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春の章 多生之縁 15

 三世は炎から肝心な話を聞く機会を失う。

剣は気になるさくらのことを知るため煌徳に宿命通を使って探ってもらう。

すると143年前の事実が少しずつ明らかになってくる。


登場人物紹介


王生いくるみ 三世さんぜ

降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。

実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。

10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。

職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。



烏丸からすま さくら

MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。

偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。



佐伯さえき 千世せんぜ

降三世明王が143年前に体を借りていた人物。

優れた能力を持つ陰陽師。

今もなお降三世明王の意識に影響を与えているようだ。



王生いくるみ けん  

王生家の中心人物。現在に目覚めた不動明王。普段は天然で抜けているふりをしているが、先見の明を持っており何事も卒なくこなす正に聖人君子。

職業は仏像学芸員。



王生いくるみ たから

剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。

名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。

因みに男性として現れた時の名前は「たかし






王生 大耶だいや

愛(現在の剣の奥さん)の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。

実父は警視総監の直江菱耶。



御手洗みたらい ほのお 

現在に目覚めた烏枢沙摩明王。143年前に現れた時も同じ消防の仕事に就いていた。見た目はガタイもよく少し怖いが家庭では家事をこなす良き夫。

妻は天野病院の売店に勤務している明子。



倉橋 清隆きよたか

現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。

宝と同じ病院に小児科医として勤務している。

折り紙が得意。



クリスさん

王生家で飼っている白毛のアイヌ犬。三世のお目付け役でもある。

ベアドッグ、セラピードッグ、レスキュードッグ、医療アラート犬。

正体は俱利伽羅竜王。

143年前は剣の愛馬として登場。


「三世さーん。王生さんのお部屋はどこですか?」

二階に上がりきったさくらが踊り場から三世を呼ぶ。

「炎、あとで話を聞かせろよ」

背筋も凍るような怖い声を言い残して階段に向かう。

「今行くから、そこで待ってろ」

「わかりました」

上から見た圧巻の30畳のリビングルームに見たこともない大きさの掃き出し窓。庶民感覚のさくらは思う。

──私のマンションの何十倍あるんだろう…。計算すらできない。

三世が階段の一段目に足をかけ、そのままの姿勢を数秒間維持する。

階段下でクリスさんはまだおやすみ中。

「寝すぎだろ」

まだ機嫌が悪そうだ。

クリスさんが右目をチラッと開けて三世の様子を窺う。

三世は見て見ぬふりをして二階に上がっていく。


宝は三世の姿を横目で追っていた。

階段を上り切り、さくらと一緒に 廊下を曲がって姿が見えなくなったところで口を開く。

「炎、実は…桜さんのその後の運命を三世には話してないのよ」

「身ごもっていたことも知らないということですか?」

「現在に降三世明王が現れて10年。話す機会はあったかもしれないけど、降三世明王も143年前に何があったか語らないから、あの事件に触れることはタブーなのかなって」

「実は私も剣さんから143年前の話を聞いたのはつい最近のことです。降三世明王が何も言わず姿を消したのは、やはり何か理由があったのかと…」

