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春の章 凶事待伏 6

 宝は時空の裂け目に吸い込まれる中で何かのメッセージを残していた。

M.C.H.では軍荼利明王像の右手から三鈷杵《さんこしょ》が落ち、館内が大騒ぎになる。


登場人物紹介


王生《いくるみ》 三世《さんぜ》

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。

10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。

職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。



烏丸《からすま》 さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。

偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。



藤原 后恵《きみえ》

さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。剣とは面識がある。

酒豪。倹約家っぽい。そして、もう一つの顔…。

茶トラ猫、ヱビスを飼っている。

(名前の由来はお酒から)




各務《かがみ》 恵光《しげみつ》

M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。

彼は現在に目覚めた恵光《えこう》童子。剣に仕える立場の人物である。

三世だけは「えこう」と呼んでいる。



王生《いくるみ》 宝《たから》

剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。

名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。

因みに男性として現れた時の名前は「宝《たかし》」



倉橋 清隆《きよたか》

現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。

宝と同じ病院に小児科医として勤務している。

折り紙が得意。

主に北側を守護する役目を務める。


「三世さん、私 この後15分休憩なんで そこの螺旋階段を上がったところの二階ロビーでお茶しませんか?」

「あぁいいよ」

「自販機ですけど」

お互い顔を合わせてクスッと笑う。

「じゃあ、さくらさん交代しよっか」

「はい」

「お二人さん ごゆっくりどうぞ。15分じゃ足りないかもだけど」

「もう、藤原先輩」

その会話の直後だった。

五大明王像の周りに張り巡らされているロープパーテーション(結界)のロープが小刻みに揺れ始める。

「地震?」

藤原が咄嗟にしゃがみ込み頭をガードする。

三世はさくらを抱きしめ、身を守る。

「大丈夫。大した揺れじゃない」

「三世さん。みんなが見てます」

「あっ」

両手を前に伸ばしてさくらを離す。

揺れは直ぐに収まった。

新人監視員は目の前の熱々な二人を見ていられず、ずっと下を向いたままだった。



コン…カラン…カラン…カラン…カラ……。

床に何かが落下して転がるような音がした。

「えっ!?」

新人監視員が思わず顔を上げる。

展示室内にいた来館者が一斉にざわつき始めた。

「あれ何?」

さくらがいち早く床に落ちている物を見つける。

「軍荼利明王像が右手に持ってる三鈷杵《さんこしょ》だな」

三世は直ぐにわかった。

「落ちたってこと?」

「床に傷がついてる」

「三世さんそっち?これ、国宝ですよ!」


各務は館長専用の執務室でその様子をモニター越しに見ていた。

「いかん、いかん。上腕二頭筋に三頭筋、大殿筋にハムストリングが硬くなってしまう」

驚きのあまり体が硬直していたようだ。

はっと我に返りすぐさま守衛室に連絡する。

「館長の各務です。今の揺れで展示室Bで何か落下したようです。確認、点検のため当館は今すぐ閉館します。館内アナウンスを至急流してください」

「わかりました」

『ご来館の皆様にご案内申し上げます。当館はただいまをもちまして本日の観覧を終了いたします。お早めにご退出くださいますようお願いいたします。本日はご来館いただきありがとうございました』

直ぐに館内アナウンスが流れた。

受付の二人は落ち着いて一礼し来館者を見送る。

各務が出口に向かう来館者の流れに逆らって展示室Bに入って来た。

真っ先に目にしたのは床に落ちた軍荼利明王像が右手に持っていた三鈷杵《さんこしょ》だった。

「おい!恵光《えこう》!!」

三世は各務の名を叫びながら大股で近づいていく。

「えっ!?ちょっ、ちょっと、三世さん?」

各務は突然大声で名前を呼ばれて唖然としていた。

「恵光《えこう》!何してる!!早く全員ここから出せ!!」

人が変わったような三世に各務がおののく。

「わ、わかりました」

展示室内には興味本位で落ちた三鈷杵をスマホで撮影している人物が数人残っていた。

「すいません。大変危険ですので、今すぐご退出願います。申し訳ございません」

「Why?(どうして?)」

英語?しまった…スマホを執務室に置いてきてしまった…。

「Please leave now,because it’s dangerous here.(ここは危険ですので、今すぐお引き取り下さい)」

どうだろう…久々の英語、翻訳アプリ使わなくても通じたかな?

