は鉱物などの水晶体には保管しておくことができる」
「ええ。そうね。その通りだわ」
言ってあたしは自分の首にぶら下がってるネックレスの先についているダイヤモンドに目をやる。これはアーサーに貰ったものでもちろん詰め込めるだけの魔力を詰め込んでいる。
こんなことを言うとアーサーに借りを作ってるみたいで癪だけど、実は私はこのネックレスに一度命を助けられた。
「しかし込められた魔力は勝手にどこかへ行ってしまわない。これは妖力や気力には見られない。優れた点と言える」
「へぇ。そうなんだ…」
と、いうことは妖力には妖力で他にはない優れた点があるということだろうか?だとすれば妖力について調べてみるのも面白いかもしれない。今度潮離か慎瑞に聞いてみよう。
「で、ノラさんは既に二回ほど目にしたと思うが、我が従順なるしもべ、マテリアルクラスターには先ほど我が口走った『魔導回路』というものが組み込まれている」
マテリアルクラスターとはパティが自作した、主に獣の形をした機械、オートマトンだ。これもまた、単にオートマトンと言った方が字数が少なくて済むのにパティはまたいたずらに字数を増やしたがる。
「我が聖域…つまり私の研究スペースで」
おや、珍しく字数が減った。
「ある日我は気付いたのだ。静置されてる魔力は魔力によって導かれると」
「?それは、魔力は魔力同士で引き合うということ?」
「否、非接触の魔力が互いに干渉しあうということはない。接触していなければ魔力の移動は起こらない。…そうだな、例えとして挙げられるのはやはり龍脈だろう」
龍脈。知っている。地下に張り巡らされているという魔力の通り道だ。人間が魔力を確保する時はこれを目指して井戸を掘るように地面を掘る。
「まあ、見てもらえれば分かるだろう」
そう言ってパティはオスカーのいる方へ足を向ける。
「兄者。そこ邪魔なのでちょっとずれて」
「あ、ああ、すまん」
パティがオスカーをないがしろにした。折角回復しかけていたオスカーのメンタルがまた削られる。
オスカーが大人しくずれてくれたおかげで露になったそれは、壁に据え付けられた形のテーブルに載った、二つの棒状のガラスと一本のオスカーの糸。
糸は右側のガラス柱に接続され、左側のとは数センチほど離して横向きに張られている。
「今から私が左側のガラス柱に魔力を注ぎ込む」
言ってパティは左側のガラスに手を置き、魔力を送り込む。緑色のオーラが次々とガラスに吸い込まれていく。
しばらくすると手を放し、
「次に、これを兄者の糸で右のガラス柱と繋ぐ」
ガラス柱をスライドさせて糸と接触させる。すると、それまでは左のガラスのみにあった魔力が右の方に移っていく。張った水に絵の具を落としたようにじわじわと緑色が侵食する。
30秒ほどで魔力の流れは感じられなくなった。二本のガラス柱は同じくらいの濃さになっている。
「今、我が注いだ魔力は均等に分けられた。つまり、この二本のガラス柱が兄者の糸によって一つのガラス柱にされたと考えてもいい」
「そして、この技術を以って生み出されたのが、俺が操りし千の魔具。『神殺しの七つ道具』だ!」
「七つ道具って…残りの993の道具はどこに行ったのよ」
突如脇から出現したオスカーについ思ったことを行ってしまう私。オスカーはハッとした顔をする。言わないでおいてあげた方がよかったかと思ったがもう遅い。
「とにかく、オスカー言った七つ道具って言うのはあの時あなた達が使ってた武器のこと?」
「フッ。いかにも」
「ククッ。ご明察」
私の言う「あの時」とは私達がこの島に来た時、初めてこの城を襲いに来た時の話だ。
私は探りを入れる意図もあってこの言葉を使ってみたのだが、何と言うか空振りだった。やっぱりもうこの子たちにとってあの時のことは水に流されたものなのだろうか。それとも単に私の器が小さいだけなんだろうか。
「あれ?ノラじゃないか。来てたのか」
突如、聞きなれた声が聞こえた。声の聞こえた方を見るとそこにはあの男がいた。自称「全知の策士」アーサー・マクダナムだ。
「来てたのか、はこっちの台詞でもあるんだけど。何か用でもあったの?」
「うん。封雷と籠村への物の怪派遣の件で話し合ってたんだ」
話ながらアーサーは私達のいる部屋に入って来る。冬も終わりかけて温かくなってきたためにドアを開けっぱなしにしていたことが悔やまれる。
「よかったよ。早くも君達が打ち解けてくれたみたいで」
本当に悔やまれる。何でこの男はこうもデリカシーがないんだろうか。こんなの、喧嘩してた二人に「早く仲直りしろ」と言ってるようなものだ。本当にこいつは何も見えていない。
「共通の目的で結ばれた同志だ。打ち解けるのに時間はいらない」
と、パティ。
「そもそも我らが剣を交えたのは一時的に敵であったからであって、個人的に恨みはない。つまり、シンプルパーシというわけだ」
と、オスカー。シンプルパーシが何なのかは誰も聞かなかった。
「そうか。よかったよ。ノラの話では君達とは因縁があるように聞こえたから」
「因縁?…いや、そう言ったものは特にないと思っていたが…」
オスカーが何のことか分からないと言った風にこちらを見る。
やっぱりこの二人はあの時のこと根に持っていないんだ。こっちが恥ずかしくなるからもう話を終わらせよう。
「ちょっとアーサー。もういいでしょ。もう用は済んだんでしょ?早く基地に行くなり城に行くなりどこかに行きなさいよ」
「え?いや、折角だしあの時何があったか話してくれないか。もう時効みたいだし、いいだろ?」
何を言い出すんだろうこの男は、そんなこと、オスカーとパティが良くても私が嫌だ。
「フッ。いいだろう。アーカイブを今、紐解くとしよう」
「ククッ。瞠目し刮目するがいい」
そう言うと兄妹エルフは同時に片手で自分の顔の半面を覆う。
私は直観する。もう逃げられない。私が隠して来た私の過去は今暴露されるのだと。
「待って!」
しかし私はただでは転ばない。
「私が話す」
毒を食らわば皿までとはよく言ったものだ。




