↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
82/91

春の章 凶事待伏 2

 各務は剣に言われた通り大自在天像を確認しに朝一で出社する。

そこに偶然現れたのは藤原だった。

話の流れで宝は大耶に三世の健康状態を打ち明ける。


登場人物紹介


王生《いくるみ》 三世《さんぜ》

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。

職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。




烏丸《からすま》 さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。

偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。




王生《いくるみ》 剣《けん》  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。




王生《いくるみ》 宝《たから》

剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。

名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。

因みに男性として現れた時の名前は「宝《たかし》」





王生 大耶《だいや》

愛(現在の剣の奥さん)の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。

実父は警視総監の直江菱耶。




各務《かがみ》 恵光《しげみつ》

M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。

彼は現在に目覚めた恵光《えこう》童子。剣に仕える立場の人物である。

三世だけは「えこう」と呼んでいる。




藤原 后恵《きみえ》

さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。剣とは面識がある。

酒豪。倹約家っぽい。そして、もう一つの顔…。

茶トラ猫、ヱビスを飼っている。

(名前の由来はお酒から)


 M.C.H.玄関前の時計塔は7時20分を指していた。

館長の各務は胎内仏を抜き取られた大自在天像が元通りになっているか確認するため朝一番に出社していた。

「流石に藤原さんはまだ来てないよな」

各務が守衛室に寄り挨拶をする。

「おはよう」

「おはようございます。館長、今日は随分早いですね」

「昨日は警報が誤作動するし、今朝は地震もあったので少し心配で」

「それはご苦労様です」

──昨晩と同じ守衛だな。特に変わった様子はなしと。

「申し訳ない。展示物が倒れていないか確認したいので、展示室Bの扉を開けてもらっていいかな」

「わかりました。では30秒後に開錠します。大変かもしれませんが扉は手動でお願いします。9時にならないとシステムが切り替わらないんですよ」

「了解。ありがとう」

各務は現物を見るまで不安で帰宅してから一睡もできなかった。

時間を計算し駆け足で展示室Bに向かう。

扉の前で立ち止まり大きく深呼吸をする。

「心落ち着け」

腕時計の秒数表示を見ながら心の中でカウントダウンする。

──5.4.3.2.1.0。

開錠された音を確認し、自分でも無意味だとわかっているが、衝動的に祈る。

「どうか元通りになっていますように」

各務は重厚な扉を軽々と押し開け展示室に入る。

展示室の中心に配置された五大明王像には目もくれず、大自在天像の元へ向かう。

辿り着き正面から目にしたのは変わりない姿の大自在天像だった。

「良かった…時空の裂け目が閉じてる…元通りだ」

足の力が抜けその場に膝をつく。

「館長どうしたんですか?こんなに朝早く」

その声は藤原さん?何でいるんだ?

