コミカライズ記念SS 宿屋のなんてことない日
「いらっしゃいませ」
おやつでお腹が膨れ、たーちゃんが眠くなり始める頃。
宿屋に常連の冒険者パーティーがやってきた。ジゼルが出迎えの挨拶をすると、うとうとしていたたーちゃんはハッとする。
「いらっしゃいませぇ〜」
「本日は何泊のご予定ですか?」
「二泊で頼むわ。夕食と朝食は三人とも二回ずつ頼む」
「きょうはジゼルとたーちゃんがおふろあらったんだよぉ」
寝てしまわないように我慢していたのは、このアピールをするため。
お風呂洗いは今日が初めてではないが、今日は念入りに掃除した。
掃除が終わった後のたーちゃんは額に汗を浮かべていた。ジゼルがたーちゃんの汗を拭っていると、「きれいなのうれしいねぇ~。うれしくなってくれるかなぁ~」とお風呂のお客さんが来るのを楽しみにしていた。
今も「お風呂入る」の言葉を期待して、キラキラとした目を向けている。
冒険者三人組はそんなたーちゃんに柔らかな笑みを浮かべる。
「そうなのか? じゃあ風呂も入らないとな。お前らどうする?」
「俺も入る」
「あたしも〜」
「やったぁ~」
「一旦部屋に荷物置いたら色々補充して、帰ってきたら入りたいから……。夜にどっか空いてるところあるか?」
「夜の早い時間だと……八番目と十番目、十一番目空いてます。あとは最後の二枠ですね」
お風呂の時間表を提示しながら、空いている時間を指す。
たーちゃんの宣伝効果は絶大で、今のところすべてのお客さんがお風呂の予約をしてくれた。利用後の簡単な掃除やお湯の入れ替えはジゼルも手伝うつもりである。
「そんじゃあ、前の三枠で」
「それにしても今日はすごい人気だな」
「さすがはたーちゃんね」
「それから錬金飴をまた買いたい」
「いつもありがとうございます」
お礼を告げ、ジゼルはカウンターの下で錬金飴用の帳簿を用意する。
いつもならたーちゃんの「ありがとぉございまぁす」が続くところだが、今日は違う。ずっと気になっていたことがあるのだ。
「おばあちゃんよろこんでた?」
彼らが前回宿を訪れたのはひと月ほど前。
リーダーの実家近くの依頼を受けたため、そちらで少しのんびりするのだと話していた。錬金飴をお土産にするのだと、いつもよりも多く買い込んでいったのである。その際、たーちゃんがとあるアドバイスをしたのだ。
「ああ、すっげぇ喜んでた。それにたーちゃんのアドバイス通り、瓶の中身を各種三個ずつに入れ替えて正解だったよ。翌朝起きたら庭の整備してたのはビビったけど、あんなに元気なばあちゃん見るのガキの時以来でさ、俺が帰った後は他の種類も試すんだって本当に楽しそうで」
「よかったぁ〜」
ガラスのキャンディボトルは本来、同じ種類の飴を十個購入した際におまけで付いてくるもの。商会ギルド『満月の湖』に納品した限定ボトルの中身だけは各種類三個ずつになっている。だがあれは通常販売分とは違う、いわば例外である。
店側として個別に対応することはできないが、買った後にお客さん本人がカスタムするのは自由だ。
幸いにも、彼は歪な形の錬金飴をサービスとして付けていた時から、宿泊の度に大量の錬金飴を買ってくれている。大量購入の提案にも顔色一つ変えなかった。
『さすがはたーちゃん!』
いつもバラで注文している分のうち、十個分だけ一瓶に置き換えて注文した。あとは部屋で中身を入れ替えるだけ。大量の飴をバッグに入れようとする彼に、たーちゃんは追加でアドバイスをした。
『りぼんもあるとかわいいよ?』
『リボンか。確かにばあちゃん、そういうの喜びそうだな……』
『ならあたしが選んだげるよ』
『じゃ頼むわ』
そして彼らを見送ったのだが、喜んでもらえてよかった。
たーちゃんも嬉しそうだ。えへへ~と頬を緩めている。
「まぁ母ちゃんと父ちゃんからは、なんでばあちゃんだけなのかって詰め寄られたけどな。だから今日は父ちゃんと母ちゃんに送る分も買いに来た。ってことで赤と青がバラで六個ずつと、緑のが二瓶とバラで三十六個頼む」
「俺は赤いのと青いのをバラで二十五ずつで」
「あたし緑五十!」
三人の注文を別々にメモに取る。
赤いストライプ柄の包み紙に入った『肩こりと風邪に効く錬金飴』と、青い水玉模様の包み紙に入った『腰痛に効く錬金飴』が三十一個ずつ。緑の葉っぱ柄の包み紙に入った『疲労回復効果のある錬金飴』が二瓶と八十六個。手元にまとめて用意してから、三人分の前にそれぞれ用意する。
二泊と風呂、四回分の食事を三人分。
錬金飴はバラで百四十八個、瓶が二つ。
合計するとかなりの額だ。トレイの上に重ねられた金貨と銀貨を数え、間違いがないように二回確認する。錬金飴も同様に、数えながら彼らの前に置いていく。
「たーちゃん、母ちゃんと父ちゃんの分もリボンはいると思うか?」
「うん! おてがみもいっしょ」
「最近帰ったばかりなのに手紙はいらんだろう」
「ジゼル、いっつもおてがみかいてるけど、みんなよろこんでるよぉ?」
「じゃあ錬金飴の注意点でも書いて送るか。嬢ちゃん、これ一枚もらっていいか?」
「どうぞ。持って行ってください」
ジゼルは案内カードの一枚を取り、彼に渡す。
同じような言葉でも、彼が書いた方が喜んでくれるはずだ。首元をポリポリと掻きながら、ボソッと「どうせなら便箋も気の利いたの探すかぁ」と呟いた。
そんなリーダーの様子を、他の二人はじいっと見つめる。
「……ねぇ、錬金飴、各種一瓶ずつ追加できる? 個数制限が引っかかるようなら、さっき頼んだ分から調整してもらいたいんだけど」
「各種一瓶ずつですね。大丈夫ですよ~」
「お前も誰かに送るのか?」
「先生にね。この瓶も子供達が喜びそうだから」
「んじゃあ俺も兄夫婦の分買うかな。赤いのと青いのを二瓶と、緑色を六個追加で」
追加で出された金額を確認し、錬金飴を用意する。
三人分とはいえ、先程の分と合わせるとかなりの数だ。通常、ここまでの大量購入となると日数をもらうところだが、大切な人の幸せを願う気持ちに水を差したくなかった。
今から一緒に付けるリボンと便箋選びに想いを馳せる彼らを見ていると、こちらまで幸せをおすそ分けしてもらえているような気になる。
「はい。確かにいただきました。いつもありがとうございます」
「ありがとぉございまぁす」
「こっちこそ、嬢ちゃんの飴にはいつも元気をもらってるよ」
彼らはじゃあと手を振って、客室に向かう。
三人の背中を見送りながら、また明日も頑張ろうと錬金飴の入った瓶を撫でるのだった。




