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コミカライズ記念SS ヴァネッサ婆の一声

一話よりも少し前のお話です

「腰が痛くない」

 ヴァネッサは寝室でポツリと呟く。

 いつもなら夢から覚めた途端、腰の痛みを感じるのだ。寝返りを打った際、痛くて起きることもしばしば。薬師ギルドのギルドマスターには定期的に湿布を注文しているものの、年だから仕方ないと半ば諦めていた。


 若い頃のように寝たら治るというものでもない。歳をとるにつれて徐々に衰えを感じ、回復も遅くなっていく。年長者ならほとんどが通る道だ。身体を支えるための杖だって手に馴染むようになってから久しい。


 昨日、宿屋の集まりで不思議な飴をもらった時だって大した期待はしていなかった。


『ヴァネッサ婆、これあげるよ。うちのジゼルがあたし達のために作ってくれた飴なんだけどさ、すごくよく効くんだ。食べていいのは一日一個だけ。寝る前や座り仕事が続く日なんかに食べるのがいいよ』


 自分が息子の嫁を可愛がるように、彼女もまた錬金術師の少女を可愛がっていることは知っていた。それこそ本当の娘のように。


 ジゼルという少女には会ったことはないが、それでも名前がスッと出るくらいには何度も自慢話を聞かされたものだ。


 だから『錬金飴』なるも一種のプラシーボ効果だろうと。自分達のために作ってくれたものだから効いているような気になっているのだろうと思い込んでいた。


 それでも親切で握らせてくれた飴を無碍にすることはできず、勧められるがままに受け取った。

 そして昨晩、寝る前に一つ口に入れてみた。少しだけスウッと痛みが引いたところまでは覚えている。


 そうだ、いつもなら眠るまでに時間がかかるのに、昨日はベッドサイドの本に手を伸ばすことさえなかった。そこから一度も目を覚まさず、今に至る。




「座り仕事が続く日にもいいんだったかね」


 今日はちょうど、ギルドマスター達の集まりがある。

 集まりといっても宿屋ギルドの集まりと似たようなもので、知り合い同士の情報交換が主だ。他業種でも情報交換は欠かせないのである。


 茶会のようなものだが、会場が少し離れているのだけが少し億劫だった。

 王都の道は舗装されているとはいえ、行き帰りの馬車移動は疲れるのだ。


 ひとまずベッドから出て、身支度を調える。

 そして書き物机の上に置いたままの錬金飴を一つ、包みから取り出して舐めた。


 睡眠同様、馬車移動も楽になってくれれば。

 そんな小さな願いを込めて。


 ――実際、効果は絶大だった。

 仕事の関係で参加者の一人が遅れても全く気にならないのだから。

 眉一つ寄せずにお茶を啜るヴァネッサに、周りのギルドマスター達は首を傾げる。


「ヴァネッサ婆、今日はやけにご機嫌じゃないか」

「腰は大丈夫なのかい?」

「ついに宿屋ギルドも後継者が決まったのか?」

「そっちはまだだけど、昨日はぐっすり眠れてね。今なら半日だって馬車に乗っていられそうだよ」

「そこまで言うなんて、いい腰痛緩和グッズでも見つけたのかい?」

「もったいぶってないで、あたしらにも教えておくれよ」


 彼らとは長い付き合いだ。

 皆、ギルドマスター歴が長いだけあって、そこそこの年である。痛さに差はあれど、腰痛を抱える同士でもあった。椅子ごとずいずいっと移動してくる。


「そう焦りなさんなって。実は昨日の会合で、宿の女将の一人から不思議な飴を分けてもらったんだ。それの効果が凄いのなんのって、夜は気づいたら朝までぐっすりだし、今も全く痛みは感じない」

「飴ねぇ。私の作る薬よりすごいってのかい?」


 真っ先に反応したのは薬師ギルドのギルドマスターである。声にも表情にも不機嫌な色はない。普段、ヴァネッサに湿布を調合してくれていることもあり、純粋に効果が気になるのだろう。


「腰痛への効果なら飴の方が数段上だ。ただ、あんたの薬と違っていろんな場所の痛みに効くってわけじゃない。こっちは腰の痛みにしか効果はないんだよ」


 だが欠点ではない。

 一点にしか効かずとも、研ぎ澄まされた効果は実感済みだ。


「なるほど、一点に特化させたってことかい。あんたが褒めるほどの薬師ならうちのギルドにスカウトしたいもんだ」

「薬師じゃなくて錬金術師だよ」

「名前は?」

「ジゼル。王都にある『オリーブの樹』って宿屋に下宿している子さ。そうだ、帰ったら手紙を送らないと。今は忙しいみたいだけど、この飴、売ってもらえないかねぇ」

「オリーブの樹のジゼル……」


 彼女がそう繰り返すと、周りのギルドマスターもふうんと頷いた。


 ヴァネッサにとって、これは息子の嫁自慢と似たようなもの。いわば世間話の一つでしかなかった。


 腰痛を抱えし者にとって、この話がどれほどの威力を持つのか。

 そして、仲間内の話とはいえ、宿屋ギルドのギルドマスターの発言力がどれほどなのか失念していたのだ。



 まさか自分が話の発信源となり、この場にいる彼女達から『ジゼルという少女が作る不思議な飴』の話題が広がっていくなんて。腰痛からの救済者・ジゼルに大量の手紙が寄せられることになろうとは。


 わずかな時間、腰痛から解放されて浮かれるヴァネッサは想像もしていなかったのである。


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