【閑話】ドランの心
「ジゼルの考えていることが全く分からない……」
ドランはもらったばかりのガラスの朝光花に視線を落とす。
最近ようやく、ドラゴン柄の包み紙を集めるのにも慣れてきたところなのだ。
瓶の中に溜まっていく包み紙を眺めるだけで幸せで、こんなにもずっしりとしたプレゼントは正直キャパシティオーバーだった。
「娘の方がアプローチをかけてきたという認識でいいと思うぞ。坊とて、先程の娘の様子を見て気付かぬほど幼くはあるまい」
「ここで勘違いしたら確実に嫌われる……」
ドラゴンの言う通り、ドランはジゼルの変化には気づいている。
なにせ十年近くずっと彼女を見て、彼女だけを思ってきたのだ。些細な変化も見落とさない自信がある。ドラゴンの感覚に近いドランは好きな子の変化に敏感なのだ。
実際、朝から少し様子がおかしいことにも気づいていた。
妙にソワソワしているというか、宿の外でドランを見つけた時の反応がいつもと違った。
少しだけ恥ずかしげで、けれど今までのような無邪気な笑顔も残りつつ……最高に可愛かった。自国に戻ってきてからも、更新されたジゼルの可愛さを噛み締めていたほどだ。
ほぼ確実に、ジゼルがドランへ向ける好意の種類は変化している。
だが断定するには至らない。なにせ比較データがないのだ。嬉しさのあまり飛び出して、ジゼルに嫌われたくない。
「祭りではいい雰囲気だったのだろう?」
「今思うと、変な態度になってたかもしれない……。母さんもおじさんも変なこと言うから、変に意識してて」
ドワーフの里に行く前、ドランとドラゴンは里帰りをしていた。年に一度、必ず顔を見せるようにと言われているのだ。祖父の墓参りも兼ねている。実家でだらけていると、母がドランの耳元で囁いた。
『女の子は悠長に待ってくれないわよ』
『いつまでもグズグズしているヘタレより、ちょっと強引な男の方がいいの。安心できるもの』
『ギルドを辞めたんなら、今まで以上に出会いがあるんじゃないのぉ』
父曰く、母も母なりに心配しているのだとか。
だが毎日昼夜問わず繰り返されれば頭がおかしくなりそうだ。一種の洗脳に近い。
十年経ってもジゼルの姿を見られないことを恨んでいるとも言える。
村でドラゴンに乗れるのはドランと遠縁のおじさんだけで、おじさんはなかなか村の外に出たがらないのだから仕方ない。
出不精なおじさんがドランの代わりに王都に滞在すると言い出した理由もまたジゼルの姿を見るためだと知った時、心の底から実家に帰らなければよかったと後悔したものだ。
里に帰る直前、おじさんは珍しく長々と滞在中のことを話してくれた。中でもフルーツサンドを筆頭とした甘いものが多かった。
だから安心していたところに、おじさんはほわっと優しい笑みを作った。そして言ったのだ。『いい子だな。番、なれるといいな』と。
たったそれだけの言葉で、彼の目的がジゼルだったことを悟った。
昔からドラゴンのことで何かとお世話になっているおじさんに文句を言うことはできなかった。だが次回があれば意地でも止めるつもりだ。
「娘への態度が変なのはいつものことだ。あやつらの話で変わるようなものでもあるまい」
「一番悪いのはお前だからな! 勝手にジゼルの部屋行きを決めて!」
「あれは我ながらナイスアシストだった。吹雪に感謝するのだな」
「お前のせいで、嫁入り前のジゼルが男とベッドで一夜を共にすることになったんだぞ⁉︎」
「朝から怒っていると思えばそこか」
「他にどこがある」
「どうせ手は出さなかったのだろう?」
「変な気でも起こしたらジゼルが悲しむからな。気合いで寝た」
頭の中で『番』の文字が反芻される。
番になれるものならなりたい。唯一になりたい。同じベッドで眠って、先程のジゼルの顔を見て、その思いが強くなった。
ジゼルが幸せならそれでいいなんて、二度と言えそうにない。
