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春の章 凶事待伏 5

三世は時間に少し遅れたが、約束通リM.C.H.に来館。

そこには気になる人物が2人いた。

1人はバイトの新人監視員、もう1人は一度内覧会で会った学芸員の藤原。



登場人物紹介


王生《いくるみ》 三世《さんぜ》

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。

10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。

職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。



烏丸《からすま》 さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。

偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。



九条 道隆《みちたか》

143年前、大自在天が意識を支配していたと思われる人物。

表向きは陸軍省総務局少佐。実は大日本帝国陸軍の諜報員だった。

在原の家系図を辿ると彼に行きつく。

父は 九条 幸恒《こうこう》。陸軍省大臣。



佐伯《さえき》 千世《せんぜ》

降三世明王が143年前に体を借りていた人物。

優れた能力を持つ陰陽師。

今もなお降三世明王の意識に影響を与えているようだ。



藤原 后恵《きみえ》

さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。剣とは面識がある。

酒豪。倹約家っぽい。そして、もう一つの顔…。

茶トラ猫、ヱビスを飼っている。

(名前の由来はお酒から)


野原 南海《みなみ》

天野病院の看護師。宝から絶大な信頼を受けている。



羽生《はにゅう》 孔明《こうめい》

現在に目覚めた孔雀明王。動物医療専門学校の講師。専門は鳥類。獣医師でもある。

学校では鳥の巣のようにボサボサ頭だが、プライベートでは普段とはかなりかけ離れた容姿の持ち主。

実家は祖父母が営んでいる専門学校の隣りのパン屋さん。お店の2階に住んでいる。

煌徳の良き相談相手。


王生 愛

剣の今の奥さん。現在に目覚めた愛染明王。剣との間に煌徳を産んでいる。大耶の実母。職業は舞台女優。仕事の関係で北海道にはいないが、クリスマスと年末年始は必ず家族と過ごしている。









 M.C.H.玄関前の時計塔は午後3時9分。今 長針が動き10分になる。

三世はM.C.H.に到着し受付でチケットを購入。

応対したのは内覧会とボランティアで美桜の案内をするため来館した時と同じ二人。

「大人一枚。半券あります」

「リピーター割引で1,500円になります」

「これで」

スマホで決済を済ませ、チケットを受け取ると さくらのいる展示室Bに足を向ける。

「また来てくれた。王生学芸員の息子さんよ」

「彼を見るのは3回目よ。やっぱり超イケメンよねぇ」

「俳優さんだと誰に似ていると思う?」

「そうねぇ…」

受付の二人は入館者がいつ来ても応対できるようフロア正面を見つめながら器用に口だけを動かして会話中。

「ん、ん…。二人とも仕事中よ。私語は慎みましょう」

藤原が背後から喉を鳴らして存在をアピールする。

「あっ、藤原さん。すいません」

「そろそろ烏丸さんと交代の時間ですか?」

「あと20分あるからメイク直しに行くとこ」

──今の男性…確か…。

二人と会話しながらも藤原の目は三世の姿を追っていた。

「藤原さん。左の眉尻のアイブロウ消えかかってますよ」

「やだ…恥ずかしい」

藤原が慌てて化粧室に入っていく。


三世は展示室に入ると立ち止まり、五大明王像の中心である不動明王像の目前で 手を合わせる。

──大自在天に世の支配などさせるものか。奴が“恨”を世界に撒いたとしても全て取り除いてやる。九条道隆も願っていた安寧の世を…未来を…それを創造するのが俺の悲願だ。五人揃っているんだ。きっと大丈夫。

そして俺はさくらのため現在《いま》を生き抜いてみせる。

手を解き、左右を見回し さくらを探す。

「さくらはどこだ?」

三世が選んだのは左。入口から時計回りに歩きだす。

バイト初日の監視員が三世を見て会釈をする。

──完全に視線が合ったけど、誰だっけ?患者さんの飼い主?学生っぽいから孔明《こうめい》の専門学校に特別講師で行った時の生徒か?全く見覚えがないんだけど…。

もしかして、また俺の知らない不動明王の童子か?

青翡翠のブレスレットを着けてる。センターストーンは水晶だな。よく見ると龍の彫刻がある。東の守護神、青龍か…何か意味があるのだろうか?それとも単なるアクセサリー?

