第1章 第4話 怒涛の鵺 ④
目的地を基地に定めて荷車は再び走り出す。
荷車に揺られて基地の位置する森から500メートル程度の地点に差し掛かった時、前方から接近する二つの物体に気が付いた。道に沿ってこっちに向かって一直線に接近してくる。
「双子ちゃんかな?」
潮離にも見えていたらしくそうつぶやく。
「うん。ぼくも今そう思った。」
大量の砂埃を巻き上げているあたりあの二人で間違いないだろう。あの二人は視力もいいからきっとこちらには気付いているはず。
万一衝突したとしてもゴーレムが変形して壁になってくれるはずだから僕達は無傷で済むだろう。
と、突如二物体は上に跳び上がった。落下しながら徐々に接近し、その姿がはっきりしてくる。
予想的中。双子だった。彼らは僕達のすぐ後ろに着地する。
「よう二人とも。」「散歩行ってくる。」
そして何事も無かったかのように話し始める。
「いいけど一般人に迷惑かけるなよ。」
「お昼までには帰ってきてね。」
「うーい。」「えーい。」
二人は跳躍のために重心を下へ下ろすべく膝を曲げる。
「「あ、そうだ。」」
が、直後に何か思い出したのかこちらを振り返る。
「辰正さん来てたぞ。」「今頃基地に着いてると思う。」
「辰正さんが?そうか分かった。」
そして今度こそ空高く跳躍する。そんな二人を見送って潮離が口を開く。
「さっき言ってた辰正さんって誰?」
「知り合いだよ。今の僕らの基地を作るにあたって多大なる貢献をしてくれた人だ。」
「ということは恩人ってこと?。」
「まあそういうことだ。」
辰正さん自身はきっと自分のことをそうは思っていないだろうが。
辰正さんが来るとすれば思い当たる節としては、要さんに「何か」が起こった。ぐらいしか思いつかない。
もしそうなら心配な限りだが、対応は僕よりもノラがした方が早い。
もしかすると僕が向こうに着くころにはもう辰正さんは要件を済ませてしまっているかもしれない。
「Sir, we will soon arrive at point A.」
どうやら到着のようだ。停止した荷車から降りた僕はゴーレムに指示を出し、紙の束を基地の中に運び込ませる。そして基地に入った僕の目の前では
「おのれ!観念してはどうだ!」
「ですから誤解なんですって!」
「怪しい輩は決まってそう言う。」
飛び交う怒号(主に慎瑞によるものだが)、振り下ろされる刃(主に慎瑞によるものだが)。
何があったらこうなるんだ。
鬼装状態の慎瑞が刀を振り回し、それを辰正さんが棒を使って捌いている。
棒といってもそこらへんに生えてる木から折ってきた枝のようだ。
「おいちょっと待て慎瑞!」
戦闘に巻き込まれてはひとたまりもないので離れたところから呼びかける。その場に潮離がいることにはいるのだが潮離が止めに入ってしまうと辰正さん、つまりは人を助けてしまうことになり、死んでしまう。
「兄上!御安心を。すぐに片付けます!」
僕の存在に気付いた慎瑞。しかし僕の「待て」という言葉が届かなかったのか攻撃は激しさを増す。
辰正さんも僕に気付くが、視線で助けを求めるのがやっとのようだ。
「Golem!」
僕は作業をしてるのとは別のゴーレムを呼び出す。それはすぐに地中から現れた。
「Catch them. Don‘t hurt them.」
「Yes sir.」
二人を無傷で捕らえるように指示を出した。辰正さんも一緒に捕らえられることになるが、慎瑞だけを指定すると長くなってしまうのでこうした。
無事二人を確保した結果。慎瑞に事情を話して辰正さんを紹介し、土下座を一向に止めようとしない慎瑞をなだめるのに三十分ほど費やした。不毛なやり取りだったので省略させてもらう。
潮離にお茶とお茶菓子を用意してもらってからテーブルを僕、辰正さん、慎瑞、潮離の四人で囲む。
「それで辰正さん。今日はどうし」
辰正さんから要件を聞こうとする僕は途中で思わず言葉を切ってしまう。僕の前方、辰正さんの後方から寝起きのノラが現れたからだ。
そうだ。こいつのこと忘れてた。
ノラは服装こそいつものローブだが、髪は結ばれておらず、右側の前髪は寝ぐせのためか豪快にはねている。その上歩くのが面倒だからか魔法を使ってフワフワと浮遊してる。この上ない魔力の無駄遣いだった。
「ちょっと失礼。」
言って僕はノラのもとに駆け寄りその首根っこをつかむ。するとノラは風船のように何の抵抗もなく着いてくる。
「お前は一体何をこんな時間まで眠りこけてるんだ。もう昼だぞ。」
「何言ってるのよギリギリ朝よ。」
「11時の7分前だろ!十分昼だ。」
「後7分ってことはまだ10時でしょ。だったらまだ朝。」
「何で朝であることにそうも前向きなんだお前は!」
昼が何時から何時までかという厳密な定義はない。しかし、一般的には11時からが昼という認識だ。それにのっとると確かに今はまだ朝なのだが、この際朝か昼かはどうでもいい。
「とにかくお前がこんな時間まで寝てたせいで辰正さんに迷惑が掛かってんだよ!」
「何で今辰正さんが出てくるのよ。」
「今辰正さんが来てるからだ。それを慎瑞は敵だと思って襲い掛かった。幸い無傷で済んだけど、お前が起きていれば慎瑞に説明ができてこうはならなかったんだ。」
「え!?辰正さんが来てるの?そういうことは早く言って!」
ノラの目が見開かれると魔力の帯が彼女を這う。瞬時に寝ぐせは直り、髪は後ろに一本の三つ編みになる。ここ最近ずっとこの髪型だ。
「お久しぶりです!辰正さん!」
振り返って辰正さんを発見するなり満面の笑みで歩み寄る。
「ノラさん。ご無沙汰してます。髪型変えられたんですね。」
辰正さんはというと特に何にも突っ込まずにいる。気を遣ってくれているのだろうか?それとも本当にさっきのノラの寝起き姿を見てなかったのだろうか。
「今日はどうされたんですか?もしかして…要さんに何かありました?」
「いえ。妻はお蔭様で元気ですよ。今日は別件です。厚かましい限りなんですが、お願いがありまして。」
申し訳なさそうにはにかみながら発せられた辰正さんからの言葉に、僕とノラは胸をなで下ろす。
要さんの有事じゃなかったことにひとまず安心する。
「厚かましいだなんてそんな。何でも言ってください。ね、アーサー。」
「ああうん。もちろんです。」
今のは面倒くさいことなら全部僕に押し付けてやるという意思表示か?
「私は妻が帰ってきてからなるべく頻繁に家に帰ることのできる職に就こうと考えて、土木系の仕事に就いたんですが、先週派遣された村に籠村という村がありまして、その村がひどいありさまだったんです。」
「ひどい、というと?」
辰正さんの神妙な面持ちから、事態の深刻さを推し量った僕達は自然と声のトーンが下がる。
「圧政です。民は貧窮に喘いでいるというのにその村の支配者、大名が税を大量に徴収するんです。」
「それは、確かにひどいわね。…よし、アーサー行くわよ。今すぐ村ごと吹き飛ばしてやりましょう。」
「頭を冷やせ。目を覚ませ。村ごとだと被害者の村民も吹き飛ぶだろうが。」
こんな非常識な判断をするのは寝起きだから、であってほしい。
「あの、辰正さん。村の名前をもう一度お願いできますか?」
「籠村です。」
籠村。なんという偶然か。その村は僕が目をつけてた村じゃないか。




