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第1章 第後話 後編 惰性のエルフ ④

何だかんだで説得がうまくいき、いや、うまくはいかなかった。半ば奪うようにして弟達が荷車の引手になった。


「いい?早く引いてほしいんだけど、早すぎるのは駄目よ。私達が乗ってるんだから」

「分かってるって。安全運転だろ?」「それに障害物は俺がどかすし」


私はシニステルに引手を任せ、デキステルには進路上にある障害物の除去を命じた。

結果、さすが私の振った采配だけあって下手な馬車よりも乗り心地の良いものになった。


「へぇ…すげえ兄ちゃんやな。あんな走り方してばてへんのか?」

「大丈夫よ。うちの弟達は普通じゃないから」


彼らのスキル「超回復」は肉体に働く。つまり、仮にばてたとしても数秒後にはさらにばてにくくなって復活する。


「ところであなた、さっき何で私達のことをあんなに怖がってたの?私が何かするように見えたの?」

「え?いや、はっはっ。なんちゅうか髪やら目やらが珍しい色してたからお迎えが来たんかと思ってな」

「もしかして、この島の人はみんなあなた達みたいな髪と瞳の色なの?」


私は男とその娘の顔を交互に見る。二人とも黒髪に黒の瞳だ。男の方に関しては少し白も混じり始めてはいるが。


「まあそうやな。俺は城下町に月一で行くから色んな人と会う機会あるけど、君らみたいな綺麗な髪の子は見たことないわ」


その言葉を聞いて私はこの国には魔力適性のある者がいないのではないかと考え、ひそかに胸を躍らせていた。この国に魔術師がいなければ間違いなく私はこの国で唯一の存在になれる。好待遇で魔法の研究をしながら暮らせるかもしれない。


「そんなことより君ら名前は?俺は鈴木仁すずきじん。で、こっちは俺の娘」

「チエやで!」

「私はノラ。あの子達は弟で、車を引いてるのがシニステル。先を走ってるのがデキステル」


こうして私達は互いに自己紹介をした。


「で、そのノラさんは人のおるところに行きたいとかってたけど、具体的に何をしに行くんや?」

「そうね、まずは食べ物とか宿とか…いえ、その前にお金を稼がないといけないから、仕事探しってところかしらね」

「なるほどなぁ。ノラさんのおった村には仕事が無かったんか?」

「ええ、まぁ」


私が故郷を飛び出した理由はそんな理由じゃなかったし仕事は普通にあったんだけど、それを今会ったばかりの他人に話すのは気が引けたので当たり障りなく相槌を打っておく。


「なぁなぁ。お姉ちゃんはどっからきたん?」


チエが訛りの強い口調で好奇心に目を輝かせながらそう聞いてきた。


「えっと、海の向こうにエレツって国があるんだけど、そこから来たわ」


彼らはエレツのことは知らないはずだから具体的な地名とかを言っても仕方ないので「海の向こう」という情報までで止めておいた。しかし


「え?ほんまかいな!?」


仁さんの反応が予想を大きく裏切るオーバーなものだった。言葉を聞かなくても表情と姿勢を起こした時の勢いで彼が驚いていることは痛いほど伝わってくる。


「そんなに驚くことなの?」

「いや、驚くも何も、海の向こうから人が来たなんて聞いたことないで。ていうか人が海を越えるのは違法やったはず……いや、でも来たもんはしょうがないもんな」


仁さんの口からこぼれた「違法」という物騒な言葉が気になる。言われてみればエレツでは許可のない船は法で規制されてた気がする。もしかしたらその法に、私達は抵触したのかもしれない。

