春の章 憂来無方 1
王生家のリビングルームでは会議ではなく団欒が続いていた。
その頃、M.C.H.では大事件が起きていた。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。
職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。
王生 大耶
愛(現在の剣の奥さん)の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。
実父は警視総監の直江菱耶。
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。
因みに男性として現れた時の名前は「宝」
倉橋 清隆
現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。
宝と同じ病院に小児科医として勤務している。
折り紙が得意。
各務 恵光
M.C.H.の館長。剣とは公私共に面識あり。
彼は現在に目覚めた恵光童子。剣に仕える立場の人物である。
三世は「えこう」と呼んでいる。
藤原 后恵
さくらと同じM.C.H.の学芸員。以前は奈良国立博物館に勤務。剣とは面識がある。
酒豪。倹約家っぽい。そして、もう一つの顔…。
茶トラ猫、ヱビスを飼っている。
(名前の由来はお酒から)
阿達 金兜
王生家御用達のタクシー運転手。
正体は現在に目覚めた 阿耨達童子。
星、金、キラキラしたもの好き。
在原 朝臣
旧姓は九条。現在は母方の姓を名乗っている。
悲運なのか不運なのか運命なのか、彼の血筋には代々運ばされている「恨」があった。
父は九条忠。元統合幕僚長。10年前に謎の死を遂げている。
母は在原高子。小笠原のとある島で療養中に行方不明になる。
大自在天に意識を支配されている。
さくらは剣からウィーヴプロジェクトの現場見学の誘いを受け胸が弾んでいた。
煌徳以外の三人が階段を下りてリビングルームにやって来る。
三世とさくらは最初にテーブルに着いた場所に座った。
剣は定位置の上座に座る。
空腹の三世がいち早く箸を手に取り、何かに気が付く。
「なんか料理 随分減ってないか?」
確かにテーブルの上の手毬寿司は明らかに半分以上が無くなっている。
その他の料理の減り方もこの短時間で食すには無理がある。
「炎のお孫さんが自宅に遊びに来ているとかで先に帰ったので、持たせてあげました」
「あの野郎、帰ったのか!」
「声を荒げなくても…」
大耶がやんわりと か細い声で諭す。
「きっとお腹が空いたのでご機嫌が悪いんだと思います。私もお腹 鳴っちゃって(笑)」
──さくらさんの優しさをしみじみと感じます。
大耶が感じ取る。
三世は食べたかった天ぷらを自分の取り皿へ運ぶ。
「何で天ぷらの紙敷いてないんだ?若干油でべたついてるぞ」
「あーすいません、ちょっと式神を…」
清隆がさくらが居るのを忘れて正直に口にしてしまう。
「あー!」
大耶が突然意味もなく声を上げる。
宝はテーブルの下で清隆の太ももを抓る。
「いっ…」
宝が清隆を目で威圧する。
「はい…気を付けます」
「大耶、天ぷらの敷紙を切らしてたんだよね」
「そ、そうなんです。今度100均で買ってこないと…」
さくらは怪しい三人の言動に首を傾げる。
「倉橋さん。顔引きつってますよ。大丈夫ですか?」
「ぜ、全然大丈夫ですよ」
宝さんの指が太ももに喰いこんで痛かったんです。
「ま、いいや。清隆、塩とって。こんぶ焼塩の方」
三世は気にも留めない様子で食事を続ける。
「はい。どうぞ」
塩の入った瓶を手に取り三世の前に置く。
「サンキュ」
──今、三世君 一瞬睨みませんでした?
無言を貫いていた剣も場の空気を読んでいたようだ。
普段通りの家族の会話で白を切る。
「大耶、ノンアルまだある?」
「冷蔵庫に冷えているので今持ってきます」
「すまんな。あれば白ワインのやつ」
煌徳が大きな足音を立てて階段を下りて来る。
「煌徳もノンアルでいいですか」
大耶がダイニングに向かう途中で声を掛ける。
「うん。手を洗ったらそっちに行くよ。カシスオレンジがいいな」
「わかりました」
煌徳がサニタリールームに急いで入って行く。
「一応手首まで…もう…」
延々と水を流し念入りに手を洗う。
M.C.H. (MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO)
開館時間 9:30~17:00
「お先に失礼しまーす」
藤原が仕事を終え事務室を出る。
鞄からスマホを取り出し時間を確認。
「7時か…久々に早く帰れる。列車の時刻検索、検索」
検索しながら廊下を歩いていると背後から視界に何かがひらりと入って来た。
「蝶?」
どこから?偶然迷い込んだ?
「考えている暇なんてない。大事件!」
トホホ…結局帰りが遅くなる…。
気が付くと蝶が翅を閉じ藤原の左肩にとまっていた。
「いつの間に?」
──いい香りがする。レモン?この蝶から?