振り返ると そこには起きて直ぐ駆け付けたのだろう、髪の毛がぺたんとしたままの藤原が立っていた。

「藤原さんこそ、まだ朝の7時半ですよ」

「今朝地震があったので、ちょっと心配になって来たんです。そしたら ここの扉が開いていて」

例の件で来たのではなさそうだな。良かった。清隆の記憶を消す雨の効果は完璧だったようだ。

「実は私も心配で来たんですよ。まだ眠くて少しふらついてしまいました」

各務がゆっくりと立ち上がる。

──安堵したら今にも睡魔が襲ってきそうだ。

「ふらついているのに、あの重い扉をよく開けられましたね。確か今の時間は手動じゃないと無理ですよね」

「はははは…いつも鍛えているからね」

シャツの袖をめくり鍛えられた上腕二頭筋を見せつける各務。

「うわっ太っ。で、展示室Aの方はまだですか?」

筋肉には全く興味を示さない 藤原。一言でスルー。

各務は恥ずかしそうにシャツを下ろす。

「あぁ…こっちを全部確認してからだな。手伝ってもらっていいかな」

「勿論です」

普通なら心理的にA、Bの順番に確認すると思うんだけど…。深く考え過ぎか。Bの方が国宝多いしね。

「ふぁ…」

藤原が無意識に欠伸をする。

「藤原さんも眠いの?」

「え?あぁ。すいません」

「さっ、手分けして始めますか。終わったらモーニングコーヒーを淹れますよ」

「館長がですか?」

「勿論」

「じゃあ頑張ります!」



「大耶!早くして!もう7時半だよ!」

宝が玄関でヒールを履きながら大声で大耶を呼ぶ。

「今行きます!」

大耶がジャケットを手に持ったまま慌てて二階から下りて来る。

──お弁当作りに時間をかけすぎてしまった…。

リビングではさくらと三世、そして和服姿の剣がお茶を飲みながら雑談をしていた。

煌徳は高速道路の渋滞を心配して、既に家を出ていた。

「すいません、剣さんゴミ出し お願いしていいですか?今日は雑がみの日ですから」

「あー分かった。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

大耶は玄関に向かいながら右手に持ったリモコンで車庫のシャッターを開け左手のスターターでエンジンを始動させる。

「器用な奴」

三世がお茶を飲みながらボソッと言う。

「雑がみって?」

出張でほとんど自宅にいない剣がS市民の二人に問う。

目が合ったのはさくらの方。三世はお茶を飲みながらスマホでスケジュールを確認中だった。

「お菓子の紙箱とかシュレッダーした紙です。あっ!新聞紙は駄目ですから」

さくらが答える。

「そうなんだ。でも…どこに置いてあるんだろう…」

「さぁ…そこまでは。お家、広いですしね」

「シューズクロークの床に置いてある。覚えとけよ」

三世がきつい口調で剣に教える。

「はいはい」

剣が立ち上がり、置き場所の確認に行く。

さくらはその後ろ姿をチラッと目で追う。

お茶を飲んだら気分的にリラックスするはずなんだけど…。

一応 お父さんだよね?何となく対等に話してると感じるのは気のせいかな?今のは完全に上から目線だけど。

さくらは両手で湯呑みを持ってしみじみとお茶を飲む。

「このお茶、今まで飲んだ日本茶の中で一番美味しいかも」

「さくらの家のティーバッグとは違うからな。俺専用の日本一早く摘める種子島のお茶。松寿《まつじゅ》。いい香りだろ?」

「うっ…」

──話を変えよう。私の印象悪くなっちゃう。既にティーバッグの賞味期限切れてた時点でアウトか…。

「お兄さんとお姉さんって いつもあんな感じなんですか?何となく夫婦みたいですよね」

「別に引っ付いてもいいんじゃない?血は繋がってないし、お互い適齢期だし」

三世の言い方はお互いの素性が分かっているので傍から見ると無責任に聞こえてしまう。

一方、さくらは黙考中。

今、血は繋がっていないって言ったよね?お兄さんも「剣さん」って呼んでたし。家族構成が ますますややこしくなってきた…。

そんなことよりお二人とも 適齢期なの?お姉さんもお兄さんも凄く若く見える。特にお姉さん。やっぱりあの高級な化粧品がお肌にいいのかしら。

「冗談。お互いの職場が近いから毎日大耶が送迎してるだけだよ。言っておくけど俺と宝は仲が悪いから。病院で見たままだよ」

確かに初対面の時は三世さんを打ちのめす迫力、威圧感があったけど、昨日はそんな感じ全く無かった。

むしろ とても優しいお姉さんだと思うんだけどな…。

「じゃあ お兄さんとの仲は?」

「大耶には頭が上がらないかな。衣食住世話してもらってるし」

「完璧な主夫ですよね…。お兄さんの作ったお料理すごくおいしかったし、今日はお弁当まで作ってもらっちゃって。しかも忙しいのに洗濯まで…。私 お嫁に来たいくらい」

「さくらは食べる側だろ?料理できなさそうだし」

「分かります?」

「冷蔵庫を見れば分かる」

──もしかして前に来た時 見たの?ペットボトルとヨーグルトしかないのバレバレじゃない。うわっ恥ずかしい…。

さくらは眉尻が下がり、いじけた表情で俯く。

「で、何時までに送ればいい?」

「9時30分くらいまでには…」

小さい声で答える。

「今日の予約は11時からだから全然余裕だな」

後ろから優しくさくらの頭を撫で、顔を寄せる。

「ありがとうございます」

──こんなに密着していると三世さんの優しい香りを一層感じる。

今、すごく幸せな顔しているんだろうな…。

王生さんが席外してて良かった。



大耶の運転で間もなく宝の勤務先の天野病院に到着。

車は赤信号で停車中だった。

「宝、人間の血液って何度くらいあるんですか?」

「37~38度くらいかな」

「流石に海水温もそこまでは上がりませんね。小笠原諸島では夏に30度以上行く時がありますが」

「大耶も気になっていたんだ。父さんが言っていた"恨"の存在。そして"恨"から血管のようなものが地中に染み入り様々な異常気象が起きていると予想してるの?」

「海洋熱波、地球温暖化による海面上昇、最近頻発している小笠原諸島近海の海底火山の噴火、赤く変色する海…“恨”を世に運ぶための血管がゆくゆくは地球全体に張り巡らされ気づかぬうちに“恨”が世界を覆い尽くすのでないかと」

「人間の血管の長さは約10万キロ。地球を二周半できる。そう考えるとぞっとするわね。父さんが洞窟で見た“恨”が世に放たれる日が迫っているのかも…」

「“恨”放たれれば、そこは混沌が渦巻く世界。即ち大自在天が思うがままの世界。奴に支配される世界」

「そうね…」

宝は何か気がかりなことがあるのか短い返事しかしなかった。

「先ずは大自在天の復讐の矛先である降三世明王を護らないと。五人揃っていないと奴の支配を、全てを救えない」

「護る必要はないかも…」

宝は胸の内を堪えるように答える。

「どういうことですか?」

「今の三世の体、降三世明王の力を使っても傷の回復が遅いみたい。体が限界なのかも。この調子だと来月の定期検診はキャンセルかな…」

「それって…どういう事ですか?」

「大耶、信号青」

宝は143年前の桜と現在のさくらを重ねていた。

──また彼女を一人にして辛い思いをさせるの?