「九条道隆を殺めた…。それは罪だからですか?だから誰も降三世明王の後を追わなかった」

炎が誰も口にしなかったことを忌憚なく話す。

「……」

宝と大耶の顔が急に曇る。

清隆の箸が止まった。

「実は…上空から式神を使ってずっと千世を見張るよう剣さんに言われてたんです。でも、僕にはあの時 九条が自ら火をつけたようにも見えました」

「清隆!何でそう言う大事なこと教えてくんないのよ!」

宝が清隆の襟をつかみ体を揺さぶる。

「だってだってだって」

「だってもさってもない!」

「初期の火災は白煙混じりのようでした。あれは火焔炎(降三世明王の煩悩を焼き尽くす炎)じゃありませんよ。火薬の炎ですよ。現場にはかすもあったんでしょう?」

炎のスマホが鳴る。

「すいません。明子からです」

大耶が静かにするよう人差し指を口の前に当てる。

「もしもし」

宝と清隆は無言で顔の表情だけで争っていた。

大耶は口に当てた手を眉間に当てる。

「すいません。息子が孫を連れて家に来ているそうです」

「早く帰ってあげなよ。明子さんひとりじゃ大変よ」

確かまだ首もすわってないって明子さんが言ってた。

「ありがとうございます。大耶、手毬寿司を包んでもらっていいですか?」

「いいですよ。おかずも何品か詰めますね」

「ありがとうございます」

大耶にはひとつ疑問があった。

「で、炎は今日何しに来たんですか?」

「あんみつを届けに…というのは冗談で、さくらさんを覚えにきました。顔、息差し、気配、心音、香…離れていてもきざしを感じたら駆け付けるように剣さんから言われまして」

「さすが父さん」

「あと清隆に一つ聞きたいことがあって。陰陽術…邪術と言った方がいいのでしょうか。蝶の鱗粉で女性を傀儡のように動かす術ってありますか?」

「上級のリアルな式神なら可能ですね。こんな感じですかね」

アスパラの天ぷらが盛られている敷紙を引き抜きあっという間に清隆が蝶の式神を作る。

「最近はあまり見かけなくなりましたが、オオムラサキです」

「やめてください。料理に鱗粉が付きます」

大耶が嫌な顔をする。

「紙に油が付いてるから多分落ちませんよ」

「表はツルツルしているんです」

「綺麗…」

宝が目の前のオオムラサキに見惚れる。


やはり、あの病院の看護師の事故もそういうことだったのか。

「さくらさんから僅かですがその邪術に操られた念を感じました。恐らく一度触れたことがあるのでしょう」

炎はさくらを一瞬見ただけで感じ取っていた。

「三世が聞いてたらブチぎれそうね」

「ですね」

大耶も同意見。

「うんうん。っていうか御手洗さん。孫いたんですか?えっ?おじいちゃん?」

相槌を打っていた清隆が話に戻る。

「先月100日を迎えました」

「若いおじいちゃんですね…」

僕36でまだ未婚なんですけど…。


二階に上がってから微かだけど廊下に芳香剤?お香?ウッディ系の香りがする。ヒノキとは全く違うほんのりと甘い香り…。

でも、この香り…以前どこかで…。

「そういえば弟さんの車ありましたけどリビングにはいませんでしたね」

「試験勉強中だと思う」

「何の試験ですか?」

「獣医師国家試験。俺の跡を継ぎたいんだって」

「良かったですね」

跡継ぎ…?何が「良かったですね」よ。だって三世さんって28歳だったよね。

──何か理由があるのかな?

そういえば病院に連れていってもらった時、すごく案内がスムーズだった。

あそこに通院しているのかな。

私に言えない病気抱えてるとか…。

なんだかわからないけど、ちょっと不安になって来た。

「どうかした?」

「え?あー何ともないです」

今の私の複雑な胸中、読まれたくないから笑顔でごまかそう。

「剣さん入るぞ」

三世はノックもせずにドアノブに手を掛ける。

「どうぞ」

三世はドアを開け、先にさくらを部屋に通す。

「王生さん。こんばんは。おじゃましてます」

「さくらさん。お久しぶりですね」

剣はコーヒーを飲みながらパソコンに向かって仕事中だった。

「お仕事中失礼します」

「気にしないでください。ちょっと調べものをしていただけですから」

さくらの後方に控えていた三世が目を閉じ呼吸を整え千世の意識を持ってくる。

「各務から聞いたよ。ウィーヴプロジェクトの紹介映像を見たそうだね」

も、もしかして、もしかしたら…。期待していいのかな?

