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8.意識

 ガラスの朝光花を贈ってから早十日。


 あれ以降、ドランと顔を合わせるのが恥ずかしくて、配達ギルドに行く時間をズラしている。早朝に行ったり、予定を合わせたりしない限り、十日なんてあっという間だ。


 この感情は恋であり、ドランの隣は落ち着けると自分の中でまとまったばかり。


 思いを伝えようと決心したのにこんな態度おかしいとは思っているものの、意識をすれば足が止まってしまう。


 その分、手がよく動くもので、錬金飴製作は非常に捗っていた。


「じぜる、どらんのところまだいかない? きっとあめもうなくなってるよぉ」

「明後日には行こうかな〜」

「おとといもおなじこといってたぁ」

「そうだっけ?」

「どらんがとりにこないのはなんでだろ~ね」

「忙しいんじゃないかな」

「ふぅん」


 たーちゃんは面白くなさそうに返事をする。

 そろそろドランとドラゴンに会いたくなってきたのかもしれない。


 だからといってたーちゃん一人で行かせれば、この前のように拾い食いをしかねない。


 本人曰く『美味しくなかった』とのことだが、物を変えてチャレンジしないとも限らない。


 たーちゃんのためを思えば、いつかは一人での外出に慣れさせた方がいい。だが初めの数回は遠くから見守っていないと心配だ。


 ドランにもおつかい先の一つとして協力してもらいたいところだが、今はその話をしに行くのが難しいのだ。


「はぁ……」

 こんなにも自分は意気地のない人間だったのか。不甲斐なさでため息が出る。

 ジゼルは自分のことで精一杯で、窓からたーちゃんが抜け出していることに気づけなかった。



 気づいたのはしばらく経ってから。

 それは来客に備えて客間を掃除している時のこと。例のお客さんが来るのは昼少し前。


 掃除といってもすでに荷物は移動させており、軽く床を掃いたり机を拭いたりする程度だ。


 宿の裏で布巾を洗って戻ると、宿の前を掃除していた女将さんが箒を片手に待っていた。


「ジゼル、ドランが来たよ」

 なぜかドランと共に。


「たーちゃんに呼ばれてきた。厄介な客っていうのはもう少しで来るんだよな?」

「たーちゃん、話しちゃったの⁈ それにいつドランのところに……」

「やっぱりたーちゃんだけじゃね〜ふあんだからぁ、このまえいってきたの」

「俺が追い返してやるから安心してほしい」


 思い当たるのは四日前。

 ひたすら釜をかき混ぜていたが、妙に静かだったことは覚えている。


 お出かけできないことが不満そうだったので、てっきり諦めてお昼寝をしているのだと思っていた。目を離しているうちに配達ギルドまで行っていたらしい。


 ジゼルは焦ってその日のたーちゃんの食事を思い出す。

 おやつと夕飯はしっかり食べていた。変わった様子もなかったので、拾い食いはしていないはずだ。


 大丈夫、だよね?

 視線を彷徨わせていると、ドランがジゼルの肩を叩いた。


「その日、たーちゃんは拾い食いはしてない。あいつにも確認済みだ」

「そっか。よかった……」

「たーちゃんしんらいない?」

「前科があるからな」

「がんばったのにぃ」

「そんなに美味しくなかったんだ……」

「もうたべたくない」


 一体何を食べたのだろうか。ドランも知らないそうで、ジゼルと二人して首を傾げる。


 ドラゴンは知っているようだが、たーちゃん同様に詳細は口を噤んだまま。よほど言えないようなものを食べたのだろう。


 その反省から今回は拾い食いをしなかったと考えると悪いことばかりでもないのかもしれないが、やはり心配は心配だ。


「今更だけどお医者さんに診てもらおうか」

「精霊を診察できる医師なんて聞いたことがないが、探せば一人くらい……」

「たーちゃんはだいじょおぶだよ?」

「本当に?」

「無理してないか?」

「だいじょーぶだいじょおぶ。それよりもうくるよ〜」


 たーちゃんは話を逸らそうと、時計を指差す。

 時計の針は約束の時間まで迫ろうとしていた。


「あ、もうこんな時間。外で待ってないと」

「身元も明かせないような奴にそこまですることはないと思うが」

「ランプを使ってくれていたことは確かみたいだから。それに今回こそ諦めてもらわないとだし」


 そう言いながら外に出る。ドランは何も言わず、たーちゃんと一緒に付いてきてくれた。


 実のところ、顔を合わせた途端に相手のペースに引き込まれてしまうのではないかと少しだけ不安だったのだ。ドランとたーちゃんがいれば心強い。


 それに、案外ドランともいつも通りに話せている。会うまで変な態度にならないか心配だったが、たーちゃんと一緒にささっと一度会ってしまえばよかった。


 ドランに迷惑はかけたくなかったが、たーちゃんには少しだけ感謝している。お礼に夕食のデザートはたーちゃんに譲ろう。


「たーちゃん、今回は会ってすぐのおかえりくださいませはダメだからね?」

「そんなこと言ったのか」

「いや〜なかんじがぁ、べぇっとりだったの」

「そんな奴を宿の中に引き入れても大丈夫か? ジゼル、隠れてていいぞ。俺が追い返すから」

「今はまだ大丈夫。でも少し話して難しそうだったらお願いしようかな」

「任せろ」

「そのときはたーちゃんもがんばるねぇ」

「でも話し合いで解決できるに越したことはないし、あくまでも最終手段として、ね?」

「どらん、じぜるがこまったかおしたらすぐね?」

「ああ、ジゼルを困らせる奴に容赦はいらん。あいつにもすぐに飛べるよう待機しておくように伝えてある」


 たーちゃんとドランは不穏なことを言い出すが、ジゼルが本当に困るまでは見守ってくれると信じている。後ろには自分達がいると示すことで、ジゼルを安心させようとしているだけ。


 実際、ジゼルの心はずいぶんと軽くなった。



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