1.朝の空気
「忘れ物はないか?」
「大丈夫」
「おなかもちゃんとまいたよ~」
今日は待ちに待ったお出かけの日。
以前から約束していた雪解け祭りに参加するため、ドランとドラゴンが朝早くから宿屋に来てくれていた。
まだ夜も明けきっておらず、人通りも少ない。寒さも一段と厳しい。
けれど寒さになんて負けていられない。空気も澄んでいて、天気も良好。絶好のお出かけ日和である。
着替えなどの荷物はドラゴンの首から下げてあるボックスに入れてもらう。ドラゴン便の品物を入れる時のボックスだ。
「途中でみんなで食べてくれ」
「サンドイッチですね! 美味しそう……。ありがとうございます」
前回は休憩を挟まずに飛んでもらったが、今回はかなり距離がある。
そこで一度降りて、昼食休憩を挟んだ後、飛んでもらうことになっている。その話をしたら、親父さんがお昼を用意してくれたのだ。
サンドイッチの他にもデザートの果物と温かいスープまで付いている。至れり尽くせりだ。
「我の分もあるか!?」
「もちろん用意した。ジゼルとたーちゃんのこと、頼んだぞ」
「我がついているのだ。大船に乗った気でいるといい」
「俺もいるんだが……」
ふんすと鼻を鳴らすドラゴンをこづくドラン。
親父さんはそんな二人の様子をじっと見てから真剣な眼差しへと変わった。
「ドラン」
「はい」
「ホットパウダーな。頼んだぞ」
「それがメインですから」
男性陣二人が何やら真面目な視線を交わし合う中、ジゼルの頬はゆるゆるになっている。
少し前にドワーフの自家醸造酒が手に入ったこともあり、ここ最近の親父さんは気合いが入っていた。常に新作料理構想がもくもくと広がっているらしく、お酒を使わない料理もレパートリーが増えている。
ジゼルはいろんな料理が食べられて日々幸せだ。
こんなに幸せでもいいのかと少し不安になってしまいそうになることも。といってもその不安さえも親父さんの料理を食べれば『まぁいいや』と吹き飛ばされるのだが。
一方、たーちゃんと女将さんは『お出かけの時の約束』を再確認していた。
「たーちゃんはあっち着いたらどうするんだっけ?」
「じぜるとぺったり」
「そう。欲しいものがあっても飛び出さず、ジゼルとドランに伝えるんだよ?」
「わかったぁ~」
今回の外出にあたり、たーちゃんのお出かけグッズが増えた。
一つ目は今も着用している耳付きニット帽。親父さんが編んでくれた帽子で、茶色と白の毛糸を使ってたーちゃんの耳が再現されている。風で飛ばされないよう、首の下にはボタンがついている。
そしてもう一つが、ジゼルとたーちゃんがぴったりとくっつくために女将さんが作ってくれた、抱っこバッグである。
抱っこひもよりもしっかりカバーされる袋状で、頭がひょっこりと出るデザイン。生地には長時間入っていても辛くないように伸縮性のある布を採用。
ちなみにこの布は女将さんの知識を元に、ジゼルが錬金術で作った。
布を作るのは初めてで苦労したが、希望通りの布が手に入った時の女将さんの表情は忘れない。ドワーフの自家醸造酒を手に入れた時の親父さんと同じ顔をしていた。何事もチャレンジしてみるものである。
今度その布を使ってクッションカバーを作ってくれるらしい。たーちゃんの寝床もより過ごしやすくなる予定だ。
前回のお出かけスタイルに耳付きニット帽と抱っこバッグも加わり、寒さ対策も迷子対策も万全だ。
だがそれだけではない。抱っこバッグのジゼル側にはポケットが付いており、そこに財布を入れられるようになっているのである。人が多いとどうしても心配なスリ対策もバッチリである。
たーちゃんと女将さんの確認が終わる頃にはドラン達の方も終わったようだ。