三世とさくらは時間に余裕を持って8時45分に出発。

「さくら、用意できたか?玄関に車まわすぞ」

「お願いします」

三世がキーケースから車のキーを取り出す。

ふと気になり左手の傷跡を確認する。

──良かった。傷が完全に消えてる。右手は?…痣は出てない。よし!

「剣さん、俺 さくらを送ったら そのまま仕事行くから」

「気を付けてな」

「あっそうだ、午前中に俺宛で荷物届くから受け取っておいて」

「わかった」

なんか今日はやけに使われるな…。ま、午後からの打ち合わせはリモートだし、一日中家にいるからいいけど。

剣が珍しく朝から普段着の和服を着ているのはそういう理由だった。



三世が玄関前に車を着ける。

さくらは少し高い助手席にアシストグリップを掴み体を引き上げ乗り込む。

「行ってきます」

玄関まで見送りに来ていた剣に挨拶をする。

「お仕事頑張って」

さくらはドアを閉めシートベルトを装着し剣に一礼する。

剣は袂をおさえて二人に手を振った。

──何か照れるな。息子夫婦?いやいやいや何を考えているんだ私は…。

車は左ウィンカーを上げて敷地を出る。

助手席のさくらも反射的に左右の安全確認をする。

ふとハンドルを握る三世の手に目が行く。

あれ?左手の傷が無い。確かに朝は薄っすらだけどあったような…。ちょっと聞いてみようかな。

「あの…三世さん左手の傷大丈夫ですか?」

「え?何のこと?」

「今朝 手を握った時、猫ちゃんか何かに引っかかれたような傷があったような気がして」

「気のせいじゃないのか?」

うわっ。細かいところ見てるなぁ。あれは宝に引っかかれた傷だけど…。千世や俺自身が表に出ないよう気を付けないと。

「なら、いいんですけど。私、心配しすぎですかね」

「そんなことないよ。ありがとう」

優しい…。やっぱり昨晩何かあった?気になる第二ボタンまで外れていた謎……。

「何もないよ。笑えるくらい寝相は悪かったけど。足で布団蹴とばしてすりすりしてた。マーキングかと思ったぞ」

「えっ!?」

第二ボタンの件は一件落着しだけど、その恥ずかしい姿を見られたのもそれはそれでショックかも。だけど動物に例えなくても…。私、寝言とか言ってなかったよね?

「大丈夫」

あっ…三世さん、また心読みましたね。

じろっと三世を見る。

何か左から視線を感じる。今は前を向いて運転に集中、集中、集中…。

……ちょっと無理かも。話を逸らそう。

「今日仕事が終わったらこの前の半券あるから、リピーター割引で特別展見に行こうかな」

「本当ですか?」

これから忙しくなるから、会う機会が少なくなると思ってたのに、三世さんの方から来てくれるなんて嬉しいな。

「私、今展示室Bを担当しています。三世さんのいう通リAの方は監視カメラがあるので大丈夫だって館長が」

──恵光《えこう》がね…。

「15時くらいには行けると思う」

「待ってます」



剣はゴミ出しを終え、首と肩を大きく回しリビングで一息つく。

「何て静かなんだ…。昨晩の騒ぎ…じゃない会議が嘘のようだ」

宅配のトラックが玄関前に止まった。

「三世に頼まれた荷物が来たかな」

トラックの扉を開閉する音がした後、インターホンが鳴る。

「〇〇運輸です」

「今行きます」

剣がインターホンで応対し玄関に向かう。

「お待たせしました」

雪駄を履き玄関ドアを開ける。

「いくるみ?さんのお宅でお間違いないでしょうか」

配達員が表札を見ながら荷物を手渡す。

おしゃれなタイルとアクリル二層板の表札には【王生】の漢字の下にローマ字表記で【IKURUMI】 と彫られていた。

「はいそうです。王生《いくるみ》って大抵の人は読めませんよね」

剣は配達員の視線に気が付いていた。

「すいません」

「いえいえ。サインでいいですか?」

──そういえばハンコの場所すら知らないかも。

「ここにお願いします」

ささっと【王生】と書き、荷物を受け取る

──【王生】って横線多いんだ…。

「ご苦労さまでした」

剣が受け取った荷物は書籍だった。

「随分と分厚いな。医書?消化器外科学?医者でも目指すのか?」



M.C.H.……MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDOの略。


読んでいただきありがとうございます。

先週末、子供が行きたいと言っていた北海道立旭川美術館に行ってきました。

HOKKAIDO ASAHIKAWA MUSEUM OF ART

菱田春草の絵画が見たかったそうです。

高速使って2時間弱。高速乗るまでが時間かかるので眠くなる…。買った清涼菓子は予想外に甘くて効かなかった…。

王生家の表札は主人の実家と同じ仕様です。参考にしました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。