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春の章 憂来無方 8

 金兜と清隆の相性があまりよろしくないらしい。

各務が仲を取り持つのに苦労する。

煌徳が剣と二人きりになり意外な表情を見せる。

親子の絆が一層深まる。



登場人物紹介


王生《いくるみ》 剣《けん》  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。



王生《いくるみ》 宝《たから》

剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。

名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。

因みに男性として現れた時の名前は「宝《たかし》」



王生 大耶《だいや》

愛(現在の剣の奥さん)の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。

実父は警視総監の直江菱耶。



王生 煌徳《あきのり》

剣と愛の実子。現在に目覚めた大威徳明王。現在酪農大学の学生で三世の跡を継ごうと獣医師を目指している。愛くるしい顔をしているが怒ると家族の中では一番怖い。



各務《かがみ》 恵光《しげみつ》

M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。

彼は現在に目覚めた恵光《えこう》童子。剣に仕える立場の人物である。

三世だけは「えこう」と呼んでいる。



阿達《あだち》 金兜《かなと》

王生家御用達のタクシー運転手。

正体は現在に目覚めた 阿耨達童子《あのくたどうじ》。

星、金、キラキラしたもの好き。



倉橋 清隆《きよたか》

現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。

宝と同じ病院に小児科医として勤務している。

折り紙が得意。

主に北側を守護する役目を務める。



白石《しろいし》 玲《れい》

煌徳に想いを寄せていたE酪農大学の後輩。



東《あずま》 真雅《まさなり》 

三世と春世の実父。



東《あずま》 春世《はるとし》

T市総合病院の消化器外科の医師。

10歳離れた三世の実の弟。


 宝は顎を引き 目を見開いて剣を睨んでいた。

親子の間に緊張が走る。

「宝、そんな怖い顔で見るなよ。私もさっき清隆の話を聞いて確信したんだ…その…東《あずま》 春世《はるとし》が降三世明王に相応しい人物だってことを…」

娘とはいえ、目覚めた軍荼利明王の迫力は父親の私でも怖くて背筋が寒くなる。

「そうですよ宝さん。怖い顔は美容に悪い…」

宝は一瞬で表情を変え、引きつった笑顔で清隆を見つめる。

「いえ。宝さんはいつでもお肌にハリがあってお綺麗です」

「ありがと。表情筋鍛えてますから」

──すまない。清隆を巻き込んでしまった…。

剣は心底謝った。

気まずい雰囲気だし、時間も時間だし、今日はお開きにするか。

「金兜、そろそろ各務を送ってやってくれ。明日…もう今日か、大事な仕事がある」

「わかりました」

各務が腕時計で時間を確認する。

【0:58】

──大事な仕事…。

各務はややしばらく時計を見つめ考える。

【1:00】

「そうだ!朝一番に出社して大自在天像を確認しないと。じゃっ、お疲れ様でした」

「お疲れ様。穴は塞がっていると思うが、絶対 朝一番に確認しろよ」

剣が念を押す。

「僕も帰ります」

か細い声でそそくさと席を立つ清隆。

宝が清隆のシャツの後ろを掴み、引き留める。

「清隆、今日は焼き立てパンが売店に並ぶ日なのよね。いい?11時入荷だから」

「は、はい。こしあんぱん2個ですね」

「プラス、カレーパン」

──お綺麗ですって言ったのに…。



 三人は揃って王生家の玄関を出た。

「清隆は車ですか?」

「えぇ。あの道場の前に駐めてある車《やつ》です」

視線を車に向ける。

「えっ!?PHEVのSUV?しかもボディーカラーはブルーですか?」

金兜は顔をしかめ、あからさまに相応しくないと表情だけで語っていた。

「金兜、今、絶対似合わないって思っただろ」

「はい」