ドラゴンに声をかけている。そして前回同様、背中に乗せてもらう。
上空まで飛び立つのもこれで二度目。
たーちゃんもジゼルもまだ慣れておらず、上昇する際特有の感覚に身体を震わせる。だがそれもある程度の高さに上がるまでのほんの短い時間だけ。すぐにのんびりとした空の旅に切り替わる。
「いいのみつかるかな~」
ご機嫌なたーちゃんは首だけジゼルの方に向ける。
「見つかるといいね~」
「何か捜しているのか?」
「何か新しいデザインとかアイテムとか作ってみたいなって思ってて。そのアイディアが見つかるといいなって」
「また新しいものを売り始めるのか。応援する」
きっかけは満月の湖限定デザイン瓶、ガラス玉、お礼にもらったグラスである。
今までジゼルはガラスは瓶かランプを作るために作っていた。だが空き瓶の使い方も様々で、活かせるモチーフやデザインはジゼルが想像している以上に幅広い。
作り慣れている瓶はもちろん、ガラスの置物なら気軽にチャレンジしやすい。
「売るのとは少し違うかな」
「どういうことだ?」
「錬金飴のお客さんってリピーターが多いんだ。でも購入量が多いと瓶ばかり溜まってしまうでしょ? 使ってもらえるのなら嬉しいけど、余っても仕方ないし。だったら空き瓶を回収して他のものに交換できるようにすればいいかなって」
仮にガラスの置物を作ったとしても、錬金飴みたいに量産することはできない。そちらが疎かになっては本末転倒だ。
ただの置物では需要もそこまで見込めない。錬金飴のお客さんの多くが貴族。見る目も肥えているはず。
だがあくまでも交換品として作るのであれば話は別だ。
興味を持ってくれればよし。希望者が少なくてもそんなものかと割り切れる。
それに『○個の瓶と引き換えで○○を交換しております』と掲げておけば、お得意様向けのサービスを開始したと示すことにも繋がる。一つ目のアイディアの反応がいまいちでも、二つ目、三つ目とつなげられる。
作る際もガラス玉の生産と同様、一時的に一つの釜をそちらの生産に当てればいい。交換する旨の連絡と瓶が届いてから生産すればいいのでロスもない。
やってみる価値はあると踏んだ。
「なるほど。喜ばれそうだな」
「ドランだったらどんなものが欲しい?」
「俺はジゼルからもらったものなら何でも嬉しいからな……」
「どらんじゃだめだよ」
「仕方ないだろ。そういうたーちゃんは何が欲しいんだよ」
「じぜるのあめ」
「サービスで飴付けてもなぁ。市場で売ってるものとかなら喜ばれるだろうけど、ジゼルの場合、顧客層が違うからな」
「だからかんがえるんでしょおおお」
たーちゃんは頬を膨らませながら両手をブンブンと振る。
いくら安定しているとはいえ、ここはドラゴンの上。ジゼルの腕が緩めばたーちゃんは転がっていってしまう。
「たーちゃん暴れないで」
「だってどらんがぁ」
「悪かったって。お詫びに祭りで好きなもの買ってやるから、な?」
「ほんとうに?」
「ああ、なんでもいいぞ」
「ならゆるしてあげるぅ」
「ありがとな」
たーちゃんは意外にもすんなりと許してくれた。ドランがホッと吐いた息が背中越しに伝わってくる。
そしてドランはたーちゃんのご機嫌を取るため、喜びそうな言葉を続ける。
「あっちでもまたいろんなの食べるだろうから、昼飯は早めに食べるか」
「さんせー」
「坊よ、あそこの湖なんてどうだ」
「そこにするか。ジゼルもそれでいいか?」
「うん」
近くに湖があるらしい。
毎度のことながらジゼルの目には見えないのだが、他の三名にはバッチリと見えているようだ。
ドラゴンと一緒にはしゃぐたーちゃんは、ほんの少し前まで怒っていたことなんてすっかりと忘れていた。




