春の章 多生之縁 14
さくらが王生家を訪れる。
一応兄の大耶、自称宝の幼馴染の倉橋、古くから剣と親交のある御手洗を紹介される。
御手洗はどうやら さくらを監視しているようで…。
登場人物紹介
王生 三世
降三世明王が現在で体を借りている人物。意識だけは降三世明王が支配している。
実は143年前、平安時代にも下界に姿を現している。
10年前、とある島で三世の意識を支配してからは王生家で生活している。
職業は獣医師。車で診察を行う移動動物病院を経営している。
烏丸 さくら
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART HOKKAIDO(通称M.C.H.)の学芸員。気分転換に訪れた山中で怪我をして三世に救われる。
偶然のいたずらなのか三世と会う機会が増え、その度に心惹かれていく。
御手洗 炎
現在に目覚めた烏枢沙摩明王。143年前に現れた時も同じ消防の仕事に就いていた。見た目はガタイもよく少し怖いが家庭では家事をこなす良き夫。
妻は天野病院の売店に勤務している明子。
倉橋 清隆
現在に目覚めた制多迦童子。陰陽師、安倍晴明の血筋。それ故に式神を操れる。
宝と同じ病院に小児科医として勤務している。
折り紙が得意。
王生 大耶
愛の連れ子。現在に目覚めた金剛夜叉明王。職業は刑事。職業柄常に沈着冷静。無表情。趣味は料理。
実父は警視総監の直江菱耶。
王生 宝
剣と前妻の子供。現在に目覚めた軍荼利明王。143年前は男性として現れるが、現在は女性として現れる。職場は脳神経外科医(脳神経内科兼務)。
名医で海外に派遣されることも多い。性格はかなり奔放。三世とは馬が合わない。
王生 愛
剣の今の奥さん。現在に目覚めた愛染明王。剣との間に煌徳を産んでいる。職業は舞台女優。仕事の関係で北海道にはいないが、クリスマスと年末年始は必ず家族と過ごしている。
三世は気を利かせて 玄関前でさくらを車から降ろそうと思っていた。
しかし、玄関前の特等席には既に煌徳の車が横付けしてあった。
「煌徳 もう少し端に駐めろよ。いっぱい空いてる場所あるだろうに」
三世が広い敷地内を見回す。
──あの二人何しに来たんだ?
自宅に隣接している道場の前には清隆と炎の車が駐まっていた。
三世は煌徳の車の後ろにピタリと駐めて車を降り、助手席のドアを開ける。
「お疲れ」
「ありがとうございます」
さくらは両脚を揃えて車から降り葉桜になってしまった玄関先の一本桜を見上げる。
──今日は何ともない。
満開の桜を見た時、桜の花びらが火の粉へと変わる瞬間が脳裏に映ったのは 一体何だったんだろう…。
「足元よく見ろよ。玄関まで芝桜が植わってるから気を付けて」
「えっ?」
慌てて一歩後退りし、足元を見る。
そこには桜の木の根元から玄関に向かって敷き詰めたように芝桜が咲いていた。
「綺麗…芝桜のカーペット」
さくらは屈んで一株一株 品種の違う芝桜をじっくり観察する。
ピンク、白、白い花びらの中にピンクのストライプ。これはちょっと紫っぽいかな?よく見ると花びらの形も違うんだ。
「三世さん。芝桜って英語で何て呼ぶか知ってます?」
「芝は英語でgrass、桜が英語でcherry blossom。単純に二つ合わせるのか?」
「全然違います。moss phloxって呼びます」
「なんか強そうだな」
「じゃあ花言葉知ってます?」
「俺が知ってるわけないだろ」
「希望……」
気のせいか…。自分にはさくらの表情が切なく、遠くを見つめ過ぎし日の思い出を懐古しているように見えた。
「行くぞ」
──今のは桜?いや、俺の単なる憶測に過ぎない。
「は、はい」
さくらは ついさっき見せた表情とは対象的に急にあたふたし始める。
仕事帰りだし化粧くずれしてないかな?眉毛大丈夫?マスカラ滲んでない?
──どうしよう。急に緊張してきたぁ。お兄さんってどんな人なんだろう。三世さんの説明じゃ想像つかないな。細マッチョで料理上手…。職業刑事。
「何緊張してるんだよ」
「え?そう見えます?」
うん。いつものさくらだ。やっぱり気のせいか…。
──今、心の中読まなくてもいいから!
さくらが頬を膨らませて三世をキッと見る。
「え?俺、何か気に障る事言った?」
「いいえ」
「あ、兄もさくらに会ってみたかったらしい。あとはおまけ」
「おまけ?」
さくらがクスッと笑いながら聞き返す。
「どうでもいいと思え」
三世さんなりに笑わせて緊張解いてくれたのかな?