誰だか分からないまま とりあえず軽く会釈を返す。

三世は東方を守護する降三世明王像の前を通り過ぎ、南方を守護する軍荼利明王像の正面にやって来た。

──何となくこの像は無意識に目を背けてしまう…。早く通り過ぎよう。

見向きもせず歩を進める。

順に西方を守護する大威徳明王像の六面の背面が見えてきた。

──あっ三世さん。

さくらは仕事中 手を振ることができないので、体を横に曲げ来館客の隙間を縫うように視線で居場所を伝える。

気が付いた三世が軽やかな足取りでさくらのもとに向かう。

「ごめん、少し遅れた。飼い主さんの相談を聞いていたら診察が少し長引いちゃって」

「お仕事、お疲れ様です」

「ありがとう」

二人は恋人のように笑みを交わす。

「あの…三世さん。時間のある時でいいんで一緒にお勉強しませんか?」

「何の勉強?」

「その…目の前に展示されてる五大明王像についてです」

「何で俺が?」

絶対ボロがでそう…。いや、語り始めたら止まらなさそう…。

「この特別展が終わったらボストン美術館との共同企画の展示があるんです」

──そういえば宝が出張ついでに行って来たからって、そこのお土産もらったっけ。何故か浮世絵のポストカード。千世なら喜びそうだけど…。

「確かボストン美術館は国外で一番多くの日本の美術品を収蔵してるんじゃなかったっけ?それは勉強しないと大変そうだな」

「そ、そうなんですか?」

まずボストン美術館について勉強しないとダメか…。

「たまたまだよ。つい最近 宝が行ってきたらしいから、それで…」

三世さんこんな時に心読まなくていいよ…(泣)。

「その数ある所蔵品の中から奈良、平安時代の仏画、今回は愛染明王像も里帰りするそうです」

──うわっ、愛さんも帰ってきそう…。

「それに…ずっと降三世明王像の前から離れない来館者の方がいらして気になったんです」

「へぇー」

何で降三世明王像?何か意味でもあるのか?単に一番カッコイイから?

「「三世《さんぜ》を渡り三毒《さんどく》を葬ってくれる。素晴らしい仏様です」って、おっしゃってたんですけど…」

「「そうですね」しか言わなかったんだろ」

「何でわかったんですか?」

「大体察しが付くよ」

あっ…いつものパターンか。心の中読んだのね…。

「場所移動しようか」

「どうしてですか?」

「18個の目で見られているから」

「え?」

「大威徳明王は六面 六臂《ろっぴ》 六脚。顔の各面には三目。6×3で18個」

「そういう事だったんだすね」

──確かに勉強必要だわ。

三世が降三世明王像に向かって時計回りに歩き出す。さくらも慌てて一緒についていく。

「無難な返事しかできなかった。だから勉強したいんだろ?」

「は、はい。そうなんです」

二人は降三世明王像の前にやって来た。

三世は像の眼前にある大自在天像を一瞬睨みつける。

「降三世明王が踏みつけているのは?」

「大自在天と妻の烏摩妃」

「大自在天は大日如来が説法している時に私こそが三界の王者である。自分に勝る存在はないと。逆らったんだ」

「ちゃんと人の話は聞いた方がいいと思いますけど」

──人じゃなくて仏だから。一緒に勉強するんじゃなくて俺が一方的に教えるんじゃないのか?前途多難だな…。

三世が肩を落として溜息をつく。

「三界の一つ欲界には人間界が含まれる。もし奴が王者になり支配されたら未来が変わってしまう」

「それは困ります」

さくらが真顔で即答。

「だから大日如来は降三世明王に姿を変え、逆らう大自在天とその妻をこうして踏みつけて懲らしめたんだ」

三世が慣れたように両手で印を結ぶ。

「これは降三世明王印。少し変わっているだろ?」

「あの…すいません。何が変わっているのか、よくわからないんですけど…」

──マジ?センスない…。

「小指と小指を絡ませて、人差し指を立てる。ローマ字のX《エックス》に見えないか?」

「何となく…でもどちらかというと角のあるオス鹿」

──ま、いっか。

「降三世明王の印は独特なんだ」

不思議…。降三世明王像と三世さんが重なって見える。髪の毛は逆立っていないけど。同じ印を結んで同じ方向を見てるから?

これって、以前 見たのと同じだ。三世さんが神々しく見える。

「さくらさん、さくらさん、さくらさーん」

「は、はい」

振り返ると藤原が腰に手を当てて立っていた。

「なーに見つめ合ってんのかな?」

──先輩、なんでそんなに威圧的なんですか?

