春の章 凶事待伏 9
宝が目覚めたのは海の中だった。
そこには無数の人骨が散らばっていた。ここは一体?
登場人物紹介
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。
因みに男性として現れた時の名前は「宝」
軍荼利明王は体に蛇を巻いています
在原 朝臣
旧姓は九条。現在は母方の姓を名乗っている。
悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。
父は九条忠。元統合幕僚長。10年前に謎の死を遂げている。
母は在原高子。小笠原のとある島で療養中に行方不明になる。
大自在天に意識を支配されている。
佐伯 千世
降三世明王が143年前に体を借りていた人物。
優れた能力を持つ陰陽師。
今もなお降三世明王の意識に影響を与えているようだ。
九条 道隆
143年前、大自在天が意識を支配していたと思われる人物。
表向きは陸軍省総務局少佐。実は大日本帝国陸軍の諜報員だった。
在原の家系図を辿ると彼に行きつく。
父は 九条 幸恒。陸軍省大臣。
宝が目覚めたのは海の中だった。
──ここは何処?
プハっ。しょっぱい。海の中?
息してる。よかったぁ直ぐ目が覚めて。
「!?」
人骨、錆びた銃、足かせ、手錠?私、タイムスリップでもした?
宝はその人骨の中から一点の光を見つける。
海底の砂を巻き上げないよう慎重に足を蹴りながら泳ぐ。
目の前には頭蓋骨と上腕骨から手の骨。左手薬指は指輪がはめられたままの状態だった。
──第四基節骨に指輪が…。結婚指輪?なのにセンターストーンがダイヤじゃないんだ。このストーンには何か意味があるのかしら。
そっと人差し指で触る。
脆くなっていたのか骨がバラバラになり指輪が外れてしまう。
やだ…コラーゲンが分解されてスカスカだったのね。
宝は指輪を摘まみ目の前で観察する。
──刻印がある。
【K.K】
頭蓋骨をもう一度よく見る。
眼窩上縁が薄くて小さい。この骨は女性ね。イニシャル?苗字も名前もアルファベットのK…。
何となく気にかかり、指輪を白衣のポケットにしまう。
──こっちは何だろう。
すぐそばに落ちている透明な石に気が付く。
海底に割れたガラス?石英かな?まさか、水晶?
恐る恐る人差し指で軽くつつく。
「ひぃ!」
──見覚えがある。薄気味悪い眼…。これはアイツの玉眼。間違いない。
ふと 隣に転がっている割れた木片に目が留まる。
待って!この面相は…烏摩妃!?。まさか胎内仏?
ひょっとして この上は父さんから聞いた大自在天の棲家の洞窟?
うっ…限界!早く空気、酸素!
海中に光が届いているから ここはきっと浅いはず。
洞窟なのに光?そんなことどうでもいいわ。早く酸素!酸素!
宝が白衣の裾を縛って陸に向かって浮上する。
「はぁはぁはぁ。洞窟なのに灯が付いてる。良かった。酸素がある」
宝は勢いをつけて陸にあがる。
光源は洞窟の壁の幾つもの小さなくぼみに置かれていた灯明皿だった。
「誰かいるの?」
立ち上がると白衣からは水が滴る。
背後から香を漂わせながら足音立てず誰かが近づいてくる。
「あら、お綺麗な方ですこと」
陸に上がった宝を待ち構えていたのは烏摩妃だった。
人差し指で宝の顔を持ち上げ、蔑むような目で見る。
宝が手を払い睨み返す。
「化粧がとれたじゃないの。ポーチもないし直せないわ。しかも海水で髪はベトベト」
危機的状況でも口が達者な宝。
「ここではその美貌など必要ないでしょう」
宝が顔を背ける。
その先にいたのは…。
「王生先生。こんにちは。急にお呼び立てして申し訳ございません。実は目が疼くのでどうしても診て欲しくて」
右目を失って眼球の再生を試みたようね。視神経線維の数は約120万本。完全に再生できるわけがないじゃない。
在原の右目を覆っていたスカーフの隙間からは再生が不完全のままの筋肉の一部がむき出しになっていた。
「今のあなたは誰?」
宝は知っていてわざと尋ねる。
「誰?どんな答えをお望みですか?」
「…」
宝は敢えて答えなかった。
「見ての通り、肉体は在原 朝臣です。中身は…お察しの通リですよ」
認めたわね。悔しいけど在原は完全に意識を支配されてしまったようね。
この洞窟内 極々微量だけど腐卵臭がする。人間なら防毒マスクを必要とする場所。
だけど目の前の二人は無防備。完全に私たち目覚めた明王と同じ超越した存在だということを証明してる。
強大な力を持つ破壊神、大自在天の復活か…。
──この腐卵臭って引火性あるんじゃなかった?ここ、超危険じゃない?