──駄目だ…。金兜とは絶対合わない。

「二人とも、仲良くな。お互い30超えたいい大人が…」

年長の各務が釘を刺す。

「僕はまだ30歳と79日です」

「金兜、数えてるの?」

恐るべし自己管理能力…。

「各務さんを送ったら僕も上がります。清隆の家はここから近いんですか?」

「天野病院最寄りの地下鉄5番出口の側にあるマンションです」

「羨ましい。地下鉄もバスターミナルもあるじゃないですか。それじゃあ僕の送迎は不要ですね。ついでに車も不要では?駐車場代高そう…」

「はははは。そうかもね」

──仲良くね…無理だと思います。以上。

「金兜、早くしろ。清隆お疲れさん」

「お疲れ様です」

清隆がトボトボした足取りで車に向かう。

ドアノブに人差し指を触れ解錠する。

最低地上高200mm。いつもなら気にせず運転席に乗り込める高さ。

「よっこらしょ」

ヤバい、まだ36なのに…。

金兜より6歳年上なんだ…。

エンジンをかけ正面を見ると、目の前には満点の星空が広がっていた。

「あぁ…癒される…」


金兜の視線では…。

「あれ?北斗七星のイータ星アルカイドがいつもより輝いてる」

「どの星だ?」

「ひしゃくの柄の一番先です」

「金兜が指で星空の中の一つの星を指さす」

「ん?」

俺にはわからん。全部同じに見える。しかもぼやけてる…。加齢か?

「恒星の中でも2等星なんで見つけやすいんですけど、今日は1等星並みの輝きですね」

「何を意味してるんだ?」

「アルカイドの語源はアラビア語の先頭の娘。きっとこれからも一層輝き、勝利へと導くでしょう」

「名言だな…」

背後から鼻水をすする音がする。金兜が振り返ると各務が涙と鼻水を流していた。

「各務さん?何泣いてるんですか?」

──いかん。加齢で涙もろくなっているのを実感してしまった…。

「最近涙もろくてな」

「加齢ですか?」

──うっ…図星だ。

「これ使ってください」

金兜がポケットテッシュを差し出す。

「すまんな。それにしても星空を見ていると現在が危急の時であることを忘れてしまうな」

「そうですね…」

「きっと未来は真っ暗じゃない。輝いているんだよ」

「この地球《ほし》の寿命は約50億年。今は御年46億年」

「あと4億年は安泰か」

暫く二人で星空を観察する。

「各務さん。青少年科学館でプラネタリウムの職員を募集してたら声かけてください」

「わかったよ」

普通にいい奴なんだけど、清隆とは何で馬が合わないんだ?

几帳面すぎるのかな?

ポケットテッシュもデリケートな肌対応の保湿タイプだし…。



リビングでは大耶が手際よく後片付けをしていた。

「大耶、後片付け一人で大丈夫か?」

「あとは各務さんが食べたポテチのカスを掃除するだけなんですぐ終わります」

各務が座っていた場所にはテーブルの上、そして床にも食べ散らかしたカスが落ちていた。

「そっか」

大耶がササッと集め、器用に空袋に入れてキッチンに片付けに行く。

「私シャワー入って寝るね」

宝もリビングからいなくなる。

剣は背中を反らせてリビングから二人の姿が完全に見えなくなったのを確認する。

「さっ、いいぞ煌徳。やっと二人だけになった。父さんが話を聞いてやるよ」

「あ、ありがとう。気が付いていたんだ」

「当然。冷静に宿命通を使えるはずのお前が空腹に負けてお腹が鳴るのは、別の事を考えて注意力散漫になっているからだ」

最近 三世とこそこそ何かやっているようだしな。

それに父親として何となくいつもと様子が違うのは気が付いていたし。

「怒ってる?」

「心配してるんだ。話してみろ」

煌徳は白石を自分が救えたのではないかという思いを、ずっと胸中に仕舞い込んでいた。

限られた話せる相手、他の目覚めた明王、すなわち王生家の誰かに聞いてもらわないと今にも自分が暴走してしまいそうだった。

「大学の後輩の白石《しろいし》さんが大自在天に消された」

「消された?」

「表でニュースになっているのはフェリーから乗客が転落、行方不明」

──白石《しろいし》…。白石 玲《れい》?私たちが小笠原から乗船したフェリーで行方不明になった女性か?

「彼女が小笠原で撮った写真に偶然 在原《あいつ》が写ってしまったんだ。僕に送られてきた時はちゃんと写っていたのに、今見ると消えてるんだ。まるで存在を消しているかのように」

