第1章 第4話 怒涛の鵺 ⑥
話が終わって帰ろうとする辰正さんにゆっくりお茶でも、とお誘いしたのだが、
「折角ですが私はこれで失礼します。妻が待っていますので。」
と丁重にお断りされた。
しかしまあ要さんが待ってるとあらば帰ってもらうほかない。こちらが提供できるものなんてお茶とお茶菓子、それに加えて取り留めのない雑談くらいのものだし。
「今日は手ぶらで失礼しました。今度来る時は何か手土産を持ってきます。最近妻が手芸をはじめまして。いいのができてたら皆さんにも差し上げます。」
「ありがとうございます。楽しみにしてます。」
社交辞令などではなく、本当に楽しみだ。
要さん、つまりは幽霊が編んだものということは霊的なエネルギーが籠められているはず。長持ちするに違いない。
さて、辰正さんをお見送りしてのち
「ノラ。ちょっと話がある。」
僕はノラを呼び出す。
「何よ。私はやましいことなんて何もないわ。令状がないなら何も喋らないわよ。」
「やましいことがあるやつの言うことだそれは。追い詰められた政治家みたいなことを言うな。」
それ以前に令状ってどこでとるんだ。
「ノラ。いつも何時頃に寝てる?」
「3時。」
「午前、だよな。それで何時に起きてるんだ?」
「今日と同じ10時よ。」
今日と同じって、あれはほとんど11時だっただろ。
しかし3時から11時ということは八時間の睡眠は確保できているということか。そう考えるとまるっきり不健康というわけでもない。
「睡眠時間自体は問題ないとしても、朝起きるのが遅いせいでお前よく朝ごはん抜いてるだろ。」
「その代わりに朝起きてすぐ昼ご飯食べるからいいのよ。」
「一日二食になってることが問題なんだ!てゆうか起きてすぐ昼ご飯ってよく食べられるな。ボリューム的に厳しくないのか?」
「万能の魔術師、ノラ・カタリストにかかれば朝飯前よ。」
そこまで誇らしげになることじゃないだろ。それとさっきも言ったけど朝食は終わってるからな?
「ちゃんと食べないと成長しないぞ。」
「あんたに言われたくないわよ。」
「僕はちゃんと三食食べてる。その上でこの身長なんだ。」
言わせるな。こんな屈辱的なこと。
「なあノラ、知ってるか?女性が女性らしい体つきになるのに必要な女性ホルモンは夜の10時から2時の間に分泌されるんだ。」
「だから…なんだって言うのよ。」
口では強気なノラだが、分かり易くたじろぐ。
「もう一つ、大事なことがある。女性ホルモンは寝てる間に分泌されるんだ。」
「な、な、そんな…それじゃあ私は…。」
「今のお前はものの見事に分泌される時間帯に起きている。女性ホルモンを完全に無駄にしているということだ。」
「嫌あーーーー!!!」
ノラは両手を顔に当てて悲鳴を上げる。ムンクの「叫び」みたいなオーバーリアクションだ。
さて、我ながら鬼畜の所業だとは思うが、畳みかけよう。
「お前のその女性としての魅力に欠けるボディは自らの生活習慣が祟ったと言える。自業自得だ。」
「分かった。分かったからもう止めて。私はどうしたらいいの?」
虐め過ぎたかな?ノラが涙目になっている。
「どうしたらって、10時に寝るようにしたらいいだろ?」
「すぐには無理よ。絶対眠くならない。」
「そんなことはないだろ。初めてダイヤモンドを合成した時、魔力を使い果たして結構早い時間に寝てたじゃないか。」
「あ、そうか。」
ノラの目から涙が消え、普段の表情に戻る。
奇しくも今日、僕達は籠村に攻撃を仕掛ける。その時多めに魔力を使えばいい。無駄遣いに他ならないが仕方あるまい。
「そうすれば魅力的な女性になれる?」
「えーと、理論上は、な。」
「そう、嘘はついてないみたいね。」
ノラは僕の顔に注視する。
