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純情のショートケーキと男たちの涙

放課後。駅前の商店街にある、少しレトロで可愛らしい喫茶店『カランコロン』。

 普段なら女子高生やカップルで賑わうその店内の奥の席で、俺――空色奏そらいろかなで陽川拓海ひなかわたくみは、まるで説教待ちのチンピラのように肩をすぼめて座っていた。

 理由は明白だ。

 目の前の席で、霧雨弦きりさめげんが泣いているからである。

「…………っ、……ずずっ」

 弦は、真っ赤な目からポロポロと大粒の涙を流しながら、テーブルに置かれた特大のイチゴのショートケーキを、フォークで無心に削り取っては口に運んでいた。

 制服の袖で乱暴に涙を拭い、また一口。その表情は悲壮感に満ちており、まるで親の仇を討つかのようなすさまじい気迫でケーキを爆食いしている。すでに彼の横には、モンブランとチョコレートケーキの空の皿が二枚も重なっていた。

(やばい。マジでやばい)

 俺と拓海は、テーブルの下で震えながら目配せをした。

 昼休みの出来事だ。初めてまともに女の子(拓海の妹の律花)と会話してドギマギしていた弦を、俺たちはよってたかって「ラブラブじゃん!」と囃し立て、完全にイジり倒してしまったのだ。

 いつもピリピリしている弦のあんな初々しい反応が珍しくて、つい調子に乗ってしまった。だが、孤独を愛し、他人との関わりを避けて生きてきた彼にとって、あのからかいは俺たちが想像する以上に深く心を抉るものだったに違いない。

「……なぁ、奏。どうしよう、弦が完全にぶっ壊れちまった」

「お前が引き合わせたんだろうが……! ああもう、俺たち最低最悪のクズ野郎だ」

 ヒソヒソと懺悔する俺たちをよそに、弦はズズッと鼻をすり、ショートケーキの上の巨大なイチゴを一口で飲み込んだ。

「……おい」

 弦が、フォークを置いて低く震える声で呟いた。

「ひっ! は、はいッ!」

「……お前ら、いつまでそうやって突っ立っているつもりだ」

 弦は真っ赤な三白眼で俺たちを睨みつけると、ズビッと鼻水をすすりながら言った。

「反省しているのは、その情けないツラを見れば痛いほど分かった。……ならば座れ。そして、一緒に食え。この店の生クリームは、植物性油脂の嫌な後味がなく非常に……非常に、美味だ……っ!」

 言いながら、また弦の目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。

「げ、弦……! お前、なんていい奴なんだ……!」

「ごめんなぁ! 俺たちが悪かった! 許してくれええ!」

 俺と拓海は泣きそうになりながら席に座り、慌ててメニューを開いた。店員のお姉さんが、顔面アザだらけの男子高校生がケーキを囲むという異様な光景に完全にドン引きしていたが、気にしてはいられない。

 やがて、俺の前にチーズケーキ、拓海の前にフルーツタルトが運ばれてきた。

「……弦。マジでごめんな」

 俺がフォークを握りしめながら改めて頭を下げると、弦は不思議そうに目をパチクリとさせた。

「何故お前たちがそこまで謝る。昼間の冷やかしの件なら、もう気にしていないと言っただろう」

「えっ? じゃあお前、なんでさっきからずっと号泣して……」

「……」

 弦はピタリと動きを止め、残ったショートケーキの先端をじっと見つめた。

 そして、ギュッと拳を握りしめると、悔しそうに唇を噛んだ。

「……悔しかったのだ」

「悔しい?」

「ああ。私は……今日、律花殿に気さくに話しかけられた時、見事に頭が真っ白になった。そして口から出たのは、自分のビニール傘の物理的な構造についての解説と、彼女の足音のリズムがどうのこうのという、意味不明な御託だけだった……!」

 ポロリ、と弦の瞳から新たな涙がこぼれ落ちる。

「……えっ。お前が泣いてるのって……」

「情けない! ただの世間話一つまともにできない己の経験値の低さが! コミュニケーション能力の欠如が! あまりにも不甲斐なくて……悔しくて……ケーキを食べていたら、突然涙が止まらなくなったのだ……っ!!」

