春の章 凶事待伏 3
大自在天は在原の顔のまま、実体を持った烏摩妃と夫婦の愛を確認する。
登場人物紹介
在原 朝臣
旧姓は九条。現在は母方の姓を名乗っている。
悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。
大自在天に意識を支配されている。
父は九条忠。元統合幕僚長。10年前に謎の死を遂げている。
母は在原高子。小笠原のとある島で療養中に行方不明になる。
その後、烏摩妃に意識を支配されている。
大自在天の棲家でもある洞窟の中では、人間の心臓の形をした"恨"の塊の激しい鼓動で洞窟が揺れていた。
時折 天井から細かい岩片が落ちてくる。
しかし、中にいる二人は気にも留めず塊を見ながらご満悦の様子だった。
一人は在原の顔を持ったままの男性、実体は大自在天。
そしてこの世の者とは思えない美しい女性、妻の烏摩妃。
「烏摩妃、久しぶりの体はどうだ」
「ご自分で確認してくださいな」
烏摩妃を抱き寄せ、唇の感触を確かめる。
「感触がある……とても柔らかい…」
右手の指先で頬をなぞり、烏摩妃の顔を真っすぐに見つめ続ける。
「美しい…」
烏摩妃が嬉しそうに微笑む。
大自在天は何も言わず烏摩妃の頬にそっと唇をつける。
「お前を完全に甦らせる為ならどんな手を使っても構わないと思った。それにしても九条家が密かに継承していた陰陽術が役に立つとは予想外だったよ。千年以上かかってしまったが感謝しておくれ」
烏摩妃は大自在天をしっかりと両手で抱きしめ感謝の意を表する。
「九条家に感謝せねば。借りていた体が短命だったから、とても待ち遠しかったわ」
烏摩妃が何か言いたげな顔をして大自在天を見つめる。
「もうこれは要らないわね」
烏摩妃は大自在天の右目から魂が籠っていた玉眼を取り出し、目の前の洞窟湖に捨てる。
「もう一生離れることはない。私の魂はここにある」
大自在天は胸の中央辺り、心臓の位置に手を当てて断言する。
「本当に?」
「あぁ」
大自在天は右目から血を流したまま、烏摩妃を抱き上げ 地を踏みしめ一段高くなった壇上に上がる。
その真上には“恨”の塊が血管を張り出し、あばら骨のような奇岩に張り付いていた。
"塊"の中の数えきれないほどの恨めしい目が一斉に見開き眼下の二人を睨みつける。
大自在天はその視線を気にもせず、むしろその“恨”を吸収しているかのように息を吸い込む。
「漲る…」
烏摩妃は大自在天の玉眼を取り出し眼窩がむき出しになった右目をしなやかに指先でヒーリングする
「在原も九条 道隆のように裏切ろうとした」
「そんなに目くじらを立てないで。143年前はもう過去の事です。心身ともに落ち着いて…」
大自在天は烏摩妃の指先から放たれた光明を心地よく感じてきた。
「あぁ…」
見る見るうちに視神経が網膜とつながり、眼球が再生していく。
「降三世明王と接触した時、一度危うい時があった。在原が奴に救いを求めたのだ。それだけじゃない。私の魂の入った玉眼を力づくで抑えながら列車事故の担当医にも血の涙を流し助けを乞うていた」
「やはり降三世明王は現在にいるのですね…」
烏摩妃は降三世明王が過去、現在、未来を行き来し自分達を追っていることを知る。
「あぁ。執念だな。奴がいるという事は 恐らく五大明王全員が現在に目覚めているだろう」
「不動明王の化身、俱利伽羅竜王…」
烏摩妃は自ら大自在天の元を離れ壇上に立ち洞窟内を見回す。
つい先日ここで俱利伽羅竜王と対峙したのを思い出していた。
「五人の内 残り三人の明王の目星は付いている。王生を名乗る その担当医、在原と接触した学芸員、そしてその息子」
「一人足りないわ」
「あと一人の正体がまだ分からない」
唇を噛みしめ、悔しさを滲ませる。
「あなた、光は感じる?」
大自在天の感情の高ぶりを敏感に感じ取った烏摩妃は和らげようと再び指先から光を当てる。
「僅かに」
「完全に治癒するまでこれを…」
烏摩妃は自分の首元から染物のスカーフを外し大自在天の右眼を覆うように巻く。
「素敵でしょ。島の植物、アカギやモモタマナで染めたのよ」
「ありがとう」
大自在天は何故か素直に喜べなかった。
この烏摩妃の所作が一つの疑念を抱かせていた。
──まさか…人間の…高子の意識がある?