「はい。とても興味深い…内容……」

──あれ?私、声が…急に…出なくなってきた。

さくらの意識が徐々に遠のいていく。

──誰?後ろから声が聞こえる。三世さんが私に話かけてるの?でも聞きなれない言葉ばかり…。何を言ってるかわからない…。

さくらはそのまま気を失う。

「さくら…少しだけ。ごめん」

気を失い倒れ込む さくらを抱えたのは室内に隠れていた煌徳だった。

──なんかノスタルジーを感じる。

「ちゃんと後で手を洗ってくださいね」

「あのね…」

威圧的な三世とは違うこの柔和な喋り方。

またもやノスタルジーを感じる…。

煌徳が振り返るとそこに立っていたのは翡翠色の瞳の青年。

千世だった。

「お久しぶりですね。煌徳()()。大威徳明王と呼んでも構わないのでしょうか」

無意識に両手で髪をかき上げる魅力的な仕草。

「いつも通り"煌徳"で。何?その何気に髪かき上げる仕草。現在の三世は短髪だし」

──ご丁寧に瞳の色だけじゃなく右手に五芒星がある。千世の意識が自由に出入りできるの?

「そうでした。相変わらず細かいところまで観察しますね」

とぼけちゃって。完全に千世じゃん。しかも顔は三世で虹彩の色だけ千世。その顔で"さん"付けされるのは かなり抵抗あるんですけど…。

()()()に頼むのは正直嫌ですが、宿命通を使えるのは()()()()()しかいませんので」

「嫌ならいいんですよ。父さんに頼まれたから渋々見るのであって。細かいようですが“あなた”でも"大威徳明王"でもなくて“煌徳”で」

「失礼しました。煌徳()()には正直いい印象がないんですよ。いつもコソコソ私を見てましたからね」

「はぁ!?温和な顔して言ってることは超、超、超、嫌味に聞こえるんですけど」

だから"さん"付けも止めてくんないかな。

「不快ですね」

千世がさらりと受け流す。

二人のやり取りを見かねた剣が間に入る。

「はい。二人ともそこまで。さくらさんの目が覚めるだろう」

お互い仲の悪い兄弟のようにそっぽを向き、とりあえずこの場は収まる。

「千世、気を失っていられるのはどれくらいだ?」

「意識の状態を考えると3分」

「短っ。もう1分は経っちゃったよ」

「煌徳、早くしろ」

「わかってるよ。さくらさんの手に触れるからね。千世、怒るなよ」

「……」

「小指と薬指だけだから」

「……」

千世の奴、何も言わない…。絶対怒ってるよ…やりづらいなぁ。

「煌徳、急げ」

「わかってるよ。父さん」

集中、集中、集中!

煌徳がさくらの小指と薬指に触れる。

──見えてきた。

小さな仏壇がある。さくらさんの家の仏間かな?

この目線。多分子供の頃だ。

あー勝手に仏壇の引き出し開けてる。何か見つけたみたいだ。

絵?古そう。色褪せていてはっきりとわからないな…。

うーん…木造造りの建物…昔の神社?境内に桜が咲いてる。

あれ?この風景画どこかで実際に見たような…。

今度は部屋の壁にある家系図をじっと見てる。烏丸家のかな?

さくらさんのお父さん、祖父、曾祖父…烏丸家は代々男子に恵まれていたんだ。

でも、一か所だけ名前が記されていない。どうして?

配偶者の名前は……。

えっ!?

──時代が急に変わった。

走馬灯のように次々と出来事が映し出される。

大部屋に硬そうなベットがいっぱい。そして白い掛布団。

ここは病院?しかも相当昔。

肖像画が掛かってる。誰だっけ?ちゃんと日本史勉強しておけばよかった…。

あっ!見過ごす所だった。ちゃんと下に名前書いてあるじゃん。

『板垣退助』

ってことは明治時代?

でも、あの長い髭が無い。ま、いっか。

あれ?白衣を着たたかしが病室にいる。どうして?

窓辺には活けられた一本の桜の枝。ここは143年前に桜さんが入院していた病院?

明治13年の大晦日、僕はたかしに呼ばれて病院にいた。そうだった…除夜の鐘が鳴り響いていた。

年が明けた明治14年。108回目が撞かれた時、産声を聞いたんだ。

また時代が変わった。

桜さんが小さな子供の手を引いてる。きっとあの時の…。

マストが三本…船。ここは港か?