しかし彼の言う通り、来てしまったものは仕方ない。もし私達がこの国の政府に拘束されそうになっても魔法を使って逃げればいいんだし、問題ないだろう。


「……」

「……」


私は考え事をしていたため、仁さんは恐らく厄介者を乗せてしまったと後悔しているため口をつぐんでいた。荷車の上に「沈黙」という同乗者が増えていた。

ある程度考えをまとめて顔を上げるとこちらをしげしげと見つめるチエと目が合った。チエは私と目が合ったことを喜ぶかのように表情を綻ばせ、


「お姉ちゃん。目、青いけど大丈夫なん?痛くない?」


と恐らくずっと聞きたかったのであろう疑問を私にぶつけた。


「ええ、大丈夫よ。多分あなたと同じ見え方のはず」

「チエの顔青くない?」


風に吹かれておかっぱの髪を揺らしながらチエは両手で自分の頬を抑える。

子供からの無邪気な質問に私の頬がつい緩む。


「大丈夫。ちゃんと肌色に見えてるわよ」


言った後に私は、肌が青く見えてる人にとって「肌色」って、青なんじゃないか。とかいらんことを思いついたのだった。

それから1時間半ほどしたところで仁さんが荷車を止めるように言ったので弟達は足を止めた。


「まさかこんなに早く着くとはなぁ。びっくりしたわ」


仁さんは開いた口が閉まらないといった様子で地面に降り立ち、弟達は後退に荷車の上に乗り込む。


「そうか?けっこうゆっくり走ったぞ?」「姉ちゃんの魔法使ったらもっと…」

「二人ともお疲れ様。黙ってゆっくり休んでなさい」


「魔法」と口走ったデキステルを視線で射貫いて私は二人を労う。

私は前方に目を向ける。そこに広がっていたのは複数の建物。この時のあたしはそこが城下町だと思っていたが、その勘違いは仁さんの言葉によって解かれる。


「ここはまだ城下町やないで。城下町に入るには通行証がいるねんけど、それを城下町の役所で発行してもらうようじゃ時間が掛かり過ぎてしょうがないんや」

「あの建物のどれかでその『通行証』を貰えるの?」

「そういうこっちゃ。昔の馴染みがあの村の役人でな」

「あなたの村では通行証は貰えないの?」

「ああ、通行証を発行できる村は決められててな」


仁さんは言いながら再び荷車を引き始める。建物の間を通り抜けて立派な一件の建物の前で停車する。


「ここや。通行証貰ってくるからちょっと待っててくれな。君らの分も一緒に貰ってくるから」


そう言って仁さんは一人建物の中に入って行った。彼の口ぶりからするとどうも通行証は一人につき一つ必要なようだ。


「ねえチエちゃん。お父さんは何のお仕事をしてるの?」

「えっとな、お父さんは、家でお母さんが作った布を売りに行くねん」


布、そう聞いて私は儲かりそうにないなと思ったが、すぐに余計なお世話であることに気付く。それに、この国では布が貴重品である可能性だってある。

私達の背後、荷車に一緒に乗ってる箱の中が、その布なんだろう。


「なあ姉ちゃん」「遅くないか?」

「そうね…」


もうすぐ10分が経とうとしている。


「ねえチエちゃん。お父さんは通行証を貰うときいつもこんなに遅いの?」

「ううん。有田のおっちゃんいっつも仕事早いで」


自身の中に渦巻く疑問を眉を寄せることでチエは表現した。「有田のおっちゃん」というのは恐らく仁さんの言ってた「昔の馴染み」なんだろう。しかし何かトラブルでもあったのだろうか?さすがに娘と商品を置いて逃げたりはしないと思うけど。

様子を見に行こうかと考えたその時、建物の中から仁さんが現れた。胸を撫で下ろしたのも束の間。私は仁さんの後ろから続いて現れたいかめしい表情をした男から不穏なものを感じ取る。


