実習
午後1時
白衣に着替え、教材セットを持ち調理室に着いた。
僕は空いている後ろ側の調理台に向かった。
講師もまだ来ておらず他の人は雑談をしている。
調理室は広く、大柄な僕でも周囲を気にせず動けるほどのスペースがある。
調理器具も充実しており、和洋中、さまざまな料理ができるように揃えてある。
入学して1ヶ月経つが環境にまだ慣れていない。
心臓がドクン、ドクンと激しく脈打ち、手も震えてきた。
僕は白衣の袖をギュッと握った。
深呼吸しよう。
「ふぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁ。」
緊張を和らげるため僕は大きく息を吸って吐いた。
『えっ!』
近くにいた女性2人が僕の方を見てびっくりしている。
もしかして緊張しているのかな。
よし、緊張をほぐしてあげよう。
僕は彼女たちの方に向かって歯を見せてニッコリ笑ってみた。
「ふふ、よろしくお願いします〜。」
『ひっ!』
彼女たちは変な声を出し別の調理台に移動した。
あれ?
なぜ、離れたんだろう?
僕がそう思っていると「相変わらず、気持ち悪いな。」と悪気なく隆太は言った。
「……」
「おい、無視するなよ。」
「……」
「おーい。」
隆太がしつこく声をかけてくる。
ガラガラと扉が開く音と同時に佐藤講師が大根の入ったケースを押して調理室に入ってきた。
「はい、みなさん静かにお願いします。」
佐藤講師の言葉で調理室は静かになり、みんなそれぞれの調理台に戻っていった。
佐藤講師が「ヨイショッ」と言い、ケースを調理台に置く。
「ふぅ。さて、本日は大根のかつらむきを行います。まずは、私が手本を見せます。」
佐藤講師は大根を一本ずつ確認し、その中から一本を選んだ。
「まずは、大根の選び方だが5月の春大根はツヤや肌触りが良いものや葉っぱがまっすぐ立っているものを選びます。」
そう言って、佐藤講師がきれいに洗った大根をみんなに見せた。
よく見ると持ってきた大根は全部がツヤが良いものではなく中には葉がしなっていたりしているものもある。
「黒ずんでいたり、葉っぱが萎れているものは鮮度が悪い場合があるため注意が必要です。ここまで分かりましたか。」
なるほど、今回はただかつらむきするのではなく、良い大根も探さないといけないのか。
「なら、次はかつらむきのやり方だが──」
チョンチョン
佐藤講師を真剣に見ているのに誰かが僕の背中をつついてくる。
「なぁ、神崎。」
小声で隆太が話しかけてくる。
やはりこいつか。
「なに?」
僕も小声で返答する。
「かつらむきはしたことあるか?」
「何度かあるけどたくさんはしてない。」
「はぁ〜。なんで親父はこんなとこに……」
隆太が腕を組んで偉そうにぶつぶつ何か言っている間に佐藤講師がかつらむきを終えていた。
速い!!!
それだけでなく、かつらむきした大根が薄く透き通っている。
「ねぇ、途中途切れなかったね。」
「ほんと!ミスなく、あんな薄く切れるんだ。」
周りからざわざわと声が聞こえる。
佐藤講師が手を2回叩き、「静かにしてね。」と言った。
「それでは、みなさん大根を選んでかつらむきしてみてください。」
それを聞き、みんな大根を取りに前の方へ集まる。
「まずい!」
僕は思わず口に出してしまう。
後ろの調理台を選んだことが仇になってしまった。
みんな、どんどん鮮度の良い大根を選んでいる。
僕は佐藤講師の方を見る。
佐藤講師がニヤリと笑っている。
もしかして、後ろの調理台を選んだ人が困るようにしたのか?