──写真だけで?もしかしたら彼女は不運にも大自在天の顔を見てしまったのかもしれない。

「父さん、これだけは言える。白石さんは誰も恨んでない。だって、とても心の優しい子なんだよ」

──煌徳は彼女が大自在天に消され"恨"の塊の中にいると思っているようだな。

「最初は実家が農場を経営していて、三人姉妹の長女だから跡継ぎのために無理矢理ここに来て嫌々勉強をしているのかと思った。

だって耳標見ても牛の名前 全然覚えてくれないし、絶対やる気ないんだと思った。だから、話かけられても適当に合わせてた」

剣は途中で遮らず黙って煌徳の話を聞いていた。

「今覚えば、向こうが好意を持って接してきているのに冷たくしちゃったな…。謝りたい。ごめんって…」

剣が煌徳の顔を覗き込む。

──今にも泣きそうじゃないか。

「僕は恋愛に全く興味がないし、そういう感情なんて持ち合わせていない。だけど彼女はいつも明るくて誰にでも優しいんだ。

彼女が調査隊に参加したのは命あるものに愛情を抱いていたから。そう、動植物の保全。将来はそっちに進みたかったみたい。同期の南郷が言ってた。

僕 何も知らなくて、あの時も食堂で「とにかく頑張って」しか言ってあげなかった。

なのに彼女は笑顔で「はい」って返事してくれた。救えなかったのは僕のせいなのかな?僕は彼女に恨まれてるのかな?」

煌徳の顔には悔しさと悲しさが滲んでいた。

「煌徳、彼女は恨んでないよ。だから あの恨の中に彼女はいない。大丈夫。慈悲の心を忘れるな」

「父さん…」

煌徳は恥ずかしがらずに思いっ切り剣の懐に飛び込む。

「なぁ煌徳、大学、バイトは楽しいか?」

「うん」

「友情だな」

ぎゅっと剣の両腕を掴む。

「何故三世と一緒の職業を選んだ?本当は父さんの…いや、何ともない」

「兄弟で一緒にやりたかった」

「人情かな?」

「煌徳、自然な感情あるじゃないか。三世なんて人間の感情を理解できるようになったのはつい最近だぞ。ハハハハ」

煌徳の涙腺が緩む。

剣が煌徳に愛情を伝えるように強く抱きしめる。

その瞬間、煌徳は初めて涙を流した。

「毎日22時から愛さんとビデオ通話してるんだ。明日はお前に譲ろう。たまには母親と語り合うんだな」

「ありがとう。父さん」

ゆっくりと手の力を抜き剣から離れ、シャツの袖で涙を拭う。

「私は部屋に戻るよ。おやすみ煌徳」

「おやすみ父さん」

煌徳が自然な笑顔で挨拶をする。

話して少し心が軽くなったようだった。



一方、剣は堅い表情で自室に戻る。

電気をつけ、腕を組みオフィスチェアに奥深く座る。

剣もまた悩んでいた。

生まれた時は痣が小さくてわからなかったと両親は私に言っていた。

出生届の提出期限は生後14日以内。それまでに名前を決めなければならない。

それなのに降三世明王が降臨した時に宿る人間の目印でもある“世”の漢字を名前に入れている。

──両親は私に嘘をついてる?もしかして生まれた時から痣があるのを知っていた?

しかし東家には先に生まれた三世がいる。

必然的に降三世明王が宿るのは三世になるとわかっているのに、何故?

単に"春世《はるとし》"と名付けたかっただけか?

命名したのは恐らく善道寺《ぜんどうじ》如来堂の守護を司る東家当主で三世と春世、二人の父親でもある

東《あずま》真雅《まさなり》。

如来堂…如来堂の阿弥陀如来像…灯された蝋燭…。

「そういうことか…」

剣が突然立ち上がる。

「父親は三世の寿命を知っていたんだ」

東家当主しか入れない如来堂。

私は実際に見たことがないが、その中には寿命を示す蝋燭があるという。

東《あずま》真雅《まさなり》は二人の蝋燭の長さを毎日欠かさず見守っていたんだ。そして三世の方が芯が無くなるのが早いのに気が付いた。

三世の方が先に消えるということは、現在では長く生きられないということ。

東《あずま》真雅《まさなり》には先見の明があったという事か…。

佐伯家の血筋。空海を先祖に持つ男。

春世にも正統な父親の血が流れている。

世の安寧のためとは言え降三世明王が春世の意識を支配できるだろうか…。

三世の時は息を引き取る寸前だったからすんなりといったが、

春世は、かなり手強そうだな。


読んでいただきありがとうございます。

王生家は北海道の政令指定都市S市の隅っこ。周りに何もない自然豊かな場所に家があります。

家の裏にはハチャム(桜鳥)の川が流れ家の裏手は山なので星空を見ることができます。

桜鳥…桜の花にやって来る鳥

金(Au)の元素記号は79番目。なので金兜は30歳と79日。


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