家に入る前に深呼吸して落ち着こう。
鼻から吸って口から出す。鼻から吸って口から出す。あともう一回。
三世が玄関ドアの近くに立つとインターホンの赤いランプが点滅し緑に変わる。
顔認証でドアが解錠する。
「凄い。何かスパイ映画みたい…」
さくらは見たこともないシステムに驚く。
「宝と愛さんのこだわりらしい」
「宝と愛さん?」
「宝があのとっつきにくい姉で、愛さんが剣さんの現在の奥さん」
後で家族構成整理しよう。ややこしくなってきた。
「おじゃまします」
入って早々広い玄関に驚く。
「凄い…」
中庭がある。しかも磨き上げた白い丸石が敷かれてる。こっちはシューズクロークかな?
「贅沢にも大理石だそうだ」
「天然?」
「多分。俺は全く興味ないけど」
さくらは家の中を見回しながら三世の後ろを二三歩遅れて付いていく。
「ただいま…って聞こえてないか…」
既にリビングは会議どころではなく宴会場だった。
大耶が作った豪勢な料理、そしてアルコール度数5%のビールとノンアルの35缶。
誰一人 三世とさくらに気がついていない。
「おい!!」
三世が声を張り上げる。
「あっ三世おかえり」
宝が淡々と挨拶をする。
「気が付けよ」
不機嫌なのがありありと感じ取れる口調。
「ごめん。なんか盛り上がっちゃって。さくらさん、こっちこっち。隣に来て。ビール飲める?」
宝の前には既に空になった35缶が3本。
「いえ、私は全然飲めなくて…。すみません」
「残念。春限定なのに」
お姉さんの初対面のインパンクトが強すぎて隣に座ったのいいけど、どう接するべきか…。しかもお酒入ってるみたいだし。大丈夫かな…すみませんって丁寧語だよね?
「ってか、飲めるの宝だけだろ。そこの二人は車で来てるし大耶は下戸だし」
三世がスッとさくらの隣りに座る。
テーブルを囲み奥から三人の男性、宝、さくら、三世の順で席に落ち着いた。
──初対面の人が三人いる。誰がお兄さんかな?
一番手前(清隆)の男性は体が細いし筋肉質じゃなさそうね。
真ん中の人(炎)はかなりガタイがいいけど、三世さんとは少し年が離れていそう。
中太だけどマッチョなのは左側(大耶)。めくった袖から見える血管の浮き出た逞しい腕。この人かな?
さくらが黙って三人を考察していると大耶の方から話しかけてきた。
「どうぞ。ウェルカムドリンクです」
繊細な切子グラスに注がれたドリンクがさくらに出される。
「ありがとうございます」
「湯剥きしたミニトマトが入っている柚子茶です」
やっぱり一番左側のこの人がお兄さんか。
「初めまして。兄の 大耶です」
「烏丸さくらと言います。三世さんとはちょっとしたご縁で それからその…何となく現在に至ってます」
お付き合いしていますとは言えないよね?一緒にお食事はしたけど、告白されてないし。
さくらが柚子茶を一口飲む。
「さくらさん。どうですか?お口に合いますか?」
「とても美味しいです」
「それは良かった。トマトも召し上がってください。甘いですよ」
「はい」
さくらはトマトを上品に箸で頂く。
お兄さん刑事さんって言ってたけどお堅い人物ではなさそう。
「切子グラスも素敵ですね」
「菊繋ぎ紋といいます。菊は邪気を払う花だそうです」
「そ、そうなんですか」
前言撤回。冗談とか言わなさそうなタイプかも…。
「大耶。一言余計だ」
「失礼」
次に一番手前に座っていた清隆が挨拶をする。
「倉橋です。宝さんとは幼馴染で同じ病院に勤めています」
なんとなくやんわりとした雰囲気の人だな。だけど"幼馴染"やけに強調してなかった?
「烏丸さくらです。倉橋さんがご担当している診療科は何ですか?」
「自分は小児科を担当しています」
なるほど。子供たちにも好かれそうな感じ。
「私は脳神経外科と脳神経内科です!」
横から宝がしゃしゃり出てくる。
お姉さんって如何にもドラマに出てきそうな女医さんって感じ。
最後に炎が挨拶をする。
「王生さんとは古くからの友人の御手洗です」
古くから?やっぱり世代的に王生さんと同じくらいの年齢か。でもお若く見える。
「烏丸さくらと言います」
炎はどこか聞き覚えがある名前に一瞬右頬が引きつる。
──烏丸…桜…?
ひょっとして彼女は烏丸家に縁がある人物なのか?
名前も桜…。
突如飛来した渡り鳥の鶴のようだ…。烏丸家…家紋…確か鶴丸。
三世、いや降三世明王が彼女と一緒にいるという事は何か理由がある。偶然とも思えない。
丹頂鶴のつがいは一年中一緒に行動をすると聞いた。
まさか…既に成立しているのか!?
微動だにしない不自然なリアクション。
「あの…大丈夫ですか?」
「大丈夫です。頻脈には及びません。安静時の心拍数です」
この人もお医者さん?