「ねえ、チエちゃん。お父さんの後ろにいる人ってさっき言ってた有田って人?」

「ちゃう」


彼女のいう「ちゃう」が否定の言葉だとすぐには分からなかったが、しかし私の予感と彼女が振った首によって答えは分かった。


「すまんな。ノラさん。この人がなんや話があるらしくて」

「海の外から来たというのはこちらの三人で間違いないんですね?」


申し訳なさそうな顔をする仁さんと無表情で冷たく言い放つ男。男は仁さんよりも頭一つ分くらい背が高く、体格も良かった。


「あなた方が本当に海の外から来たのか確かめるため、こちらで詳しくお話を聞きたいんですが」


私、シニステル、デキステル、と順番に視線を送り。


「構いませんか?」


威圧するように言い放つ。拒否するのは得策ではないと言わんばかりだ。


「お前誰だよ?」「俺らが何かしたか?」


弟達は男の放つ、敵意と呼ぶには些か覇気の足りない何かに早くも反応してしまったようだが、思うに弟達のその態度は逆効果だ。私は事態がこじれないうちに口を開く。


「いいわよ。話せることは全部話すわ」

「感謝します」


微塵もありがたそうな顔をせずに男はそう告げる。


「いいのかよ姉ちゃん」「こいつ信用できるのか?」

「二人とも指差さないの。…仁さん。ここまで乗せてくれてありがとう。私達に構わず先に行って。多分」


すぐには終わらないだろうから。

私はそう言って仁さんとチエと別れ、弟達と共に男の後に続いて建物の中に入った。

私達は奥へ通され、一人ずつ話を聞くからと言って私達を別々の部屋に入れた。


「あの、履物はここで」


ちなみに部屋と言うのは和室だった。このころの私は和室での振る舞いを知らなかったため、盛大に畳を靴で踏みしめていた。指摘を受けて私は靴を脱ぐ。魔法を使わなかったため時間はかかったが、脱いで部屋に入ってまた驚いた。非常に低い机が一つしかなかった。

呆気に取られて立ち尽くしていた私を尻目に、先ほどのとは違う男が部屋に入ってきた。


「さ、始めましょうか。どうぞ座って下さい」


どこに座れと言うつもりだと反論しようとしたが、男が床に座ったので私もそのようにした。

男とは机を挟んで座り、男は手に持っている紙に書かれていることを読み上げるように質問をした。

私と男の問答は省略する。名前とか年とか、どうやって、なんのために波斗原に来たのかを聞かれたと思う。

質問が終わったのかふと男の言葉が途切れる。かと思うと「失礼」とだけ言い残して自分だけ部屋の外に出る。終始表情に変化のない不愛想な男だった。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


部屋の入口に男が現れ、私に部屋から出るよう促す。何もない部屋に用なんてないので私は喜んで従う。


「弟達はどこにいるの?」

「…ご安心ください。同じように今取り調べを受けています」

「取り調べ?」

「ですからご安心を。手荒なことはしていません」


まあそりゃ、あの子達にそんなことできる人間なんてそういるものでもない。しかし引っかかるのは「取り調べ」という言葉だ。仁さんから聞いた、人が海を渡るのは違法という話が脳裏によみがえる。


「私はこれからどこに連れていかれるの?」

「…次の手続きまでお待ちいただくので、部屋を変えるだけです」


私は男の言葉を信じたわけではなかったが、私が部屋を出た瞬間から男は先導を始め、後ろから別の男二人が追い立てるような目つきでいたので大人しく後について行った。


「お呼びするまでこちらでお待ちください」


そう言って連れてこられたのはいくらひいき目に見ても「部屋」とは呼べない。「牢」だった。入り口は格子状の木で塞がれていて、格子の一部が窓のように開いていた。


「ここに入れって言うの?」


もうこの時点でこいつらの私に対する考えというのは見えたも同然だったけど、一応私は聞いてみる。


「そう、願いたいものですね」


男は言って腰に差した棒、恐らくは刀に手を掛ける。その目から放たれる眼光に私は見覚えがあった。それが恐怖由来の虚勢であるということを私は知っていた。

私は溜め息を一つつく。どこで間違ったんだろう。どの行動が、どの思考がいけなかったんだろう。何でこう、私は人から恐れられるんだろう。


「お断りするわ」


その言葉を私が放った時、男の眉間がピクリと動いた。ようやく見せた表情の変化だ。

男は刀を抜いた。もちろん私を切るためではなく脅すために。しかし脅しの言葉さえ聞くのが煩わしかった私は早々に破砕魔法を発動し、男の握る刀の刃の部分をバラバラに砕いた。

男は悲鳴を上げて崩れ落ちる。仁さんが上げた悲鳴よりもはるかに情けない悲鳴だった。仲間のピンチと思ってか私の後ろにいた二人の男が刀を抜いた。

私はもう一度くらい弟達をどこへやったか聞いておいた方がよかったかと思ったが、面倒に思えたので三人に睡眠魔法をかけ、終わりにした。

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