 弦は両手で顔を覆い、「ううっ……」と咽び泣き始めた。

 俺と拓海は、ぽかんと口を開けたまま固まった。

 こいつ、俺たちにからかわれて傷ついたから泣いていたんじゃない。

 純粋に、「女の子と上手く話せなかった自分」に対する悔しさで、一人で勝手に泣きながらケーキをドカ食いしていただけだったのだ。

「……ぷっ」

 緊張の糸がプツンと切れ、俺はたまらず吹き出した。

「なっ、何がおかしい空色! 貴様らのような、日頃から女子と軽口を叩き合っているであろうリア充には、この惨めな気持ちは分からんのだ!」

「はははっ! いや、ごめん! ごめんってば! でもお前、マジで……」

 俺が腹を抱えて笑っていると、隣で拓海が、フルーツタルトを見つめながらポツリと呟いた。

「……リア充って。弦、お前何か勘違いしてないか?」

「は?」

 拓海が、ゆっくりと顔を上げる。その目は、何故かひどく虚ろだった。

「……俺、女子とまともに話したのなんて、妹の律花と、購買のオバチャンくらいだぞ」

「…………え?」

 弦が目を丸くする。

 拓海は自虐的に笑いながら、タルトのイチゴをフォークで突き刺した。

「俺、いっつもデカい声出してるし、クラスの中心っぽい雰囲気出してるけどさ。よく考えたら、俺の周りにいるのって、奏と、ゲーセンの常連のオッサンと、あとは汗臭い男連中だけなんだよ。女子から話しかけられることなんて、プリント回される時くらいだわ……」

 拓海の重すぎるカミングアウトに、弦が息を呑む。

 そして、二人の視線が、ゆっくりと俺の方へ向けられた。

「そ、空色は違うだろう? 顔立ちも整っているし、いつも余裕そうにしているお前なら……」

 期待に満ちた弦の視線。俺は……無言でチーズケーキを口に運び、ゆっくりと咀嚼してから、重いため息をついた。

「……お前らさ。俺が小学生の頃からずっと、休みの日は拓海の家に入り浸ってゲームするか、一人で寝てるかしかしてないの知ってるだろ」

「あ」と拓海が声を漏らす。

「中学の時だって、ちょっと色々あって……ずっと男の連れと二人でアホみたいに町中フラフラしてただけだ」

 俺は「残響」や「調」のことは伏せつつ、事実だけを淡々と並べた。

「俺、基本的に愛想悪いし、授業中もずっと外見てボーッとしてるだろ。話しかけづらいオーラ全開なんだよ。……連絡先知ってる女子、マジで母親と律花だけだぞ」

 喫茶店『カランコロン』の奥の席に、恐ろしいほどの静寂が落ちた。

 弦は、ショートケーキの最後の一口を口に運びながら、震える声で言った。

「……つまり、我々三人は」

「ああ」

「全員、女子との会話経験が『ほぼゼロ』の……非モテの集まり、ということか……?」

「……そういうことだな」

 その事実を言葉にして認識した瞬間。

 俺たちの胸の奥から、言葉にならない謎の感情が込み上げてきた。

「っ……うううっ……!」

 最初に泣き出したのは、拓海だった。

「俺……俺だって、ホントは制服デートとかしてクレープ半分こしたりとか、そういう青春らしいことしてみたいのにぃぃッ!」

「陽川……っ、泣くな! 貴様の気持ちは痛いほど分かる……! 私だって、相合い傘というものを一度くらいやってみたいと……っ!」

 弦が拓海の肩を抱き、ボロボロと涙をこぼす。

「お前ら……っ」

 つられて、俺の目頭も熱くなってきた。

 裏では『残響』の力で命懸けの殴り合いをしているというのに。表の俺たちは、ただの不器用で、モテない、哀れな男子高校生だったのだ。

「……泣くなよ。俺たちが、こんなところで立ち止まっててどうするんだよ」

 俺は目元を拭いながら、力強くチーズケーキを平らげた。

「俺たちは戦うんだ! この悲しすぎる青春にな!」

「奏ぉぉぉっ!!」

「空色ぉぉぉっ!!」

 夕暮れの喫茶店。

 甘いバニラの香りが漂う中で、三人の男たちは悔し涙を流しながら、それぞれのケーキを無心で食い進めた。

 顔面アザだらけの高校生達が、ケーキを囲んで号泣している。

 店員の冷ややかな視線も、今はまったく気にならなかった。

 俺たち三人の絆が、また一つ、くだらなくて最高な形で結びついた放課後だった。

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