「おい!どけ!」
大きな声が聞こえた。
隆太は他の人の間を無理矢理入っていった。
「邪魔!」
「キャッ」
隆太に押されて女性が今にも転倒しそうになる。
「危ない!」
僕は咄嗟に彼女の体を受け止めた。
「ありがとうござ……ヒッ!」
「あれ?」
さっき、笑顔を見せて席を離れた二人組の女性の1人だった。
「ちょっと、何してるの!?」
もう1人の女性が眉間に皺を寄せてこちらに近づいてくる。
彼女は大根を二本持っている。
おそらく、彼女のために大根を持ってきたのだろう。
そう思っていると大根を持った女性は僕の体に軽くタックルした。
「彩に触らないで!変態!」
「あっ、ごめん。」
僕は慌てて彩さんから離れる。
彼女は軽く会釈して大根を持った女性に近づく。
「莉絵ちゃん。だめだよそんなことしたら。」
「いいの!行くよ彩。」
「あっ、待ってよ。」
そう言って莉絵さんと彩さんは自分たちの調理台に戻っていった。
あっ!
早く大根選ばないと!
僕は慌てて大根を取りに向かった。
ケースを見ると多くの大根は、葉が萎れていたり、黒ずんでいる。
僕は一つ一つ大根を手に取った。
ツヤも今ひとつなものが多い。
「さぁ、どうする?」
横から佐藤講師がニヤつきながら話しかける。
何がおかしいんだ?
そう思いつつ、僕は両手に大根を持ち、重さを確かめた。
触ったときに、ふにゃふにゃしてないかも確認する。
……よし!
僕は大根を一本選んだ。
ツヤも重さもいい。
形もまっすぐだ。
これにしよう。
僕は大根を持って調理台に戻った。
周りはすでにかつらむきを始めている。
「あー、太くなっちゃった。」
「よし、ゆっくり焦らず、あっ!」
「あーー、むずいよ。」
あちこちでかつらむきに苦戦している声が聞こえる。
隣の隆太を見る。
シュルシュルシュル
滑らかな手つきで、真剣な眼差しを向けながら大根をかつらむきにしている。
乱暴だけど、料理の熱意はかなり高いのだと感じた。
隆太の他にも10人前後だろうか、慣れた手つきでかつらむきをしている。
おそらく、みんな小さい頃から料理をしてきたのだろう。
よし、僕も頑張ろう。
僕は調理の準備を始めた。
大根を軽く洗い水を拭き取る。
大根をかつらむきにしやすいサイズに切った。
葉の近くの部分を手に取る。
こっちの方がいいな。
シュルシュルシュル
思った以上に難しい。
少しでも集中力が切れるとミスってしまう。
「わっ!!!」
急に聞こえた大きな声に僕はびっくりしてしまった。
「あっ……」
薄く切った大根がちぎれてしまった。
声の方を見るとかつらむきを終えた隆太が笑いながら指を指していた。
「そうか……」
僕は包丁を握り直した。
分かったよ隆太。
お前は邪魔をするんだな。
そうか……
なら、全力で調理してやる!!!
僕は気合いを入れて、かつらむきを続ける。
途中何か声が聞こえたが気にしない。
僕は今、ましろのために料理する!そのつもりでやってるんだ。
どんな邪魔にも屈しない。
お兄ちゃんを舐めるな!!!!!
僕は、一心不乱にかつらむきをした。
そして、気づいたら大根のかつらむきをすべて終えていた。
大根は葉の近く、真ん中、根に近い部分に分けてある。
分けた理由は、場所によってそれぞれ使う方法が違うからだ。
葉の近くは甘味があり、刺身のツマやサラダに使える。
真ん中は甘味と水分のバランスが良く、煮物がおいしい。
根っこに近い部分は辛味があるので大根おろしに最適だ。
部位ごとに分けた方が、それぞれのおいしさを生かせると思う。
……たぶん。
隆太を見るとイライラしているのかものすごい形相でこちらを睨みつけていた。
「はーい、みんな。こちらを見てください。」
佐藤講師が手を振りながら指示する。
「今から、みなさんが行った大根のかつらむきを評価したいと思います。」
先生の言葉に調理室がざわついた。
僕は、包丁をそっと置いた。
どれほどの評価をもらえるのだろうか、そう思いつつ隆太の方をチラリと見た。
隆太はまだ、僕の方を睨んでいる。




