4.母と師匠
錬金術師現役復帰宣言をした勢いをそのままに、オーレルは席を立つ。
「じゃあそろそろ時間だから外で待つとしよう。ジゼル、ドラン、たーちゃん、私が帰ってくるまで二人のことを頼んだよ」
「いってらっしゃ〜い」
城からの迎えが来る時刻が近づいているようだ。
ここでいいと言ってくれたオーレルを客間で見送る。彼が出ていってすぐ、孫二人は満足げな表情で顔を見合わせていた。まるでイタズラが成功したかのよう。
「母ちゃんの言う通りだったね」
「ああ、母ちゃん喜ぶぞ〜」
「どういうことだ?」
「じいちゃん、ギルドマスターを辞めた時に錬金術師としても引退しようとしてたみたいなんです。年だし、病気もあるから仕方ないって思ってたんだけど、宿屋の女将さんから手紙が来ると必ず部屋にこもって道具を磨いてて。まだやりたいんだろうなって思うのに、体調がよくなってからも全然やろうとしなくて」
「でもジゼルに会ったらまたきっとやりたくなるからって。じいちゃんのやる気の火を焚きつけてねって母ちゃんが」
「俺達は今日、そのために来たようなもので……。巻き込んじゃってすみません」
フェリックスは深々と頭を下げる。だがジゼルもドランもたーちゃんも巻き込まれたなんて思っていない。
オーレルは心にダメージを負ったとはいえ、彼ならすぐにビビアンから尊敬の眼差しを向けられることだろう。
そうなれば自然とジゼルも二番目の座から降格になるわけだが、オーレル相手なら喜んでその座を明け渡そうではないか。
気にしないで、と笑いながらソファを勧める。
ずっと立ちっぱなしだったため、疲れていると思ったのだ。フェリックスは短くお礼を告げ、席に着く。一方でビビアンは錬金釜を抱えたままだ。
「僕はジゼルの弟子になりにきたんだよ。じいちゃんのは母ちゃんに頼まれただけだもん」
「そのことなんだけど、ビビアン君にとってのお師匠さんはお母さんなんじゃないかな」
「母ちゃんは母ちゃんだよ。だって母ちゃんが僕の師匠になったら母ちゃんじゃなくなっちゃうでしょう?」
「そんなことないよ。師匠になってもお母さんはお母さんのままでいいんじゃないかな」
「母ちゃんは凄いけどやっぱり母ちゃんだし……。僕はジゼルの弟子になりたいんだ! ジゼルは僕を弟子にするのイヤ?」
眉を下げながら首を傾げるビビアンにジゼルの良心が痛む。
だがビビアンの母からそのポジションを奪うつもりは毛頭ない。彼がお母さんを心から尊敬していると分かるからなおのこと。
それにビビアンだってジゼルと一緒にいれば、すぐにジゼルが大した錬金術師でないことに気づくはず。
今はただ、錬金ランプの色の衝撃が強く脳裏に焼き付いているだけ。
ジゼルの実力に気づいた時、弟子にしてほしいなんて言わなければよかったと思ってほしくないのだ。
どう断ったものかと頭を悩ませる。
困ったジゼルはとりあえずビビアンがどのくらい錬金術を使えるのか確かめることにした。
「ビビアン君は今、どんな物が作れるのかな?」
「母ちゃんの店の棚一つ分くらいは作れるよ。えっとね、ポーションでしょ〜、瓶に石けん、錬金ランプと……」
指を折りながら次々に上げていく。想像以上に続くアイテム名に、ジゼルは目を丸くした。ビビアンはすでに初級錬金アイテムや日用品をほぼ網羅していたのである。
以前所属していた錬金ギルド『精霊の釜』にもビビアンと年が近い子はいたが、かなり稀な例だった。
そもそも錬金術を使うには魔力の細かい出力を覚えなければならない。
ビビアンほどの年齢ではまだ体内での魔力量が確定しておらず、大人よりも微調整が難しいとされる。
故に十歳までに錬金術を扱える者は膨大な魔力を持って生まれたか、魔力が極端に少ないかの二択だと言われている。『精霊の釜』に在籍していた錬金術師・リュカは前者だった。
ギルドに入ったばかりの頃は魔力を少しずつ出すことができず、高出力を保ち続けて魔力切れを起こすこともよくあった。悔しそうに唇を噛み締め、泣きそうになるリュカを介抱した日々が懐かしい。
思えば彼もジゼルを尊敬していると言ってくれた。
まぁ三ヶ月もしないうちに魔力操作に慣れて依頼が殺到するようになり、次第に会う機会はなくなったが。
もうジゼルのことなんて忘れてしまっているかもしれない。
きっとビビアンも同じだ。だがそれでいい。
ジゼルのことは忘れても基礎を忘れずに、もっともっと先に進んでくれればそれだけで嬉しいのだ。