藤原が右手で捕まえようとした時だった。
「藤原さんお疲れ様です」
その声は…。
恐る恐る振り返るとそこには手を後ろに組んで待ち構えていたように在原が立っていた。
目元の様子を隠していたサングラスは以前よりレンズの色が濃くなっていた。
「主査、お疲れ様です。こんな時間にどうしたんですか?ずっとお休みしたてんで皆心配していたんですよ」
在原が一歩前進すると藤原が一歩後退。それを繰り返す。
「そうですか。M.C.H.人たちは優しいんですね」
──目の前にいるのは主査じゃない。誰?
「スタッフは主査が留守の間も効率良く仕事を熟していましたよ。私は残業が多くてイライラしてましたけど」
本当の事だし。コンビニ弁当も飽きたし、録画リストだいぶ貯まっている。
「ですよね…。恨まれてもしかたありませんよね」
どうしよう。この先は行き止まりだわ。
それより香りが段々きつくなってきた…。目眩もする。早くこの不思議な蝶を捕まえないと…。
「そ、そんなことで主査のこと恨みませんよ」
「ありがとうございます。そうそう、忘れ物を取りに来ただけなんで」
在原が話を逸らす。
「なら、事務室に…」
しまった!行き止まり。
「あぁ…もう忘れ物は取ってきたんで今日は帰ります」
「!?」
在原が手に隠し持っていたのは本来 大自在天像の胎内に納めてあるはずの胎内仏だった。
「どうやってそれを?」
「秘密です」
藤原の背中が壁にピタリと付く。完全に行き止まり…。でも、まだ望みはある。
右を向き位置を確認する。
そこには藤原の手が届く先に警報ベルが設置されていた。
「私がここに来たことも秘密にできますか」
「さぁ…どうでしょう」
藤原が思いっきり警報ベルのボタンを叩く。
館内に鳴り響くけたたましいベルの警報音。
守衛室から警備員が駆け付ける前に在原は壁をすり抜け姿を消す。
「嘘…」
藤原が蝶を掴もうと右手を近づけると、蝶も すっと消えた。
「式神?」
駆け付けた警備員が藤原を見つける。
「大丈夫ですか?」
「展示室Bの鍵を持ってきて…早く!」
藤原が走って展示室Bの出入口前に辿り着く。
直ぐに警備員も鍵を持って合流する。
「大丈夫。開けて」
藤原は出入口に設置されているカメラに自分の顔を向け、声は出さずに唇だけを動かす。
分かりやすいように大げさに動かしたんだけど、館長 気が付いてくれるかな。
Bの扉がゆっくりと開く。
「ここで待機。いいわね!」
警備員に念を押す。
藤原が開ききってない扉の間から展示室内に入る。
目に入ったのは胸の真ん中に握りこぶし程の穴が開いた大自在天像だった。
「傾斜センサーが反応してない」
藤原は大自在天像を注意深く見ながら周囲を一周する。
仏像の周りのロープパーテーション(結界)はどこも外れていない。
藤原が像に近寄り足元を見る。
──こっちの結界が破られてる。
「主査が?」
さっき私の意識を朦朧とさせた蝶の式神…まさか陰陽術を使えたの?
「藤原さん!」
「館長」
各務も直ぐに展示室Bに駆け付けた。
「これは一体…」
各務も現実では説明できない目の前の光景に自分の目を疑った。
「心臓の位置にぽっかり…時空の裂け目か?」
王生家では会議のことなど忘れ大耶の料理を皆で堪能していた。
「三世さんどうかしましたか?」
さくら以外の面々の表情が急に険しくなる。
「さくら、明日は仕事?」
三世が平静を装い食事を続ける。
「うん。肉巻き美味い」
「遅番なので10時からです」
「なら泊まってけよ」
さくらは口に持っていこうとした天ぷらを膝の上に落とす。
「な、な、何を急に」
さくらが慌てて拾い自分の取り皿に戻す。
「それがいい。ゲストルームあるし」
剣も何故か勧める。
「あらぁ。服も汚れちゃったじゃない。私のパジャマ貸すから泊まっていきなさいよ。アメニティーも充実してるわよ」
気味が悪いくらい宝が優しい。
「洗濯しますよ。因みに明日の朝食は新鮮な卵を使っただし巻き玉子です。お弁当も作りますよ」
家族のように迎え入れる大耶。
「えっと…あの…」
どうしよう…。お断りできるような雰囲気じゃないんですけど…。
「清隆、今日はベランダから北斗七星が綺麗に見えるぞ」
剣がこの場から席を外すよう促す。
「北極星…不動の星ポラリス。見たいですねぇ」
「よし、ベランダにレッツゴー」
剣と清隆が一旦席を外す。
さくらは皆の接し方を疑問に思った。
「皆さん、急にどうしたんですか?」
「気にするな」
三世はさくらが落とした天ぷらに塩をつけて気にせず食べる。
「あっ。食べちゃいました?」
「うん」
煌徳がサニタリールームから戻って来た。
「あれ?烏丸さん来てたんだ」
「こんばんは。お邪魔してます」
──超苦手な弟さんだ…。
「こんばんは」
──ちょっとわざとらしかったかな?