「Get out now!(今すぐ出てけ!)」

三世が苛立っているようだ。

各務の顔が真っ青になる。

──三世君、何を怒っているんだ?何かあったのか?

「Why is he angry?(どうして彼は怒ってるんですか?)」

「さぁ私にも…」

あっ…思わず日本語…。

「I sincerely apologize.(大変申し訳ございません)」

各務は来館者に何度も頭を下げながら どうにか退出させた。


さくらはその様子を黙って見ていた。

──何で三世さんが館長に指図してるの?しかも超機嫌悪そう。館長のこと恵光《えこう》って適当に呼んでるし。失礼だと思うんですけど。

「さくらさん、早く外に出ましょう」

藤原がさくらの手を引っ張り 走り出す。

「館長と三世さんは?」

「二人なら大丈夫よ」

「で、でも…」

藤原が心配して新人監視員の席を見ると既に姿はなかった。

「彼(・)、バイト初日だし誘導どころじゃないか」

さくらは展示室内に残った三世と各務の姿を見守りながら展示室を後にする。

「三世さん…」

三世がさくらを見つめ、手を振る。

すると重厚な展示室の扉がゆっくりと動き出し、静かに閉まった。

藤原は不思議に思った。

館長の怪力で開けられるのは知っていたけど、非常時には手動でしか開閉できない扉がどうして勝手に動いたのかしら。

さくらも不思議に思っていた。

確か非常時は手動に切り替わるってマニュアルに書いてあったはず。なのに自動で動いたよね?

──もしかして、二人とも閉じ込められた!?


外部と遮断され静まり返った展示室内。いるのは三世と各務だけ。

「恵光《えこう》、館内に誰も残っていないだろうな」

「非常時対応マニュアル通り全員外に出ているはずです。念のため守衛も職員も全員外に出るようインカムで指示を出しています。が、展示室の扉 非常時は手動でしか開閉できないんですよ!何キロあると思ってるんですか!それを勝手に閉めるなんて…私に言ってくれれば腕力で閉められたのに」

「勝手にって…何か問題あるのかよ」

「ありもありも大ありです!」

息継ぎもせず各務が怒りだしたその理由は…。

「藤原さんに怪しまれないといいんですが…。彼女、勘が鋭いんですよ。先日も記憶を消す雨で何とか凌いだんですから」

「マジ?厄介な人だなぁ」

三世は目を瞑り全方位360度、気の流れで状況を把握する。

──展示室内には誰もいない。今、受付の二人が外に出た。残るは二人。さくらと勘の鋭い藤原さんか…。間もなく正面の玄関を出るところだ。

「話しても大丈夫そうだ」

三世の虹彩が一瞬で降三世明王の血紅色に変わり、真正面から各務の目を見て話す。

「三鈷杵が落下したと同時に宝の気配が消えた」

「え!?」

各務が驚いて仰け反る。

──やはり我々明王部にしか感じないのか…。どうりで三鈷杵にしか目が行ってないわけだ。

まぁM.C.H.の館長だから当然か。

剣さん、煌徳、大耶は今何をしているんだ?



あと数歩で玄関を出るところまで来て、さくらの頭にある考えがふと浮かぶ。

──二階から螺旋階段を使えば…。

さくらはインカムをオフにして 前を走っていた藤原からそっと離れ、引き返す。

──やっぱり三世さんが心配。先輩、ごめんなさい。

「さくらさん。前庭に出たら確認作業…」

藤原が立ち止まり振り返るとさくらは忽然と姿を消していた。

「あれ?さくらさん?」

どこに行ったの?まさか事務室に戻ったわけじゃないよね。

「さくらさん。さくらさん。さくらさーん」

藤原がインカムでさくらを呼ぶ。

「応答なし…か」

──嫌な予感がする。



さくらは二階に上がり螺旋階段の扉の前にいた。

音を立てずに慎重に扉を少しずつ開ける

──いた。

片目で覗けるくらいの隙間からこっそり階下の展示室の様子を見る。

三世さんが私に手を振った瞬間、まるで私たちを締め出すように あの重い扉が勝手に動いて完全に閉まった。

まさか念力?超能力?こんな時に何突拍子もないこと考えているんだろう。

──!?

