第三話
「は、はは……余はもうダメだ……胃袋も、心も、すべてお前たちに屈してしまった……」
最後の一口を飲み込み、アイリスは玉座の上で完全に力尽きていた。
あんなに頑なだった魔王としてのプライドはどこへやら。いまや満足感に満ちた吐息を漏らし、頬をぽかぽかと赤らめたまま、ぼんやりと天井を見上げている。
「ふふ、ご満足いただけたようで何よりです、魔王様」
「これで明日からの魔界の予算会議も、優しく承認していただけますよね……?」
双子のサキュバスは黒い翼をパタパタと揺らし、悪戯っぽく微笑みながらアイリスの肩をもみほぐす。
――ズガァァァン!!!
その時、玉座の間を揺るがす凄まじい爆発音が響き渡った。
分厚い大理石の扉が吹き飛び、煙の中から一人の人間が飛び込んでくる。聖剣を握り締め、肩で息をするその少女――人間界から魔王討伐のために派遣された勇者であった。
「覚悟しなさい、魔王アイリス! ここで貴女の野望を撃ち砕く――って、え……?」
威勢よく叫んだ勇者だったが、目前の光景を目にして言葉を失った。
玉座の周囲には、宝石のように飾られたパフェの空グラスと、フォンダンショコラの皿。
そして、その中央でサキュバス二人に挟まれ、すっかり毒気を抜かれた顔でトロけている極上の美少女――もとい魔王の姿。
「……勇者、か。よくぞここまで到達したな」
アイリスはなんとか魔王としての威厳を取り戻そうと重い腰を上げたが、あまりの満足感に足元がふらつき、あやうく玉座から落ちそうになる。
「……何をしてるんの、あなたたちは?」
「見ればわかるでしょう? 今まさに、魔王様を甘美な罠で籠絡したところですよ」
「勇者様も、ここまで来るの大変だったでしょ? ほら、疲れに効く特別なパフェ、まだ残ってますよ?」
「騙されないわ! サキュバスの誘惑になど――」
リリィがすっと差し出したスプーンの先には、とろりと溶けた濃厚なキャラメルソースと、冷たいバニラビーンズのクリーム。
その甘く芳醇な香りが鼻腔をくすぐった瞬間、勇者の腹がぐぅぅぅ~と盛大に鳴り響いた。魔王城のダンジョンをろくに休憩も取らず突破してきた彼の胃袋は、限界を迎えていたのだ。
「……くっ、私は人間界の希望……こんなものに……」
「ほら、あーん♪」
「んぐっ!?」
……数分後。
「な、なんだこれは……っ! パンケーキのフワフワ感と、塩キャラメルの絶妙な甘じょっぱさが……脳に直接届く……っ!?」
「であろう? 余も最初は疑ったのだがな、このサキュバスどもの作る甘味は恐ろしい毒なのだ……」
玉座の階段に並んで腰掛け、すっかり意気投合してパフェを突っつく魔王と勇者。
「ねえルルゥ、これってもしかして……」
「うんリリィ、世界平和って案外スイーツひとつで達成できちゃうんじゃない?」
サキュバスの双子は顔を見合わせ、満足そうにクスクスと笑い声をあげた。
こうして、魔界と人間界の長きにわたる戦いは、一皿の絶品スイーツによって唐突な終末を迎えたのである――。