「ふ、藤原先輩。こ、交代の時間ですか?気が付きませんでした」

「でしょうね。いい雰囲気でしたから」

「勘違いしないでください。今ちょっと…その…降三世明王についてレクチャーしてもらってて」

「何で一般の人から学芸員のあなたがレクチャー受けるか意味不明なんですけど」

「すいません…」

さくらは体の前で両手を重ねて謝る。

さくらの真後ろからただならぬ気配を感じた藤原が急に態度を改める。

「ごめんなさい。チョット言い方きつかったわね」

「そんなことないです」

さくらが両手を左右に振って否定する。

藤原は気になるさくらの相手を見ようと首を少し横に傾け無理矢理背後を覗き込む。

「やっぱり そうだ。王生さんの息子さんよね?先日はご忠告ありがとう。調査したら前庭に大きなアリ塚が見つかったわ。感謝しています」

「いえ」

さくらに対する態度に少々立腹している三世は言葉少なに返事をする。

「もしかして二人付き合ってるの?いつから?」

「もう、藤原先輩。仕事中です。そういう話はあとで」

先輩、空気読んでください…。

「ごめんごめん。何かビビッと来るものがあったの?」

「無いです」

先輩、全然 人の話きいてない…。

「じゃあ運命的な出会い?」

「かもしれませんね」

段々さくらの返事も適当になってくる。

「なるほど。だから今日はお弁当だったのね。彼と自分のお弁当作るなんて 朝から大変だったでしょう」

2回大きく頷いて納得する。

「いや…それはですね…彼の…」

三世は藤原の発言を一つ一つチェックしていた。

いつから?ビビッと来る?直感ってことか?運命的?考えすぎか…。苗字が藤原ってのも気になる。俺が平安時代に意識を支配したのが藤原良世《ふじわらのよしよ》。何か代々語り継がれている秘密でもあるのか?

「おい」

三世が藤原を呼ぶ。

「失礼ね。藤原です」

お互いつんけんした態度でやり取りする。

「南都…じゃない奈良県の出身?」

だから藤原だってば。主語がないって。南都?確か奈良は平安時代以降そう呼ばれてたよね。

藤原が三世の目を見て話す。

「違います。藤原姓ですから先祖は奈良ですけど、私の実家は現在 大阪で和菓子屋を経営しているわ」

「……」

──あまり関係はなさそうだな。俺の考えすぎか…。

三世は腕を組み自分の中にこもる。

この沈黙は何?もしかして化粧直し変だった?眉毛 濃すぎた?



目の前の一部始終を新人監視員は黙って見ていた。

──三人がずっと目の前にいるから他の来館者さん見えないんですけど…。僕(・)の仕事は三人を監視することじゃないですよね?



宝は入院病棟である東病棟の廊下を歩いていた。

緊急呼出だったけど速攻で処置も終わったし、大耶のお迎えだから化粧直しする必要もないし、定時に帰れそうね。

「大耶にお迎えの時間連絡しておこう」

「た…す……」

声がした病室の前で宝の足が止まる。

「やだ…ここって在原が入院していた306号室」

この病室 使ってたっけ?確か南海が使ってないって言ってたよね。

「た…す…け…て…」

煌徳と違って霊感ないから微かに声は聞こえるけど何も見えないのよね。

まさか…在原の呪い?この病室だけは絶対入りたくないんだけど。

でも、助けてと言われれば医者として放っておくわけにもいかないしな…。

「失礼しまーす」

意を決して病室に足を踏み入れる。

窓際のベットの間仕切りカーテンが閉まってる。やっぱり誰か使っているの?

ベットに近づきカーテンを勢いよく開ける。

「誰もいない」

静かに閉めて病室を出ようとした時だった。

突然 背後から滝つぼに水が落ちるような轟音が鳴り一気に時空の裂け目が開く。

宝は声を出す余裕もなく、体が裂け目に吸い込まれていく。

必死に胸ポケットからボールペンを取り出し床を引っ掻く。

──息ができない。

カーテンを掴み抵抗するが虚しく姿が消えてゆく。



不動明王の童子……現在に目ざめた不動明王である剣の側に控えている。清隆(制多迦童子)、各務(恵光童子)、金兜(阿耨達童子《あのくたどうじ》)が登場済。





読んでいただきありがとうございます。

久々に名前が出て来た孔明《こうめい》とは?

動物医療専門学校の講師です。獣医師でもあります。

たまに三世が特別講義に出向いています。専門学校の目と鼻の先の会館で移動動物病院も開院してたこともあります。

このエピソードはボツです。本編から少し脱線していたので。

私の時代は710立派な平城京。今は710見事な平城京なんですね。


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