展示室では三世が右手を天に掲げ軍荼利明王像の三鈷杵を手元に引き寄せていた。

三鈷杵は重力に反し浮き上がり、元々あった像の一番上の右手に収まる。

──後ろからだとよく見えなかったけど、今の何?イーリュージョン?超常現象?元の位置に三鈷杵が戻った。

さくらはその様子を見て息をのむ。そして更に驚く光景を目にする。

三世の足が床から少しずつ離れ軍荼利明王像の胸元の高さまで体が宙に浮く。

──宝の通力か?床に何か書いているようだが…。だとすると、どこかで同じものを書いているはずだ。

三世は浮いたまま上から床の文字らしきものを見つめ、両腕を組み首を傾げ必死に考える。

──ダメだ…殴り書きで全く読めない…。元々字が汚いのか?


ど、どうしよう体が震えてきた。

ダメ、声を出したらダメ。落ち着こう。一度落ち着こう。

でも今、自分の目で見たものを理解できない。

だって落ちた三鈷杵は時間が巻き戻されたように元に戻るし。三世さんは宙に浮いてるし…。



三世がさくらの気配を感じ、静かに床に下りる。

──見られたか?

「恵光《えこう》、宝が通力で床に何か文字を書いたようだが解読不能だ。この時間はまだ勤務中だから同じ文字を病院のどこかに書いているはず」

「直ぐに清隆《きよたか》に聞いてみます」

「頼む」

各務が電話をかけている間、降三世明王が千世の意識を呼び出す。

「千世、頼みがある」

右手に星の痣が浮かび上がってくる。

ズボンの左ポケットからチケットの半券を出し、目の前に持ってくる。

「これでまた俺の式神を頼む。名刺より小さいけどできそうか?人型は高位式神だからな。お前にしか頼めない」

三世の右手が意に反して半券に何かを書き始める。

次の瞬間、半券は光矢のようにどこかに飛んでいってしまった。



さくらは足がすくんで扉の前から動くことができなかった。

三世さん…何者なの?普通じゃないよね…。いや、普通の人じゃないよね。

イリュージョンなんかじゃない。私が見たのは現実ではあり得ないこと。

どうしようまだ体が震えてる。お願い、治まって!


「さくら、こんなところで何してるんだ?」

「え?あ、あの…さ、三世さんこそ、どうしてここに?」

たった今 展示室にいるのを見たのに、どうして目の前にいるの?瞬間移動もできるの?

「心配で館内中探したんだぞ。ちゃんとアナウンス聞けよ」

さくらが背中で螺旋階段の扉を徐に閉める。

「え、あの…すいません。その…途中で忘れ物に気が付いて…」

「ったく…」

間違いない。この喋り方はいつもの三世さんだ。これは夢じゃない、現実よ。きっと私を心配して必死に探してくれたんだ。

──そう思うことにしよう…。

「早く外に出るぞ。みんな心配してる」

「は、はい」

──なんか安心したら体の震えは止まったみたい。けど、足が動かない。

「三世さん…」

「どうした?」

「すいません。足がすくんで歩けません」

「は?」

「ちょっとびっくりしちゃって」

──しまった。正直に言っちゃった…。どうしよう、覗いてたのバレたかも…。

三世がさくらに背を向けて屈む。

「ほら、頑張って乗れよ」

「すいません」

さくらが足を擦りながら背中に乗る。

三世さんに背負われるの山中で助けてもらって以来ね。

だけどあの時とは何かが違うような…。

三世さんの背中が冷たい…。体温を感じない。どういうこと?

「立つぞ」

三世が悠々と立ちあがる。

──心の中も読んでない。

「両手前に出して」

三世がさくらの両手を握り 歩き出す。

「非常階段どこ?」

──手も冷たい。

「突き当り右です」

この人、三世さんじゃない。誰?



三鈷杵《さんこしょ》……法具の一種。両端が三つに分かれている


読んでいただきありがとうございます。

突然の英語。

今『SMALLVILLE』を改めて見てる影響です。

新作のSUPERMANは製作されているのかな?

話は変わりますが気になる新人監視員さんですね。


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