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太陽の憂鬱と青いぬいぐるみ

俺、陽川拓海ひなかわたくみの取り柄といえば、昔から「無駄に明るいこと」くらいだ。

 難しいことはよく分からないし、特別な才能もない。ただ、幼馴染の空色奏そらいろかなでと一緒に、毎日腹を抱えて笑っていられれば、それだけで高校生活は最高だと思っていた。

 ……最近までは。

「わりぃ、拓海。今日もちょっと野暮用があってさ」

 放課後の教室。申し訳なさそうに手を合わせる奏と、その隣で静かに頷く霧雨弦きりさめげん

 この数日、ずっとこの調子だ。あの三年の久我先輩に体育館裏に呼び出された日を境に、奏と霧雨は二人だけでコソコソと出かけることが増えた。

「お、おう! 全然気にすんなって! じゃあ俺、今日は一人で駅前のゲーセン寄って帰るわ!」

 俺はいつものようにガハハと笑って手を振り、教室を出た。

 だが、廊下に出て二人から背中を向けた瞬間、顔からへばりついていた笑顔がズルリと剥がれ落ちた。

 霧雨が俺たちの輪に入ってきてから、三人の時間は確かに楽しかった。だけど、ふとした瞬間に、奏と霧雨の間だけで交わされる「視線」がある。俺には絶対に踏み込めない、見えない『壁』のようなものが、二人の間にはあるのだ。

(……俺、なんか避けられてんのかな)

 夕日に染まる通学路を一人で歩きながら、俺は柄にもなく足元の石ころを蹴り飛ばした。石はカランと乾いた音を立てて、側溝の奥へと消えていった。

 家に帰ると、リビングで麦茶を飲んでいた妹の律花りっかが、俺を見るなりジロリと目を細めた。

「……お兄ちゃん、なんか顔死んでるよ。空気が重い。キモい」

「お前なぁ、兄貴に向かって……いや、今日は言い返す気力もねえわ」

 俺が重いため息をついてソファに倒れ込むと、律花は少し驚いたように目をパチクリさせた。いつもならここでプロレス技の掛け合いになるのに、俺が反撃しなかったからだ。

「……どうしたの? 奏くんたちと喧嘩でもした?」

 律花が麦茶の入ったグラスをテーブルに置き、珍しく心配そうな声を出した。

「喧嘩ならまだマシだよ。……最近、あいつら二人だけで帰ることが多くてさ。俺だけ仲間外れっていうか……」

 天井を見つめながら、ポツリと本音がこぼれる。

「あいつらの間に、俺の知らない『秘密』があるみたいな気がしてさ。奏は小学生からの親友なのに、俺、あいつのことなんも分かってないのかなって」

 口に出してみると、自分の情けなさに泣きたくなった。

 すると律花は、呆れたように小さくため息をついた。

「ばっかみたい。あの奏くんが、理由もなくお兄ちゃんをハブるわけないじゃん」

「えっ?」

「あの人、お兄ちゃんのことすっごく大事に思ってるよ。……あの霧雨って人も、変な人だけど、お兄ちゃんのことちゃんと見てたし」

 律花はそれだけ言うと、「夕飯、ハンバーグだからね」と言い残してキッチンへ向かった。

(大事に、思ってくれてる……か)

 妹の不器用な慰めに、俺は少しだけ心が軽くなるのを感じた。

 ――その頃、駅前のゲームセンター。

 けたたましい電子音が鳴り響く中、空色奏と霧雨弦は、巨大なクレーンゲームの前に立っていた。

「くそっ、またアームが滑った! 絶対これアームの力弱く設定されてるって!」

 ガラスケースにへばりついて頭を抱える奏。その中にあるのは、国民的RPGに登場する、青くて水滴のような形をした有名なモンスタースラ○ムの特大ぬいぐるみだ。拓海が「どうしても欲しい」と以前から熱弁していた景品だった。

