春の章 凶事待伏 8
倉橋と野原は天野病院の東病棟306号室で宝が姿を消した事に気が付く。
そして宝が残したメッセージを解読する。
登場人物紹介
倉橋 清隆
現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。
宝と同じ病院に小児科医として勤務している。
折り紙が得意。
主に北側を守護する役目を務める。
野原 南海
天野病院の看護師。宝から絶大な信頼を受けている。
王生家や倉橋の素性も知っている。
カーネリアン(赤色の宝石)の朱雀の彫刻が入ったネックレスを身に着けている。
石言葉は 成功、勝利、友情、勇気。
各務 恵光
M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。
彼は現在に目覚めた恵光童子。剣に仕える立場の人物である。
三世だけは「えこう」と呼んでいる。
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。
因みに男性として現れた時の名前は「宝」
軍荼利明王印は腕を×クロスさせています。
天野病院3階東病棟ナースステーション
小児科医の倉橋は午後の回診から戻ってきたところだった。
看護師の野原 南海と入口ですれ違う。
「あれ?野原さん。王生先生と一緒じゃなかったの?」
「私は今 氷嚢を取りに急いで戻ってきたんで」
「そうだったんだ」
──ドン!
「うっ!」
瞬間的に押し出されたような空気が倉橋の背中に当たる。
──空気砲で背中を射られたような感覚…。また小児病棟の誰かが僕にいたずらでもしたのかな?
先週 背中に紙を貼られたばっかりだし。
右手を後ろに回し背中を触る。
──白衣にシワがついてる。ちゃんとハンガーに掛けているのに。
「野原さん、ちょっと背中見て。何かいたずらされてない?」
「いいえ。特に何も。でも…なんか気持ち悪いです。白衣に付いたシワが蛇の痕跡みたいにうねうね動いてます。線虫でも寄生したんですか?」
「蛇?線虫?動いてるの?」
「あっ、止まりました」
倉橋が想像を膨らます。
「この病院に秘密組織なんてないよね?」
「は?」
「線虫って検査や実験材料に使われたりするじゃないですか。秘密のラボで不老長寿とか不老不死の研究をしてるのかも」
南海が倉橋の額に氷嚢を押し当てる。
「冷たっ」
「頭冷やしてください。漫画の読みすぎです」
「すいません」
「そういえば 以前宝先生が線虫の嗅覚は物凄く優れていて癌の匂いを探知できるとか言ってました。ラボあるかもです」
「王生先生がねぇ…。蛇…線虫…匂い…宝さんと言えば、蛇…」
──心落ち着け。頭の中を整理して 冷静に、冷静に考えてみよう。
倉橋が突然血相を変えて病棟に向かって 走り出す。
「倉橋先生!急にどうしたんですか?ちょっと待ってください!」
南海は全く状況が飲み込めないまま倉橋の後を追って走り出す。
「ごめん。これ、510号室までお願い」
「は、はい」
途中ぶつかりそうになった看護師に氷嚢を手渡す。
「倉橋先生!待ってください!」
倉橋が北東側の一番角にある病室の前で急に止まった。
「おっと、急に止まらないでくださいよ」
後を追ってきた野原も つんのめりながら同じ場所で止まる。
「306号室…今、この病室は使われていませんんけど」
野原が教える。
「どうしてですか?」
「実は変な噂が広まっていて…。私は信じませんけど夜中に亡くなった看護師のすすり泣きが聞こえるとか」
「はぁ…あり得ませんね」
倉橋が大きなため息をつく。
「だけど宝さんの反応が消えたのは間違いなくここです」
「どういうことですか?」
「さっき僕の背中に何かが勢いよく当たったんです。恐らく宝さんが自分の身に何かあったのを伝えるために強い念を飛ばしたんだと思います」
「えっ?」
──それにしてもすごい速度で念が当たったな…。まだ背中が痛い…。手加減してくださいよ。
「野原さん、一緒に入りましょう」
「怖いんですか」
「ち、違います」
二人は病室内を見回しながら恐る恐る足を踏み入れる。
一番先に異変に気が付いたのは南海だった。
「あれ?仕切りのカーテンが外れてる。誰か引っ張ったのかしら?」
「よいしょ」
意外と身長の高い倉橋がカーテンレールにフックを付ける。
──ここの部分、縫い目がほどけてる。相当強く引っ張ったんだな。
「野原さん、知ってました?蛇は舌を出し入れして空気中の匂いを感知するんです」
「匂いですか?」
──宝さんは無意識のうちに誘導されたのかも…。
「やっぱり匂いがする…」
「気のせいじゃないですか?宝先生、香水なんかつけてませんけど」
「違います。僕と同じ陰陽師のです」
「どんな香りですか?独特の香りですか?」
「威厳のある香りです」
「全然わかりません」
南海は倉橋が陰陽師であると公言しても全く驚く様子はなかった。
彼女は倉橋の正体を知っているようだ。
「野原さん!?胸!胸!胸!」
倉橋が南海の胸元を指さし、声を上げる。
南海の着けていたペンダントトップの石が前触れもなく発光し始めたのだ。
「倉橋先生!セクハラ!セクハラです!」
「違います!胸…じゃない首元をよく見て下さい!」
南海が慌ててペンダントを見る。
「赤く光ってる…」
──石の中の朱雀が迷ってる。ここで宝先生の身に何があったの?