突然“恨”の中から誰かが意味不明な大声を上げる。
「たぁ……ぁ……お……」
声の主は“九条 忠”。在原 朝臣の実父で高子の夫だった。
「うるさい奴だ。“恨”の糧のくせに」
「慎みましょう。彼の"恨"は一番影響力を持っているはず。だって妻の終焉を目の前で見届けたのだから」
烏摩妃は自分の柔らかい唇を大自在天の唇に優しく当て、それ以上粗暴にならないよう止める。
「妻の高子の体はそこの海底に眠っていたのだったな」
「えぇ。海に返しました。でも彼女は自ら私の意識と離れることを望んで身を投げたのです。そのせいで暫くは霊体でしか姿をお見せできなかったけれど…」
「ち……がぁ…う…ぅ…」
洞窟内に響いた九条の必死の叫びは「ちがう」。そう聞こえた。
「何が違うのかしら?愛していなかったくせに…妄語まで…」
「それにしても信じた九条家も愚かだな。私がお前たちの簒奪に協力するはずなかろう。九条家と我々の結縁などいつでも断つことができる。大自在天像の胎内に烏摩妃がいたのだから…。我は絶大なる大自在天。世を支配する者だぞ」
烏摩妃が口に手を当て表情を隠すように嘲笑する。
「そもそも結縁してまで何故九条家を救わなければならないのか…」
この一言に大自在天が敏感に反応する。
──何が言いたいのだ…。
「お前の放つ光のように星の増光現象を確認した。何千年から数百万周期とも言われている新星爆発が起きたのだろう。それが現在なのだ。それが何を意味するか…わかるか?」
──私はお前の意志を確認したい。
暫く沈黙した後に続ける。
「私が長年貯めこんだ莫大な“恨”を世に放つ時がきたのだ。いよいよ新世界の始まりだ。勿論お前は私と共に…だよな?」
大自在天の表情は新しい世界を創造し支配者となるのを確信し、頂上に立つ優越感に浸った表情だった
「"恨"が天と地を飲み込み、あなたが世界の支配者となることを私は望みます。勿論私はあなたと共に…」
烏摩妃は大自在天の目前で誓う。
洞窟湖の底には真っ二つに割れ烏摩妃の魂が解放され無用となった胎内仏が沈んでいた。
水晶の玉眼が時間をかけゆらゆらと潮流に身を任せ海底に落ちていく。
底に辿り着いた水晶は割れた胎内仏の間に挟まる。
その様子を見つめるように一体の人骨が原型を留めたまま沈んでいた。
その人骨の左手の薬指には元々は金色であったろう一部変色した指輪がはまっていた。
刻印のアルファベット「K.K」が辛うじて読み取れた。
センターストーンの石は、まだ くすんでおらず深緑の石に蛇のような紋様が入っているのが分かる。
恐らく蛇紋石。
石言葉は、再生、生命力。
眼窩……頭蓋骨の目が入っているところ
妄語……嘘
読んでいただきありがとうございます。
お盆休みあるわけないです。
帰省して疲れてパソコン打ちながら寝てました。危うく椅子ごと倒れるところでした。
主人が帰省しているのでリビングでだらだらしてる…。
書きづらい…。




