第二話
「う、ぬぬぬ……っ!」
アイリスの額にじっとりと汗がにじむ。
右からはリリィが差し出す、冷涼にして妖艶なるパフェの甘い香り。
左からはルルゥが差し出す、熱狂的で濃厚なフォンダンショコラの芳醇な香り。
(だ、ダメだ……! ここで屈してしまえば、魔王としての私の威厳は完全に失墜する……! サキュバスの術中にハマり、甘味の奴隷と化した魔王など、全魔界の笑い者ではないか……!)
心の中で必死に理性のバリアを張り直すアイリス。しかし、二人のサキュバスは容赦ない。彼女たちは「魔王様が本気で抗おうとしている」ことすら、格好のエンターテインメントとして楽しんでいた。
「ふふ、魔王様ったら、そんなに身構えなくてもよろしいのに」
リリィがスプーンをすっとアイリスの唇に押し当てた。
「ほら、この冷たい紫芋と黒糖のクリーム……口に入れた瞬間、シュワッと解けて濃厚な甘みが広がるんですよ?」
「そ、そんな甘言には乗ら――んぐっ!?」
拒絶の言葉を吐こうと開いたアイリスの小さな唇に、リリィは見逃さずスプーンを滑り込ませた。
「っ~~~~~~~!?!?」
アイリスの瞳が大きく見開かれる。
一口入れた瞬間、脳内を突き抜けたのは怒りではなく、圧倒的な至福であった。
ひんやりとした滑らかな舌触り。噛むごとに広がる、香ばしい甘さとほのかな塩気。日頃の書類仕事で疲弊しきっていた脳細胞が、歓喜の悲鳴を上げている。
「あ……甘い……っ! なんだこの、口の中で踊るような滑らかな感触は……!?」
「ふふ、堕ちましたね。ですが魔王様、まだ終わりではありませんよ?」
間髪入れず、ルルゥが温かいフォンダンショコラをフォークですくい、アイリスの口元へ突き出した。
「お姉様! 熱々のうちにとろけるチョコと甘酸っぱいベリーのハーモニーも味わってください!」
「ま、待て、まだ口の中にパフェの余韻が――んむっ!?」
追撃のフォンダンショコラが口内に放り込まれる。
冷たいパフェの後に訪れたのは、濃厚で温かなチョコレートの洪水。甘酸っぱいベリーのアクセントが絶妙に重なり合い、冷と熱の絶妙なギャップがアイリスの理性を完全に粉砕した。
「あはぁ……っ! あたたかくて、濃厚で……っ、なんだ、この舌がとろけそうな感覚は……っ!!」
アイリスの瞳からすっと威厳の光が消え、どこかトロけたような、うっとりとした表情へと変わっていく。背筋の力が抜け、玉座に深く体を預けながら、頬を赤らめて小さく吐息を漏らした。
「ふふっ、大成功♪」
「魔王様、とっても可愛らしいお顔をなさっていますよ?」
リリィとルルゥは満足そうに顔を見合わせると、さらに追い打ちをかけるように、スプーンとフォークを交互にアイリスの口元へ運んでいく。
「さあ魔王様、次はパフェのサクサクしたパイ生地の層ですよ。あーん」
「ショコラの方も、真ん中のとろとろな部分をすくいましたからね! あーん!」
「あ……あーん……んぐ、ん……っ」
もはや抗う術を知らない魔王アイリスは、言われるがままに口を開き、双子が交互に差し出すスイーツを夢中で味わい続けた。
「……美味い……美味すぎるぞ、お前たち……。余は……余は今まで、なんと無駄な時間を過ごしてきたのだ……」
玉座の上で幸せそうに頬を緩め、完全に甘味の虜となった魔王様。
魔王軍の未来と彼女の胃袋は、こうして双子のサキュバスによって完全に掌握されてしまったのである――。