船体に『MEIJI MARU』と文字が書かれている。

凄い人だな。全員見送りの人たちか…。

旗を持ってる人がいる。

『行ってらっしゃい 北海道』

行先は北海道?ここ?


さくらの瞼が微かに開き始める。

「千世!いや三世!どっちでもいいから、交代!交代!」

煌徳は窓際で腕を組み正面から睨むように様子を見ていた千世を何度も手先を動かし手招きする。

千世が組んでいた腕をほどきゆっくりと歩み寄る。

「もっと早く歩けよ!」

「煌徳さん。ちゃんと手を洗ってくださいね」

「しつこいなぁ。わかってるよ」

千世がさくらの背中に手を回し煌徳と入れ替わる。

──この手の温もりは三世さん?

間もなくしてさくらが三世の腕の中で目を覚ます。

「さくら。大丈夫か?ウトウトしたと思ったら、ふらっと倒れたぞ。きっと仕事で疲れてたんだよ」

「え?」

そうだったんだ…。全く記憶が無いんですけど。

「大耶の料理いっぱい食べて行けよ。何なら少し持って帰れば?冷蔵庫の中にペットボトルとヨーグルトしか入ってなさそうだし」

「失礼ですね。でも当たってます…」

いつも元気づけてくれる三世さんなりの言い回し。だけど何でわかったの?

「ふぅ…やっぱりな」

三世さんの腕の中にいる…でもさっきとはちょっと違う感触がする。さっきはもう少し腕が細く感じたんだけど…。

「さくらさん、今度私と一緒にプロジェクトの現場を見に行きませんか?」

剣がさくらに直接話しかかった大事なことだ。

「いいんですか?」

「勿論。仏教絵画の修復をしてる修復士さんにお話しも聞けると思います」

「本当ですか?なんか夢みたいです」

「丁度 平安時代に絵仏師が描いた国宝の青不動明王像が修復作業に入っているところです」

この機会にちゃんと平安時代の勉強をしないと…。また三世さんに痛いところ突かれてしまう。

「我が恋はゆくへも知らずはてもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ」

「三世さん?」

「今が一番。最高に幸せだ…」

三世は頬がほんのりと色づいた顔をさくらに見られないようきつく抱きしめる。

「はははは。さくらさん。お勉強が足りませんよ。古今和歌集に収められている凡河内躬恒おおしこうちみつねの和歌です」

「すいません。勉強します」

気になる。後で現代語訳調べてみよう。

「あっ」

さくらのお腹が鳴った。

「さくらさん。気にしないでください。意識的に止められるものじゃありませんから」

「空腹期収縮。俺も腹減った。天ぷら食いたいな。確か大耶が道の駅で買って来たアスパラを揚げていたはず」

最悪のタイミングで机の下に隠れている煌徳のお腹が鳴る。

──マジ?何で僕まで…。

慌てた様子で剣が話し出す。

「わ、私もお腹が空きました。さ、みんなで旬のアスパラを食べに行きますか」

剣が二人の背中を押してそそくさと部屋を出る。

ドアが完全に閉まりきる直前。剣が10センチ程の隙間から煌徳に向けて一回頷き合図する。

音がしてドアが閉まると、机の下から煌徳が這って出てきた。

「マジ焦った…」

またお腹が鳴る。

「何でだよ…宿命通はカロリー消費半端ないのかな」

──それにしても千世。相変わらず侮れない人物だ。

「三世の方が楽だな。気を遣わなくて済むし」




板垣退助が髭を生やし始めたのは明治16年らしいです。

板垣退助が印刷されている100円札が家にあります。どうしたらいいのか…。


読んでいただきありがとうございます。

北海道あるある。久しぶりの国蝶オオムラサキ。

栗山町のオオムラサキ館で飼育展示しています。栗山町にしかいない種もいるそうです。

子どもが小さい時に近くの動物園とセットで見に行った記憶があります。

そしてアイスを食べて帰って来ました。

今回のエピソードは序章とも絡んでいます。書いたのだいぶ前ですが…。


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