第1章 第3話 悲業の鬼 ①
「じゃあ潮離、お前は留守番を頼む。」
「任せなさい。」
「双子とノラは僕と一緒にぬらりひょんの店まで来てくれ。到着したら双子は店の外で待っててくれ。」
「よしきた。」「まかせろ。」
「ノラは一緒に店内まで来てもらう。商談は別室でするはずだから、その時ノラは店の中で待機しててくれ。」
「……。」
ノラからの返事がない。
「ノラ?聞いてるか?」
「えっ?ああ…ごめん聞いてなかった。」
ノラにしては珍しい。
もちろん僕の話を聞いていなかったことがではなく、素直に謝ったことがだ。
「じゃあもう一回言うぞ。店の中に入ったらノラは店の中で待機。僕は別室でぬらりひょんと一対一で話をする。分かったな?」
「うん。分かった。」
どうかしたのだろうか。ノラの様子がおかしい。
数時間前にゴーレム作った時は元気にリアクションを取っていたのに。
「じゃあ飛ぶわよ。アーサー。どこに飛べばいいの?」
「ああ、いや飛ばない。魔法はあまり使ってほしくないんだ。人に見られるおそれがあるから。なるべく君達がまだこの島にいることを魔王に勘づかれたくない。」
「え、ああごめん。それも聞いてなかった。」
またしても素直に謝るノラ。現在彼女の髪型はいわゆるツインテールなのだが、しっぽがしなだれて見えるのは気のせいだろうか。
「いや、これは今初めて言ったけど。」
「ああ、そう…。」
やはりおかしい。いつものノラなら確実に「謝罪一回分損したからあんたも謝りなさい。」と言うのに。
「そ、それじゃあ出発しよう。潮離。留守番頼むぞ。」
「うん。おいしいごはんも作っとくね。」
そう。潮離は自分は一切食べる必要がないのに料理の腕前はかなりのものだ。そのため、今まで僕が担当だった料理の係を彼女が引き受けてくれることとなり、僕は現在失業中だ。
それはさておき、僕らは基地から徒歩で城下町を目指す。双子には走らないようにかなりきつく言ってあるのでよっぽどのことがない限り僕らの正体に気付く者はいないだろう。
かなりの距離を歩いて折り返し地点に差し掛かる頃になってもノラは何かを考え込んでいるかのように口をつぐんだままだった。
双子は姉のそんな様子にはお構いなしで二人で話しているが、ここで僕がその中に入るとノラを一人のけ者にしているようで気が引けて、僕も結局のところ出発から一言も話せていない。
「はあ…。」
思わず僕は溜息をこぼす。
正直言って好ましい状況とは言えない。いくら綿密に計画を練っていようと不測の事態というものは起こるものだ。それを乗り越えるためには何をおいてもまずチームワークが必要になるのだが、今現在僕達がそれを発揮できる状況ではないことは火を見るよりも明らかだ。
あるいは僕が見るべきは火ではなく非だというのだろうか。僕は今のノラの態度というか状態というかに全く思い当たる節がないのだが。
(一週間前にノラに突然ハグしたことは既に清算済みなはずだ。)
僕は試しにノラを凝視してみるがノラは気付いていないのか気付いていて無視しているのか、一切反応はなく、僕はただただ歩くたびに揺れるノラの二本のしっぽを眺めるだけだった。
「?」
不意に名前を呼ばれた気がした。立ち止まって辺りを見回すが、双子は二人で話していて僕を呼んだ風はなかったし、ノラについては言うまでもない。
気のせいか・・・?
「アーサーーー!!!」
いや、聞き間違いじゃない。今度ははっきり聞こえた。その声はノラでも双子でも、さらに言うと潮離のものでもなかった。しかしこの声の主を、僕はよく知っている。
「アーサー」「呼ばれてるぞ。」
「誰なの?」
どうやら声は三人にも聞こえていたらしい。ノラが喋ったことに僕は少なからず驚いたのだが、しかし僕が真に驚くべきはそんなことではなくこの声の主との再会のほうだろう。
その声の主というのは長身で、灰色の髪を背中の中ほどまで伸ばした中年の女性。人を襲い人を食う食人鬼、山姥。僕の第二の育ての親だ。
「久しぶり母さん。…えっと、何でそんなところにいるの?」
彼女は僕たちが歩いていた道に隣接する森から現れたのだ。
「何でってそんなの、狩りをしてたからに決まってるでしょうが。」
そう言って彼女は背中に担いだ籠を見せる。その中に恐らく採ってきた木の実や山菜、狩ってきた小動物が入っているのだろう。
「それで、そこの三人は友達かい?」
視線を向けられノラは身を強張らせる。
まあ無理もない。母さんの身長は双子よりも少し高いし、何より今、母さんはその手に狩りで使用したであろう鉈持ったままだったのだから。
「母さん。鉈くらいしまったら?それだと本当に食人鬼みたいだ。」
「ああそうだった。ついうっかり。」
そう行って母さんは鉈を無造作に籠に放り込む。母さんは食人鬼だが、もう長いこと人は食べていないとのことだ。
鉈がしまわれたのを見て安心したのかノラが口を開く。
「アーサーのお母さんなんですか?」
「ああ、五年程前からね。先月その子がうちを出るまでは城下町のはずれにある森の中に小屋を建てて飲み屋を営んでたんだけどねえ、今は城下町の中で店をやってるよ。」
「アーサーは親とは死別したって言ってたんですけど。」
「ん?いや。あたしゃこの通りピンピンしてるよ。」
母さんは不思議そうに僕を見、ノラは不信感のこもった目で母さんを見る。
「あ、いやノラの言ってる親っていうのは僕を十三歳まで育てた親の方だよ。」
「ああ、そうかい。…で、ノラってのはそこのお嬢ちゃんのことだね?」
母さんはノラに視線を戻す。
「あ、はい。私はノラ・カタリスト。こっちは弟達です。」
「シニステルです。」「デキステルです。」
ノラのお辞儀に従って双子達もお辞儀をする。
「ふーん。珍しい髪の色に目の色。それに珍しい名前だねえ。あんた達、外から来たね?」
さすがは母さん。何でも知ってるわけではないが何でもお見通しだ。
ノラは僕に困惑した視線を送る。母さんに自分の素性を明かしていいものか決めかねているのだろう。
「大丈夫だよノラ。母さんは敵じゃないから話しても。」
「そう。そういうことなら…。私達はこの島の外にある『エレツ』という国から来ました。アーサーと行動を共にしだしたのは先月のことです。」
「そうかい。エレツか。聞いたことくらいしかない名前だねえ。まあ何にせよ、うちの子と仲良くしてやってくれればそれ以上のことはないよ。」
そういって母さんは三人に微笑みかける。
「じゃあ母さん。僕達は城下町に用があるからもう行くね。」
そう言って歩き始めた僕をしかし母さんは制止する。
「待ちな。城下町に行かないといけないのはあたしも一緒だ。店が城下町にあるって言ったろ?ついてきな。こっちが近道だ。」
そういって母さんは森の中に引き返していく。もしかして森の中から僕の姿を見てわざわざ道を外れて来てくれたんだろうか。
そのあとを双子はそのままで、ノラと僕は空間遮断魔法を纏って(今回は意地悪せずにかけてくれた)追う。