「早く座れよ。料理無くなるぞ」
煌徳が三世の目の前で両手を見せる。
「アルコール除菌済です」
「は?俺なんか言った?」
勢いよくドサッと三世の隣りに座り、手づかみで手羽先を頬張る。
「ウマッ」
「中札内の地鶏です。唐揚げも美味しいですよ」
大耶のオススメ。ブランドチキン。
「三世、2個取って」
煌徳は一言添えて三世に取り皿を渡す。
「三世。今度はちゃんと守れよ」
「分かってるよ」
「あーそっちの大きいのがいいな」
「はいはい」
かったるそうに唐揚げを取る。
「三世さん…私もひとつ取って欲しいな」
「OK。レモンいる?」
「はい」
「何!?この差」
M.C.H.北側 職員通用口
藤原がICカードをタイムレコーダーにかざす。
「9時55分。もう少しで10時か…。結局いつもと変わらない…」
主査の事は言っても信じてもらえないよね…。
──秘密か…。
今日は夜の一人歩き怖いな。4番出口まで徒歩5分。その後階段を下りて、静まり返ったホームに向かう…。
しかも雨が降って来た。
「ヤダ、段々雨足が強くなってきたんじゃない?」
朝の天気予報では一日いっぱい晴れだったから傘なんて持って来てないわよ。
徒歩5分の距離でタクシー呼ぶのも忍びないよね。
「はぁ…」
「藤原さん。大丈夫?」
例の処理を済ませて帰るところだった各務が声をかける。
「え?あぁ…大丈夫です」
全然大丈夫じゃないです。かなり参ってます。館長、あの溜息で察してください。
「大自在天像の件は私に一任してください」
「でも…」
「大丈夫です。王生さんにコネがありますから」
何が大丈夫なの?コネ?そういう問題?
「……わかりました」
でも、王生さんなら出来るはず。コネが無くてもそれは彼の務めだと思う。一応 仏像学芸員の権威だし。
「じゃあ、そう言う事で」
「だけど訳が分かりません。館長はあの現象を説明できますか?」
各務はその質問には答えなかった。
「藤原さんって家近いの?」
「少し遠いですかね。地下鉄とJRです」
「じゃあ一緒に乗ってく?」
各務の指さした先には金兜のタクシーが駐まっていた。
「でも…」
「顔に書いてありますよ。「疲れました。お願いします」って」
溜息で察してくれた?
「本当に書いてます?」
藤原が自分の頬を両手で軽く叩く。
「それに服が汚れてますしね」
各務が左肩の辺りを指さす。
服には白粉のような細かい粉末状ものが付着していた。
「勘違いしないでください。フケじゃないですからね」
藤原が右手で払う。
「ははは。雨も止みそうにありませんね」
各務が夜空を見上げる。
「すいません。お言葉に甘えていいですか?」
「勿論」
二人は濡れながらタクシーに向かって走る。
タクシーの後部ドアが見計らったようにタイミングよく開く。
「藤原さん、早く乗って乗って」
二人が後部座席に乗る。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ。まず彼女を自宅まで送ってもらおうかな」
──お疲れ様です?慣れ親しんだ感じ。いつも利用しているのかな?
「T区のI公園駅まで。目の前にあるマンションです」
「かしこまりました。シートベルトをお願いします」
二人がシートベルトを装置したのを金兜がルームミラーで確認。
タクシーがM.C.H.を出発する。
「各務さん、10時過ぎたんで2割増しになります」
「もうそんな時間か」
──やっぱり10時過ぎちゃったか…。あっ夕飯。何かコンビニ寄ってもらうの悪いな…。カップ麵くらいなら家にあるか。
メーターが1回上がる。出発してから1322メートルを超えた。
──あれ?もう雨が上がってる。局地的だったのかしら。
「今日は北斗七星が綺麗に見えますよ。北極星もくっきり、バッチリです」
「え?」
藤原が車窓からじっと夜空を見上げる。
「古代の人間もこの北極星を見ていたんでしょうか…」
「5000年前の人間は、現在とは違う りゅう座α星、「ツバン」を北極星として見ていたと思います」
金兜が答える。
「へぇ…古代エジプト王朝が成立した頃ですね」
「さすが学芸員さん。歴史に詳しいですね」
「乗務員さんも星に詳しいんですね……」
そのまま藤原は眠りに落ちる。
北海道あるある。オホーツクの塩。
こんぶ焼塩はオホーツク海の海水と日高昆布で作られた塩です。
読んでいただきありがとうございます。
エピソードのタイトルを変えました。
気がついたらずっとそのままだったんで…。
憂来無方と読みます。
エジプト文明 好きです。クレタ文明も好きです。
小さい頃博士ちゃんがあれば…(笑)




