第1章 第4話 怒涛の鵺 ⑤
籠村。辰正さんの言う通り政治にだけ目をやればそこは救いようのない、あるいは救いどころしかない村だ。
地理的条件はすこぶるいい。農業にはうってつけの土地であり、事実として、この国の食糧の六割はこの籠村からの作物で賄われている。
さて、問題があるのは政治の方なのだが、特に問題があるのは税のシステムだ。いや、籠村の税、それは完全に税の範囲を逸脱している。
収穫された作物は例外なく全て大名のもとへ一度納められ、その後村民には必要最低限の、生きていくのにギリギリ足りるだけの作物が日ごとに配り直される。
故にこの村は食糧の生産量が最大なのに食糧の備蓄量が最低なのだ。
しかし、この村が始まった直後はこの扱いも不当ではなかった。というのも、この村の初代の村民はみな犯罪者だったからだ。城下町から遠く離れていたのでいわゆる流刑地としてこの村は始まった。そしてその末裔が今の村民。
言うまでもなく彼らが彼らの祖先と同じ扱いを受けるいわれはどこにもない。不当な扱いだ。しかし不思議なことに今の今まで一度として暴動が起こったことがなかった。
僕は初め、録に食べられていないから暴動を起こす力も出せないのかと思ったが、真実はもっと残酷だった。
籠村は陸の孤島で城下町へと続く道は一本だけ。人の出入りはない。つまり、村民は外部を知らない。僕達の「普通」を知らない。だから自分が不幸で不当な扱いを受けているだなんて思わない。思えない。生まれた時から、否、生まれる前からずっとそれが普通だったから。自分達以外の価値観を知らないから。
「———というわけなのですが、何とかお力添え頂けませんか。」
「そうですね…。」
辰正さんが話してくれた内容と僕が把握している情報はしっかりと一致していた。
村を支配する大名は三体の物の怪。猿神、犬神、蛇神だ。辰正さんは一度大名達に単身抗議に乗り込んだらしい。もちろん即刻つまみ出されたらしいが。
「辰正さんもそういう手荒なことしたりするんですね。」
ノラが少し驚いた顔で言うが、さっき手荒どころか全身を荒ぶらせて村を吹き飛ばそうとしてたやつが言う台詞か。
「その、なんというか、あの時は私自身あまり力の加減ができていなかったので…。」
「力の加減、というと?」
「ああ、まだ言ってませんでしたね。要が帰ってきた次の日のことです。考えられないような怪力が身についていたんです。」
まさかそれは、怪力といえば心当たりは一つしか無い。
「それってもしかして姑獲鳥の?」
「ええ、恐らく。まさかあれが試練の突破とみなされるとは。」
辰正さんの妻、要さんは故人であり、物の怪だった。今は地縛霊として辰正さんの妻としてこの世に留まっているのだが、そうなる少し前に彼女は姑獲鳥という物の怪だった。
紆余曲折を経て辰正さんは姑獲鳥の、乗り越えると怪力が授けられるという試練を受けることとなる。
その試練の途中に要さんはノラの手によって無力化されたのだが、辰正さんは運よく力を得たようだ。
「あの、ちょっといいですか?」
ここで潮離が口を開く。
「怪力って言ってましたけど、一回試しにこれ曲げてみてください。」
そう言って差し出したのは金属製のスプーン。
「おい潮離。ふざけたこと言って辰正さんを困らせるんじゃないぞ。すみません辰正さん。やらなくて結構ですからね?」
「え?」
どうやら言うのが遅かったようだ。辰正さんは見事にスプーン曲げをやってのけていた。いや、スプーン曲げと言うと語弊が生じる。スプーン潰しと言おうか。スプーンの先の楕円部分の凹凸が反転し、餃子みたいになっている。
「いやそこ曲げたんですか!?」
僕は思わず突っ込む。
「あ、すみません。まずかったですか?」
「あ、いえ、別にそういうわけでは…ないんですけど。」
多分これ、純粋に力だけを見たら双子よりも強いぞ。さっき慎瑞の刀を棒一本で捌いてたのもこの怪力あってのことだったのか。
「うわすごっ。そこ曲げるんですか…。」
「同じ人間とは思えん…。」
見ていた潮離と慎瑞が声を漏らす。潮離はスプーンを渡した張本人にも関わらず若干引いてる。
しかしすさまじい光景であることは否めない。ほんの一瞬、力を加えただけでスプーンはその機能を完全に失った。
潰されたスプーンを見て、僕はそれを飴細工みたいだと思った。
「辰正さん。本題に戻りましょうか。あ、スプーンはノラに渡してください。きっと直せるでしょうから。」
「はい。もらいます。」
辰正さんから手渡されたスプーンがノラの手に触れた瞬間スプーンはすぐさま本来あるべき姿へと戻った。ノラの万能ぶりもこれはこれですさまじい。
「ねえアーサー。本題って言ったって辰正さんの言ってたお願いっていうのはさっき聞いたとおりでしょ。籠村を救って欲しいって。」
「分かってる。でもスプーンの話を続けてたところで生産的な意味はないだろ。」
「スプーンの話は些事に過ぎないってこと?」
潮離が横から、物凄く対応に困るギャグを挟んできた。
「スプーンは匙だし、さっきの話は取るに足りないことだ。でも取るに足りないことのことを些事っていう人なんて中々いないだろう。」
ここまで歯切れの悪い突っ込みも珍しい。僕と潮離を除いた全員がポカンとした顔しちゃってるじゃないか。
「あの、私は向こうに顔が割れていますので、あまり積極的には作戦に参加できないかと…その代わり裏方の手伝いならいくらでもしますので。」
辰正さんからありがたい申し出が言い渡される。
「いえ。それには及びません。」
しかしその申し出を断る者がいる。ノラだ。
「辰正さんも要さんも、もう二度と物の怪とか私達みたいなのに巻き込まれることないんですからね。」
「ですが、面倒を持ってきたのは私ですから…。」
「そんなの、こっちにも利益があるから面倒なんかじゃないですよ。」
「そうなんですか?」
辰正さんは僕に視線を向ける。
全く、ノラのやつ勝手に話を進めやがって。まあやることに変わりないから一向に構わないんだが。
「ええ。任せてください。」
こうして僕達は国家転覆に先立ってテロリズムを企てることとなった。