大自在天が烏摩妃を手招きする。
烏摩妃は真っ直ぐ愛しむような目で大自在天を見つめながら胸の中に身を委ねる。
「お二人さん、見せつけなくてもいいわよ」
白衣の裾を解き、きつく絞りながら呆れ顔の宝。
「何故あなたがここに招かれたか おわかりですか?」
「考える時間がもったいないからさっさと答えて」
大自在天は宝の威勢に屈せず冷静に答える。
「その1 あなたは医者です。私の右目を見てほしかったんです。その2 ここには蛇が生息していないので、あなたは身を守ることはできません。その3 143年前の九条 道隆が会いたがっているからです。何故、助けてくれなかったのか聞きたいそうです」
──やっぱり私の正体が目覚めた軍荼利明王だってばれてる。他の四人が心配だわ。
「反論してもいいかしら」
「どうぞ」
「その1 私の専門は脳神経外科、内科。後日改めて眼科のご予約を。その2 私は蛇使いじゃありません。「蛇使いの女」が見たければパリのオルセー美術館までどうぞ。その3 143年前に亡くなった人間が会いたい?何を言ってるの?」
大自在天が洞窟に張り付いた心臓のような“恨”の塊を真っ直ぐ指さす。
「九条 道隆の“恨”はこの中にいますよ。在原 朝臣、そしてその父も」
宝は息を吞んで“恨”の塊を見る。
何なの?岩壁があばら骨みたい…その中央の空間に心臓の形をした臓器。中には人間の呻く顔が無数に見える。臓器から血管のようなものが地中にめり込んでる。まさか、“恨”を地上に運んでる?
「彼らはいつも同じ場所にいます。あなたも医者ならご存じでしょう?心臓壁の薄い心房の辺りにね。隙あらば破裂させるつもりでしょう」
大自在天が淡々と話す。
──見覚えのある右半分焼けただれた顔…間違いない。あの中にいるのは九条 道隆。
「143年前、何故助けてくれなかったのでしょう…。彼はあなたに膨大な“恨”を持っていましたよ」
三世の話とは全然違う。九条は“恨”なんて持っていない。143年前、大自在天に意識を支配されつつあることを降三世明王である千世に打ち明け救いを求めた。除霊の文字まで体に書いてもらい己と戦っていた。
九条 道隆と千世、降三世明王は唯一話せる友だった。
あるとすれば自分の意識を支配した大自在天に対する“恨”。降三世明王や私たちじゃない。
「彼の症状は最も重いⅢ度熱傷。143年前の医療技術では皮膚片の移植手術なんてまだ確立されていなかった。助けられなかったのよ」
「不死の霊薬を飲ませればよかったのに」
「何それ?甘露のこと?私の菜園で北海カンロなら栽培しているけど収穫は8月よ。さっぱりとした甘さで美味しいけど霊薬とは程遠いわよ」
負けじと宝が反論する。
「やれやれ、口が達者なことで」
──もしかして…目的は不老不死の霊薬…甘露?だから私がここに招かれた?
「その4 甘露の壺が目当てだったのね。大自在天」
宝が四つ目の答えを言う。
大自在天は不敵な笑みを浮かべていた。
眼窩上縁……眼窩(頭蓋骨の全面にある眼球を入れるくぼみ)の入り口の回りの前頭骨(上の方)に部分。
軍荼利明王…「グンダ」は水器、壺、瓶の意味。その入れ物は甘露(不死の霊薬)を入れるものらしい。
読んでいただきありがとうございます。
パソコン壊れるわ、シルバーウイークで主人は帰省してるわ、子供は受験校変更するわでもうわけわかりません。
北海道あるある。北海カンロ。スーパーや道の駅で売ってます。食べられます。今は甘いメロンが主流になってしまいましたが…。