「何だ?嘘発見魔法でも掛けたのか?」
「うん。嘘ついたらトマトみたいに頭が弾ける魔法。」
「怖いわ!!言えよ。そういうことは先に!何で知らないうちに命がけの綱渡りをさせられないといけないんだ。」
「人生なんてそんなもんでしょ?」
ノラはすっかり元気になったようだ。しかもなんか格言めいたこと言ってる。
「話はこれで終わりだ。今夜の作戦会議するぞ。」
散歩に行った双子が帰ってくるのに十分ほど待って、全員が集合した基地のテーブルにて。
「先に言っておくが籠村の支配者、猿神と犬神と蛇神は神ではない。」
「そもそも神なら魔王の下で働いたりなんかしないもんね。」
と潮離。その通りだ。
「で、彼らは住民が寝静まってから、具体的には9時ごろに猿神のいる屋敷に集まる。」
「住民達は皆本当に9時に寝てしまうのか?」
と慎瑞が訝しげな顔で発言する。
「ああ、娯楽がないから起きてても仕方ないし、支給される明かり用の油はその時間までしか持たない。その代わりに朝が早いんだ。5時に起きて農作業を始める。」
誰かさんに見習って欲しい生活習慣だ。
「僕達は彼らが集まったところを狙う。まとめて倒す。…分担なんだが、猿はノラ。犬は潮離と慎瑞。蛇は双子で頼む。」
「その割り振りは何か考えがあってのことなの?それとも適当?」
ノラが失礼な、しかしいい質問をしてくる。
「もちろん考えがあってのことだ。大名達にはそれぞれ異名がある。不動の猿神、全貌の犬神、万死の蛇神だ。」
これらの異名はそれぞれの能力をよく表している。
「猿神は破壊不能の体を持っていて倒すことは不可能。犬神は全てを見通すことができて倒すことは不可能。蛇神は何度殺しても蘇り倒すことは不可能。」
「いや全部倒せないじゃん!」
「兄上、考え直して欲しい。どうか早まらないでくれ。」
潮離と慎瑞が全力で抗議を始めた。
「落ち着け。潮離。さっきお前は何て言った?」
「いや全部倒せないじゃん!」
「違う。その前だ。分かっててやってるだろ、このお約束のやり取り。」
「あれ?あたしなんて言ったっけ?」
ふざけてるのか本気なのか定かではないが話が進まないので僕がもう言ってしまおう。
「『そもそも神なら魔王の下で働いたりなんかしないもんね。』だ。もしも倒せない、つまりは存在が脅かされることのない存在なのだとしたら、まずもって活動してることがおかしい。活動という現象の根源は『現状の改善』だからな。活動するということは必ずどこかに弱点があるということだ。」
僕の意見に納得したのか潮離も慎瑞も反論はしてこない。
「まあ別に無くても」「俺らはなんとかするけど。」
と双子。頼もしい限りだが、もし弱点のない存在に遭遇したらそこは一目散に逃げてほしい。
「まあみんな安心しろ。能力の相性を考えた結果これが最適だったんだ。僕の完璧な非の打ちどころも抜けも目もない作戦に従えば大丈夫だ。」
「そうよみんな。普段は頼りないし誰にも褒められなく自画自賛したりするけど一応策士なんだから信じてあげて。」
「『普段は』から『一応』までのところ全部無くても良いんじゃないか?」
無い方が良いとさえ言える。
「まあでも君達なら大丈夫だ。それと、三体を倒した後の話なんだけど———
———というわけだからよろしく。」
「分かった。出発は9時ね。」
「そうだ。」
「夕食は8時にここで食べていく。」
「そうだ。」
「先に寝床の準備をしておいた方がいいな。」
「そうだ。」
「8時までは」「自由時間。」
「そうだ。」
「他に質問がなければ昼食だ。」
「はーい。すぐ用意するからみんな手を洗って食器類を出して待ってて。」
こうして作戦会議を終えた僕達は昼食のためそれぞれ潮離の手伝いをするのだった。




