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春の章 憂来無方 2

 143年前にも一度降った記憶を消す雨。

再び現在にもその雨が降る。

さくらは剣たちの勧めで王生家に泊まることになってしまう。


登場人物紹介


各務かがみ 恵光しげみつ

M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。

彼は現在に目覚めた恵光えこう童子。剣に仕える立場の人物である。

三世は「えこう」と呼んでいる。



阿達あだち 金兜かなと

王生家御用達のタクシー運転手。

正体は現在に目覚めた 阿耨達童子あのくたどうじ

星、金、キラキラしたもの好き。




藤原 后恵きみえ

さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。剣とは面識がある。

酒豪。倹約家っぽい。そして、もう一つの顔…。

茶トラ猫、ヱビスを飼っている。

(名前の由来はお酒から)



王生いくるみ 三世さんぜ

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。

10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。

職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。



烏丸からすま さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。

偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。




王生いくるみ けん  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。




倉橋 清隆きよたか

現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。

宝と同じ病院に小児科医として勤務している。

折り紙が得意。

主に北側を守護する役目を務める。


 1台のタクシーがI公園駅前のマンション前に停車した。

車のライトをスモールに切り替え、ハザードランプを点滅させる。

──これは夢?食欲をそそる匂いがする…。唐揚げかな?あぁぁ何だか地元の骨付きから揚げが食べたくなってきた…。

「藤原さん、藤原さん、起きてください。藤原さん」

一緒に乗車していた各務が何度も呼びかける。

「え?あ、はい」

藤原は数回瞬きをした後、ぼんやりと目を覚ます。

「着きましたよ。このマンションでいいんですか?」

タクシーが停まっていたのは11階建てマンションのエントランス前だった。

「ここです。ここ。館長、すいません。私、完全に寝ちゃってました」

藤原が慌ててシートベルトを外す。

「これ、夕飯のお弁当。 まだ お店が開いてたから寄ってもらったんだ。どうぞ」

「ありがとうございます」

──お弁当の匂いだったんだ。館長気が利くなぁ…。

「カロリー気にするタイプ?ザンギ弁当なんだけど」

「いいえ。いつも弁当プラス35缶1本なんで」

この時間で唐揚げか…前言撤回。700キロカロリーは超えてるよね…。

「ははは。よかった」

ここで藤原が一度冷静になり、あることに気が付く。

何故、館長と一緒にタクシーに乗っているのか…。

──な、何もなかったよね?

「あの…何で館長が一緒に私のマンションに来ているのでしょうか」

どんな返事が返ってくるか怖いけど聞いてみる。

「私がタクシーに乗って帰ろうとしたら急に雨が降ってきて、そしたら物凄い勢いで藤原さんが乗り込んできたんですよ。いやぁびっくりしました」

「や、やだぁ…すいません。疲れてたのか全然覚えてないみたいで…」

髪を手で触る。

──本当だ、髪が濡れてる。

「自分で行き先を告げたら直ぐに爆睡しましたけど」

「ははは…。あっ、私 支払います」

各務が解釈する。

間違いない。さっきの雨は記憶を消す雨。何年ぶりの発動だろうか…。

「いいですよ。私も家が近くなんで 気にしないでください」

「すいません。お言葉に甘えさせていただきます」

「お疲れ様。また明日」

「お疲れ様です。お弁当ありがとうございます」

藤原がタクシーを降りて一礼しマンションに入って行く。

各務は藤原の姿が見えなくなるまで見届けた。

「次は王生さんの家でいいんですか?」

金兜かなとが次の目的地を尋ねる。

「あぁ頼む」

各務は気が緩み座席シートから肩がずり落ちる。

「ふぅ…」

「それより良かったですね。清隆を信用してないわけではないのですが記憶を消す雨の効果があるか正直不安でした」

「俺もだ。現在で降らすのは初めてだからな」

流石不動明王。何処にいても我々の思念を感じ取る能力は健在だな。

そして最も信頼できる脇侍、制多迦童子が側にいる。

「因みに場所は私が標しました」

「例のキラキラ星?」

「失礼ですねキラキラ光る星のモールス信号ですよ」

「お前、昔から変わんないな」

━ ━(M)

━ .━ .(C)

....(H)

「あっ、各務さん座席シート濡れてます?」

手で触って確認する。

「いや、大丈夫だと思う」

「よかった。車出しますよ。ここから王生さんの家まで30分くらいです」

「よいしょっと」

各務が姿勢を正す。

タクシーはヘッドライトを点灯させ出発する。

各務は一人で考えていた。

彼女は反射的にカメラに向かって私にメッセージを送った。

唇の動きから読み取ったのは三文字。

『シヴァ』

シヴァ。即ち大自在天。読唇術では後者は読み取りにくい。敢えて前者を伝えたのは咄嗟の判断だったのだろうか…。

もしかして彼女は私の正体に気が付いているのでは?

いや、それは考え過ぎか…。



王生家 午後11時30分

──結局 泊まることになってしまった…。

さくらはお風呂から上がりゲストルームのベッドに ぽつんと座っていた。

ツインルームだったのね…。しかもセミダブルベッド。

お借りしたお姉さんのパジャマ、これってシルクだよね。

洗面化粧台の中には高そうな化粧品ばかりだったし…。

それにこのフカフカな羽毛布団。

どんだけセレブなんだろう。

お医者さんに刑事さん、仏像学芸員、動物のお医者さん。弟さんは大学生で…あれ?王生さんの奥さんって…まだ紹介されていないよね。

「ふぁ~」

自然と大きな欠伸が出る。

急に睡魔が…。微かに漂うお香のリラックス効果かな。それにちょっと食べ過ぎた…。

さくらは両手を頭の上にあげ勢いよく背中からドーンとフカフカの布団に倒れ込む。

「一度やってみたかったんだよね」

「さくら、入るぞ」

三世さん?