「空色、重心の捉え方が甘い。ここは私に任せろ」

 霧雨が横からスッと百円玉を投入し、鋭い三白眼でアームの軌道を計算し始める。

「ていうか弦、お前クレーンゲームなんてやるのか? それに、さっきから随分小銭持ってるな」

「……私の愛する傘たちは、決して安くないからな。休日にはホームセンターの裏方でアルバイトをして、資金を蓄えている」

「マジかよ、お前バイトしてたのか……道理でビニール傘を大量にストックしてるわけだ」

「それより、集中しろ」

 霧雨は操作レバーを慎重に動かしながら、ポツリと呟いた。

「陽川はここ数日、我々が久我の残党狩りや残響の訓練にかまけていたせいで、酷く疎外感を感じているはずだ。あの能天気な男が、今日は無理をして笑っていた」

「……ああ。俺たちの『ノイズ』に、これ以上あいつを巻き込みたくないだけなんだけどな。でも、寂しい思いをさせてるのは事実だ。俺、あいつのあの顔、見たくねえんだよな」

 奏が悔しそうに唇を噛む。

 二人は、拓海を仲間外れにしていたわけではなかった。裏の世界の危険から彼を守るために、必死で遠ざけていただけなのだ。

「ならば、せめてもの誠意を見せるべきだろう。……落ちろッ!」

 霧雨がボタンから手を離す。降下したアームが正確にぬいぐるみの重心を捉え、見事に持ち上げた。そして、ゴトンッ!と小気味良い音を立てて、青いモンスターが取り出し口に転がり落ちた。

「よっしゃ!! さすが弦!」

「ふん。物理法則と傘の骨組みに比べれば、単純な構造だ」

 奏と霧雨は、大きなぬいぐるみを抱えながら、顔を見合わせて不敵に笑い合った。

 翌朝。俺は教室のドアの前で、パンッと両頬を叩いた。

(よし、今日も気合い入れて笑うぞ! 俺が暗かったら、三人でいる意味がねえ!)

 ガラッとドアを開けると、俺の席の前に、奏と霧雨が立っていた。

「お、おはよう! お前ら早いな!」

 努めて明るく声をかけると、奏が少し照れくさそうに頭を掻きながら、不格好にラッピングされた大きな袋を俺の机にドンと置いた。

「これ……」

「おう。最近、俺ら二人で放課後付き合い悪かっただろ? そのお詫び」

「え……?」

 俺が戸惑いながら袋の口を開けると、そこには、俺がずっと欲しがっていたあの青いスライム状のモンスターの特大ぬいぐるみが入っていた。

「昨日、これ取るためにゲーセン行ってたんだ。お前、これ欲しがってたろ? 弦のやつ、意外とクレーンゲーム上手くてさ」

「物理演算の結果だ。……陽川、我々には少し、君を巻き込めない事情があってな。だが、決して君を軽んじているわけではない。君は私の恩人であり、大切な友人だ」

 霧雨が、いつになく真剣な目で俺を見る。

 奏も、いつものように笑って俺の肩を小突いた。

「そういうこと。お前を置いてどっか行くなんてこと、絶対ねえから。これからも、ちゃんと三人で馬鹿やろうぜ」

 その言葉を聞いた瞬間。

 俺の中で張り詰めていた糸が、プツンと切れた。

「お、おい拓海? どうした?」

 奏が慌てたような声を出す。視界がぼやけて、ぬいぐるみの青い色が滲んでいく。目尻から、ポロポロと熱い涙がこぼれ落ちて止まらなくなった。

「っ、お前ら……マジで、馬鹿じゃねーの……!」

 俺を置いていったわけじゃなかった。俺の知らないところで、俺のこと、ちゃんと考えてくれてたんだ。俺が勝手に壁を作って、勝手に落ち込んでいただけだった。

「なんだよ、泣くなよ! お前らしくねえな!」

「泣いてねーよ! あーもう、お前らマジで最高かよ!」

 制服の袖で乱暴に涙を拭いながら、俺は思い切り笑った。

 奏と霧雨も、ホッとしたような、呆れたような顔をして嬉しそうに笑っている。

 あいつらの抱えている『秘密』が何なのかは、まだ分からない。でも、もう不安じゃなかった。

 やっぱり俺の親友は、世界で一番、最高にカッコいい奴らだ。

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