05-04 見慣れた別世界
アネットです。
ソフィア姫様のご様子がおかしいのです。
お目覚めになって以後、無理をなさっているのは分かっていましたが、お母上セラルド様の臨月のお姿をご覧になって、変わってしまったご両親の関係、あれ程仲が良かった姉君エスティーカ様からの敵意、そんな違和感の積み重なりは姫様には大きな衝撃だったのでしょう。
その上今の姫様にとって、会ったことも無いお茶会出席者の人間達からお見舞いの花束と想いあふれる手紙が届いたことで、姫様は自分が失った1年という時間の重さを感じられたのでしょう。
そう考えると、姫様が私の唇をお求めになったのも納得がいきます。
1年前、まだ私は告白こそしていなかったものの姫様とは主従の関係以上のものを感じておりました。
姫様も、きっとそうだったのでしょう。ですから、1年前のほんの少しの残り香にすがりつくように私をお求めになった……
私は馬鹿でした。姫様のお心も考えずに、この1年に起きたことを次々にお話ししたのですから。
記憶を取り戻すきっかけになれば、との思いでしたが、それは姫様の喪失感と孤独感を強くするだけだったのです。
ある夜、私は王宮の廊下で立ち尽くす姫様を見つけました。
姫様はぽつりと仰いました。
「ここは、どこなのだろう……
人も建物も見慣れたもの、でもここは私にとって知らない世界……」
「リマドお婆様にお聞きしました。
私の記憶を取り戻す方法は無いのだそうです。
因果の糸操作の反動とは、無理矢理書き換えられた世界の歪が具現化したものだから、お婆様やお母様、そして私の力を使っても元には戻せないのだそうです。
それどころか、何かを試みるとより悪い方向に向きかねないとか。
お婆様も呪法の反動でアドウという世界から歪として排斥され、その運命を受け入れた。
私も同じようにするしか無いのですね…」
私は震える姫様を抱きしめました。私にはお掛けする言葉も無いのです、ただ抱きしめ続けました。