「がっしりしてイケオジでしょ。炎はレスキュー隊の隊長さんなんだよ」
宝が補足する。
「大変なご職業ですね」
医者、刑事、レスキュー隊。ここにいるメンバーってすごい。
「この前の列車事故は大変でした」
「え?」
「おい、その話はするな」
聞き耳を立てていた三世が止める。
リビングの空気が一変する。
あの二人、剣さんが呼んだのか?何を言い出すかハラハラする。
「あっ…」
絶妙なタイミングでさくらのお腹が鳴る
全員の視線がさくらに集中する。
「さくらさん。召し上がってください。春らしい手毬寿司です。Y町から直送のサクラマスをマリネにして丸く握ってみました」
大耶が勧める。
「サクラマスですか?」
「友人が釣り上げました」
「早速いただきます」
空腹に耐えられず一口でいただく。
「お酢と相性がいいですね。すごくおいしいです」
「友人に伝えておきます」
──汰門に伝えておかねば。次はヒラメを頼まないと。剣さんは五枚おろしにして昆布締め。エンガワも綺麗にそぎ落として宝の酒の肴に。
「サクラマスの名前の由来は、婚姻色が桜色であるからだと言われてます」
炎が意味深なことを言いだす。
「そ、そうなんですか。知りませんでした」
「……」
三世は一先ず静観。
「三世さんとはどこで出会ったんですか?」
「直ぐそこの山の中です」
「お一人で登山を?今はヒグマが出没して危険ですよ」
その『熊出没中!熊追い払いのため立ち入り禁止』の看板を見逃して入山してしまったんです。とは言いづらい…。
三世はこみ上げてくる笑いを堪えていた。
「トレッキングの途中、私の不注意で怪我をしてしまって、歩けなくなっていたところを彼に助けてもらったんです」
山の中…143年前の彼女も山中の神社に怪我をしているにも関わらず身重で駆け付けた…。
「ケガをしたのは右足ですか?」
「はいそうですけど。よくわかりましたね」
そういえばレスキュー隊だっけ?まだ庇っているような歩き方したてのかな?
「まぁ職業柄ですかね」
聞けば聞くほど酷似している部分がある。見る限り桜さんと顔や雰囲気は似ていなさそうだが…。
外に感じ取れるものは…。
「御手洗さん、三世君の目が赤い…じゃない結膜下出血してます」
清隆が耳元でそっと伝える。
「目をこすったんですか?」
「空気読んでください。滅茶苦茶怒ってるんです」
清隆は会話をごまかすように透き通った白いネタの手毬寿司を手に取り頬張る。
「この細くて白いのは、ヤリイカですか?コリコリしておいひいです。御手洗さんも食べましょうよ」
「何で怒ってるんですか?」
「執拗に聞きすぎです」
「何をですか?」
「上にのった薬味は刻みショウガと大葉ですね。流石、大耶さん」
「?」
理解に苦しむ鈍感な炎。
宝がそっと手を伸ばし三世のお尻を抓る。
「痛っ」
宝は言葉に出さず瞬きしながら伝える。
──目、目!、目!!
わかった。わかった。だからキモイって。ウィンクすんな!
三世が心の中で叫ぶ。
再び宝が三世のお尻を抓る。
「いっ…」
三世は息を止めて我慢した。
「さ、さくら、剣さんが話したいことあるんだって」
「私にですか?」
もしかしてプロジェクトの件?そんなわけないか。
「そこの階段から先に上がってて」
「はい」
リビングの真ん中に階段…。劇場の舞台セットみたい。
思わず階段を見上げる。
階段下にはクリスさんがお気に入りのラグの上で寝ていた。
「クリスさん。こんばんは」
起こさないよう囁くように挨拶する。
──この状況で寝ていられるのって凄い神経してる。慣れ?
三世はさくらが階段を上り声が届かないところまで離れたのを確認し、勢い良く立ち上がり炎を見下ろす。
「炎、勘違いも甚だしいぞ。安産祈願は必要ない」
「聞こえてましたか?」
「まだ彼女には何も伝えてない」
さくらに自分の存在を信じてもらえるわけもない。
ある目的の為に現在で 人間の意識を支配している姿なき存在だと…。
それに…この俺でもわからない。千世の意識が表に出てくるのは一体どういうことなんだ?
「143年前と彼女が重なってしまって…。今度は悲しい想いを一生背負わせたくないんです。彼女の未来は希望で溢れて幸せであって欲しいんです」
──悲しい想いを一生背負わせたくない?幸せであって欲しい?
「炎、どういうことだ?」
烏枢沙摩明王は安産祈願の本尊として信仰されています。
読んでいただきありがとうございます。
王生家は大豪邸です。
愛さんがかなり稼いでます。職業は舞台女優です。
柚子茶。独身時代から毎日欠かさず飲んでいます。当時は一瓶500円。今は二倍…。




