サミュエルの眠れる日々(後編)
「これで終わりだな」
考え事をしながらもテキパキと仕事をこなしていくサミュエル。だがどんなに早く処理したところで、昼食後には朝よりも大量の書類が溜まることだろう。
「今のうちに身体でも動かしておくか」
腕を天井に向けて伸ばして筋肉をほぐす。壁に立てかけた剣を持ち、向かうのは鍛錬場。サミュエルは剣術の腕もなかなかのものなのだ。騎士も一目を置いているほど。
もっとも本人に剣術を極めようという気はまるでない。ましてや身を守るために鍛えているつもりもない。運動不足解消と良質な睡眠のために行っているのである。
それを知ると新人ががっくりと肩を落とし、やる気を激減させてしまうため、騎士達の間では絶対に口に出してはいけぬ話題として広まっている。
「俺も混ぜてもらってもいいだろうか」
「サミュエル王子!」
何も知らない新人はサミュエルにキラキラとした目を向け、中堅以降は気を引き締める。ちなみに騎士歴が長い者は今さら緊張などはせず、むしろサミュエルがたまに顔を出すことで適度な緊張感を保てていいと喜んでいる。
だが最近頻繁にサミュエルが鍛錬場に足を運ぶのは、運動不足解消と良質な睡眠のためだけではない。
最近になってますます実力をつけている騎士団の具体的な様子を父に報告するためだ。
といっても変なものに手を染めたわけではない。彼らの動きがよくなった理由は最近導入された錬金飴。
一日一個、鍛錬終わりに食べることで騎士達の疲労が蓄積されることがなくなったのだ。
近い将来、気軽に混ざることもできなくなる。
それが寂しくもあり、同時に楽しみでもある。今年の剣術大会はかなり見応えがあるものになりそうだ。
大きな変化が起きたのは騎士達だけではない。
多くの錬金術師が新たに入ったことで、王宮錬金術師達もやる気に満ち溢れている。
また聞くところによると、ジゼルの錬金飴の存在を知った薬師ギルドがかなり燃えているのだとか。
我が国はますます盛り上がってきている。
引き金はたった一人の錬金術師。だが本人にその自覚はない。
そんなところがジゼルらしい。
快眠が続いているサミュエルは騎士達と手合わせした。
五戦して三勝。新人は勝てたが、すでに頭角を表している。来月には勝てるか危ない。もう少しちゃんとトレーニングをしよう。
シャワーを浴びて昼食を摂る。
午後からは再び大量に積まれた書類を処理しつつ、お茶会や夜会の誘いに目を通していく。
サミュエルはもうすぐで三十になる。婚約解消をしてからというもの、ことあるごとに結婚するつもりはないと宣言しているのだが、未だに妻の座を狙う令嬢は多い。そろそろ諦めて欲しい。
思わず大きなため息が溢れた。
だが社交も立派な仕事のうち。渋々ながらもスケジュールを確認しながら返事をしたためる。
「これはメリーナからか」
令嬢達からの手紙に紛れ込んでいたのは妹からの手紙。少し前に留学先に旅立った妹からは度々手紙が送られてくる。
欲しいものリストがほとんどだが、あちらの国にも馴染んでいる様子が伺える。書かれた物も仲良くなった相手に渡すためのものだろう。
リストの中に錬金飴が含まれているのを見つけ、頬が緩んだ。メリーナなりにジゼルを応援したいらしい。手配でき次第、贈ることにしよう。
休憩を挟み、今日の分の仕事を終わらせる。
部屋に帰ろうかと立ち上がると、ドアが叩かれた。使用人の手の中にはなにやら見慣れぬものがある。
「サミュエル様、失礼いたします」
「先ほど運ばれてきた手紙で今日の分は終わりだと思ったんだが……」
「こちらはジゼル様とたーちゃん様からのお手紙と贈り物です」
「あの二人から?」
置物を注文すると錬金飴と一緒に送ってくれるとの話だったが、書かれた日付よりも早い。不思議に思い、贈り物の袋を開く。
「これは……布か?」
中に入っていたのは一枚の布だった。
広げてみるとかなりの大きさだ。柄はサミュエルが気に入って食べている疲労回復の錬金飴の包み紙と同じ。
一度畳んでから手紙に目を通す。そして目を大きく見開いた。
ジゼルの文字が記された手紙の他に、幼い子どもの文字が書かれた紙が同封されていたからだ。
『れもんとはちみつのおれーです。おいしかったよ』
たーちゃんが書いたのだろう。ジゼルの書いた文章の中でも、レモンと蜂蜜のお礼であることとたーちゃんからのお礼である旨が記されていた。
枕に布を巻きつけ、左右に余った部分はリボンで縛ると枕カバーとして使えるそうだ。枕も錬金飴のような形にするとは面白い発想だ。
いきなりの贈り物に、つい裏があるのではないかと考えてしまう。悪い癖だ。
だがたーちゃんの手の上でなら喜んで飛び込もう。踊らされることがあっても、それはジゼル関連なのだから。
最近はジゼルのランプ以外の安眠アイテムも探すようにしている。不眠の原因同様に、まだ目ぼしいものを見つけられてはいない。
だが今回の一件で一つのものに依存することがいかに危険かを思い知った。
今回はジゼルとランプの代替品に辿り着けたからよかったが、彼女が手の届かない場所に向かっていたら。
サミュエルにはどうすることもできない。
あのまま不眠の苦しみと苛立ちを抱え続けるしかなかった。
だが錬金ギルドを脱退していることなどを理由にランプの生産を断ったジゼルはもちろん、彼女をクビにしたクトーにすらも罪はない。
無意識に一つのものに依存し続けた上、手に入るのが当然だと現状に胡座をかいていた自分が悪い。
もう間違えたりしない。
それにどうせ踊るならこちらから繰り出すのもいいかもしれない。
考えようによっては、この布はたーちゃんが用意してくれたジゼル達との繋がりでもある。迷惑だと思われないように自重しつつ、おれーのお礼を見繕おう。
だがお礼の品探しよりも睡眠である。
「白いリボンを二つ、用意してくれるか?」
「かしこまりました」
早速今晩から枕に巻きつけて使おう。
この錬金飴もまたサミュエルを快適な眠りの旅に誘ってくれることだろう。