石から発光した迷える赤い光線がぶれずに一点を射す。
射した光の先には一本のボールペンが落ちていた。
二人が着目する。
「これ、宝先生のです」
「ボールペンで床に何か書いた跡がありますね」
二人はじっと床を見つめる。
「殴り書きで読めないです。それに宝先生。元々字が綺麗じゃなくて」
「野原さん、苦労してますね。宝さん、顔は綺麗なんだけどね」
「倉橋先生、ここでは宝さんではなく、王生先生でお願いします。看護師の間では お二人の関係が幼馴染みから いつの間にか交際中に発展しているので」
「僕が?交際?ありえません。絶対ありえません」
倉橋が首を横に振り、腕をクロスして×印を作って完全否定。
「動揺してるんですか?腕をクロスして軍荼利明王印結んでますよ」
「違います。完全否定のポーズです。×、×、×」
「人の噂も七十五日。もう少しの我慢です」
「あと何日?」
「数えているわけないじゃないですか!!そんなことより倉橋先生、早く解読してください!!」
「僕が?」
怯んだ倉橋が よろめきながら しゃがんで間近に文字らしきものを見る。
「まさかダイイングメッセージ?」
「勝手に殺さないでください!!」
南海が思わず膝で背中を押す。
「うわっ!」
倉橋がその弾みで床に倒れこむ。
「イタタタタ…」
南海は労わる様子もなく、床を見つめていた。
「倉橋先生、これ漢字の『人』に見えませんか?」
倉橋は倒れ込んだまま床にべったりと顔をつけて文字を見つめる。
「いや、この位置から見ると 上に短い横線が見える。漢字の『大』じゃないかな?」
手で跡をなぞってみる。
「これは『し』かな?。その右上にペンでブッ指したような点。離れてるけどふたつある。濁点だとすると…『じ』だな」
──二文字は『大』と『じ』。大じ…大事?違う。大じ…大じ…まさか…大自在天…!?
写真撮って王生さんに報告しないと。
ポケットからスマホを取り出そうと手に取った瞬間にバイブが鳴る。
「誰だ?こんな時に…おっと各務さんからだ」
無視することもできず電話に出る。
「もしもし。すごいタイミングですね。もしかしてM.C.H.でも何かあったんですか?」
倉橋が背中を擦りながら立ち上がる。
「はい。病室の床に文字を見つけました。実はこっちも字が汚くて…。でも何とか解読できました」
「本当か!!」
──各務さん、声が大きいです。
反射的にスマホを遠ざける。
「大きいの『大』、白の『し』に濁点で『じ』。二文字は『大じ』。『大自在天』と書きたかったのかもしれません」
倉橋の表情が急に引き締まる。
「そこに宝さんはいるのか?」
各務が改まって聞く。
「いいえ。今、宝さんの反応が途絶えた病室にいるのですが、カーテンの一部が外れていました。綻びもあります。宝さんが必死に掴まっていたのかもしれません」
お互い黙り込む。
「もしかして…宝さんは大自在天の作り出した時空の裂け目に吸い込まれたんじゃないのか?」
各務は一つの可能性として答えた。
「時空の裂け目って、大自在天像の胎内仏を盗んだ時と同じものですか?」
「今の大自在天は創り出せるんだ。時空の裂け目を…。そして手に入れたいものを手中に収めている」
「宝さんを自分のものに…ですか? まさか、冗談…」
「奴が一番手に入れたいものは、この世界のはずだ。宝さん…軍荼利明王ではない。ただ…人質として欲しかった可能性はあると思う」
各務の至極真っ当な意見。
倉橋も冷静に思い返してみる。
奴は式神も操れるし時空の裂け目も創り出せる。
本来藤原家の血筋である在原家。
なのに敵対する蘆屋の陰陽術を継承。
陰陽師を超えた別の存在のような気がする。
過去から現在に渡り意識を支配する宿主を求め、平安時代から相当な“恨”を貯めこんでいるのは大自在天自身なのでは?
「宝さんは一体何処へ?」
倉橋は悔しそうに唇を噛みしめる。
南海は職場では見せない倉橋の表情を初めて見た。
倉橋先生の心配する気持ち分からないでもない。
ずっと「宝さん」って呼んでる。
幼馴染みとは違う信頼関係なんだろうな。
読んでいただきありがとうございます。
南海と清隆の凸凹コンビいけるかも…。
文中で「漫画の読みすぎ」にするか「コミック」にするか迷いました。何となく秘密のラボってDCコミックスかな…と思ったりして。
初サンマ。「サンマの赤いちゅるッとしたやつ何?」って子供に聞かれて、「内臓の一部じゃない?」と答えたら寄生虫だった。
「ラジノリンクス」って言うらしい。
熱を通せば大丈夫なので一安心。