頬を真っ赤に染めるジゼルは可愛い。他の誰にも見せたくない。自分以外の男と笑い合う姿なんて見たくない。今すぐ自分の巣に連れて帰りたい。
一方で、ジゼルを怖がらせたくない。困らせたくない。なにより嫌われたくない。
そんな思いが邪魔をする。こんな衝動初めてだった。
ベッドに寝転んでからは自分の中で生まれた感情に飲み込まれないよう、頭の中で宿屋の夫婦の姿を思い描いた。彼らはドランを信頼してジゼルを託してくれたのだ。裏切るわけにはいかない。
自分はあの宿にいるのだと必死で言い聞かせ、眠りについた。
出発前に親父さんがジッと見てくれた効果は絶大だった。
朝起きてからはジゼルの寝顔を見ないように部屋を飛び出した。掃除で精神を落ち着かせ、明日はいつも通りに戻っているはずだったのに……。
「明日からどんな顔してジゼルに会えばいいんだ……」
ため息を吐き、その場にへたり込む。
だがその手ではしっかりとガラスの朝光花を抱いたまま。
冷たいはずのガラスからはジゼルの体温が伝わってくるような気がする。手放せるはずがない。
「今まで通りに接すればよいだろう。そのガラスの花とて、娘の仕事の肥やしになるかもしれんぞ」
「仕事の肥やし?」
「アイディアがどうのこうのと言っておっただろう。朝光花は思い出でも、それ以外の花は他の男の手に渡っていくやもしれん。例えば、そうだな……赤い薔薇なんてのは喜ばれそうではないか?」
「赤薔薇って確か貴族の庭によく植えられてるやつだよな?」
「我からすれば花は花。どれも似たようなものだが、人間はそれぞれに意味を見出すと聞く。赤い薔薇はなんだったか」
ここまで言ったくせに、その先は「興味がないから忘れてしまった」とすっとぼける。このドラゴンは昔からたまにこういう意地悪をするのだ。
だがドラゴンが教えてくれないのなら自分で調べればいいだけだ。
「出てくる」
「夜までには帰ってこい。我はそれまで一眠りする。長旅で疲れたのでな」
「あれくらいの距離でへばるなよ」
「今日のことを言っているのではない。もっともっと長い長い旅がそろそろ終わるのだ」
「どこか悪いのか?」
いつもとは違う様子のドラゴンが心配になって顔を覗き込む。ブラッシングをしている時には外側はしっかりと調べるが、体内のことは分からない。
「医者を呼ぶか? いや、王都で探すより村に戻った方が……」
「……坊はいつまで経っても坊だな。まだまだ我がサポートしてやらねばならんか」
「は?」
「何でもないから行ってこい。そして今回の功労者である我とたーちゃんに美味い果物でも捧げるのだ」
なぜここでたーちゃんの名前が出てくるのか。
ドランは首を捻るが、ドラゴンは食べたい果物の名前を次々に挙げていくだけ。赤薔薇同様、これ以上の情報を渡すつもりはないようだ。
ドランは諦めて龍舎を出る。そしてギルドの女性職員に赤薔薇の意味を尋ねて回り、彼の意図を理解した。
赤薔薇は愛を伝える花。
同時に贈られる本数ごとに意味が異なるという。
一本なら運命の人。
九十九本なら永遠の愛。
そして百八本揃えればプロポーズの花束になる。
ジゼルはこの意味を知っているのだろうか。
もし知っていたとして、何本の赤薔薇を誰に渡すというのだろうか。
ガラスで作ったたくさんの赤薔薇を抱き抱えるジゼルを想像すると、胃の中で暗い感情が沸々と湧き上がる。
いや、赤薔薇に限定したことではない。ジゼルが他の誰かを思って花を作ることが嫌なのだ。
「ガラスの花が俺だけのものになればいいのに……」
呟いて、ハッとした。
こんな独占欲を見せたら、それこそジゼルに嫌われてしまう。
「ダメだ。隠さないと。ジゼルに嫌われたら俺は立ち直れない」
運命も永遠の愛もとっくにジゼルに捧げている。
残るはプロポーズの言葉だけ。けれどそれにはあと九本の薔薇に相応するだけの自信と勇気が必要なのだ。