「えっ!?ちょ、ちょっと」

返事を待たずしてドアが開く。

「何やってるんだ?」

そこには掛布団に埋もれているさくらがいた。

「一度やってみたくて」

慌てて起き上がり手を膝の上に置いて行儀よくベッドの上に座る。

「何を?」

三世に問われて一気に顔が赤くなる。

「か、勘違いしないでください」

「アドレナリンの分泌が多くなっただけだろ?」

三世が笑いながら さくらの体に手を回す。

「!?」

次の瞬間、さくらを抱え込み一緒にベッドに倒れ込む。

「きゃっ」

二人はお互い照れることもなく自然に見つめ合っていた。

「さくら、おやすみ」

「おやす…」

さくらの瞼がゆっくり閉じていく。

「マジ?寝たの?秒で?」

三世が試しに さくらの頬を指で数回つつく。

さくらは全く起きる気配がなかった。

「掛布団の上に寝るなよ。行儀悪いな」

──さくら、幸せそうな顔してる。こっちの気も知らないで…。

三世は星の痣が現れた右手で、そっと さくらの頭を撫でる。

「桜、さくら…ずっとずっと一緒にいたい」

気のせいか三世の言葉に一瞬微笑み返しで答えた気がした。

「湯冷めするじゃないか」

三世は立ち上がり隣のベッドの掛布団を捲り上げ、枕を整える。

「抱く…か…」

三世はさくらをお姫様抱っこして優しくベッドに寝かせ、

少し戸惑いながら さくらの寝顔に息を止めて顔を近づける。

「おやすみ」

さくらに布団をそっと掛けドアの音を立てないよう慎重に閉めて部屋を出る。

「……」

三世は無意識に口に手を当て、ドアの前に立ち尽くす。

目を閉じ、ゆっくり深呼吸をする。

すると右手の星の痣はみるみるうちに消えていった。

──心落ち着け。心落ち着け。心落ち着け。

自分に言い聞かせながら階段を踏み外さないよう ゆっくり下りる。

階段下に寝ていたクリスさんが僅かな振動に気が付き目を開ける。

「クリスさん。頼む」

クリスさんはむくっと起きて階段を上がり二階のゲストルームの前で顔を床に付け、うつ伏せで再び眠りにつく。


リビングルームでは煌徳が食後のデザートに炎が持ってきたあんみつを食べていた。

「三世も食べる?美味しいよ」

「今は要らない」

煌徳の隣りに座り飲み残したノンアルを飲む。

「さくらさんは?」

「よっぽど疲れてたんだろう。速攻寝た」

「一緒に寝ないの?」

三世が煌徳の頭を軽く叩く。

「何でいつも僕なの?」

「いつもベストポジションにいるから」

「意味わかんない」



ベランダでは剣と清隆が夜空の星を見ていた。

「癒されますね…」

清隆はベランダの手摺に寄りかかり、ほのぼのと北斗七星を見つめていた。

「私は老眼なのか、いまいちピントが合わなくて」

「剣さん。北極星 一つだけをじっと見つめてください。ピント機能が高まりますよ」

「流石医者だな。で、どれ?」

「あの真北に見える星です」

清隆が北の方向を指さす。

清隆がこうして対等に話せるのは剣が一目置いている存在だからである。

「久々の記憶を消す雨。成功するか緊張しました。無理なら雨乞いのおまじないでもしようかと…それは冗談で」

「清隆を信じていたよ」

嬉しい言葉を掛けられ安堵する。

「ありがとうございます。しかし、ピンポイントで降らせるのは難しいですね。金兜のおかげです」

「モールス信号解読するの難しいんだぞ」

何せ明治時代はスマホなんて無かったから当時の通信手段として渋々覚えたんだよ。

まだ五十音とアルファベットだけはかろうじて解読できるんだが…。

そろそろ通信手段を変えてほしい…。

玄関前に1台のタクシーが到着する。

「剣さん、来ましたよ」

「遅くなったが会議を始めるか」


タクシーの表示板が【賃走】から【支払】に変わる。

「各務さん。支払いはカード?電子決済?」

「現金で」

表示板が【回送】に変わる。

各務はタクシーを降りると真っ先に腰を伸ばす。

「大丈夫ですか?」

「少し固まった」

金兜も運転席から降りると、両手を組んで夜空に向かって思いっきり上げ背筋を伸ばす。

「1時間くらい同じ姿勢でしたからね」

金兜が笑いながら制帽を取り髪の毛をぐしゃぐしゃに崩す。

ネクタイを左右に引っ張って緩め、第一ボタンを外す。

「ノンアルならいいっすかね」

「何で急に素に戻るんだよ」

制帽を取った金兜は凛々しい顔立ちの青年だった。



鶏の唐揚げ=北海道ではザンギ


読んでいただきありがとうございます。

金兜のイメージ。とりあえず30代。(青年と呼べるギリギリの年齢)

独身。

星が好き。レトロな物が好き。

藤原は北海道出身ではないので唐揚げと呼んでます。(大阪)

王生家は人口約196万の都市でも自然豊かな郊外に居を構えているので、星空が見れます。

補足でした。


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