【閑話】たーちゃんのひみつ(後編)
「くっそ、こうなったのも全部あの落ちこぼれのせいだ」
「初級アイテムを作るしか能がないくせに一番迷惑なタイミングで辞めたから」
「ギルドマスターの不正なんてあたし達には関係ないってのに」
「俺達はこんなに苦しんでいるのに、なんで落ちこぼれが王子と姫に目をかけられているんだ!」
「というか王子と姫が落ちこぼれの元を訪れたって情報、間違いないの? 本当だったらもっと騒ぎになってるはずでしょ」
「直接見てきたから間違いない。あのくらいの変身魔法、俺様にかかれば見破るなんて造作もない。馬車は王家のもので、出てきたのは第二王子と第二姫だ」
「錬金飴、だっけ? あの女が作れるくらいならあたし達だって余裕でしょ」
「今ある分に細工をして、評判が落ちてきたところで俺達が売り出せば大儲けだ」
「怪我させた方が手っ取り早くね?」
「そんなことしたら証拠が残るだろ。錬金中のミス、ってことにすれば証拠を見つけ出すことはできない」
愚かな人間達は原因をジゼルに押しつけ、あろうことか彼女を害そうとする。
たーちゃんが許せないことは三つ。
ジゼルを虐めること。ジゼルを困らせること。ジゼルに迷惑をかけること。
「じぜるをいじめちゃだめなんだよぉ?」
「なにこのタヌキ」
「なんでタヌキがこんなところに」
「てか今、話さなかった?」
「タヌキが話す訳ねえだろ。お前、飲み過ぎなんだよ。ただでさえ金ねえのに」
「たぬきじゃないよ~。たーちゃんだよぉ」
言いながらランプへと変身する。
建物よりも少し低い。けれど道を塞いでしまうほどの大きなランプ。
ジゼルが見たらきっと驚くだろうから、こんなに大きくなれるのは内緒なのだ。
「な、なんだよ。これ……」
固まる人間達を頭からバクリと噛みついた。
「おいしくない……でもがんばるっていったから。たーちゃんががんばらないと」
精霊は良質な魔力を好む生き物である。
魔力とは錬金アイテムに限らず、野菜や料理などにも少量ながら宿っている。
毎日ジゼルの飴と親父さんの料理で美味しい魔力を補充しているたーちゃんにとって、酒と悪意に溺れた錬金術師の魔力なんて食べられたものではない。
だがジゼルがまだドランに頼りたくないというのだ。たーちゃんが頑張るしかない。
気合いで口内に満ちた魔力を飲み込み、空っぽになった人間達をペッペッペと吐き出した。
精霊の怒りをかった彼らはもう、錬金術師としては使い物にならない。
魔力を失うと同時に記憶も吸い取っておいた。これでジゼルを害そうとすることはなくなる。
用事が済んだたーちゃんはしゅるしゅると小さくなっていく。
元の愛くるしいタヌキの姿に戻り、気を失った人間達を踏みつけて歩く。
「るんたった~るんたった~。たーちゃんはがんばったのぉ~。るんたった~るんたった~」
歌を歌いながら、今度こそ配達ギルドへと向かった。
ギルドまでやってくると、手の空いている者達が次々とやってきてたーちゃんを取り囲んだ。
「おお、たーちゃん。いらっしゃい」
「こんにちわぁ~」
「今日は一人か?」
「お客さんからもらったクッキーあるから持ってけ」
「ありがとぉ」
「ドランに用事か?」
「ジゼルちゃんはどうした? まさか風邪!?」
「え、ジゼルちゃんが風邪ですって!?」
「ドラン! 誰かドラン呼んできて~」
「じぜるはげんき。きょうはたーちゃんがおつかいにきたの」
慌てる彼らにジゼルの無事を伝える。すると一様にホッと胸をなで下ろし、緊張状態を緩めた。
彼らは優しい人間だ。ジゼルやたーちゃんに親切にしてくれるのはもちろん、ここで働く魔物達が言うのだ。間違いない。
この町を知り尽くしたボスが『お気に入りスポット』として教えてくれるだけのことはある。
ジゼルだってたーちゃんのおつかい先が違う場所だったら、あそこまですんなりと許してはくれなかったはずだ。
「おつかい?」
「手紙預かってきたの?」
「たーちゃんはいいこだな」
「きょうはねぇ、あめもってきたの」
「飴っていうと、ドランか」
「うん。ふつうでとくべつなあめなんだよぉ」
「ドランなら龍舎だよ。一緒に行ってあげようか?」
「ううん。だいじょぶ。ありがとぉ」
ぺこりと頭を下げる。
お礼を告げる時はこうするのだとジゼルが教えてくれたから。
それから彼らにバイバイと手を振って、龍舎に入った。
けれどドランの姿が見当たらない。
「あれ、どらんは?」
「洗い物をしにいった。すぐ戻る」
「そっかぁ。じゃあ待ってる」
「そうするとよい。ところでたーちゃんよ、拾い食いは感心せんぞ」
ドラゴンは一目見て、たーちゃんがやったことに気付いたようだ。
いや、ここに来る前から知っていたのだ。
様々な物に変身できるたーちゃんだが、精巧なものや大きなものに変身するにはそれ相応の魔力が必要となる。先ほどの規模のものとなると、近ければ魔法の使用が簡単に察知できてしまう。
通常、誰が使ったかまでは分からないものだが、相手は悠久の時を生きるドラゴンだ。
上級精霊とはいえ、生まれたばかりのたーちゃんの魔法を見抜くくらい、赤子の手を捻るようなものなのかもしれない。
といっても見抜かれたことで焦る必要などない。ドラゴンとはいえ、相手はよく知った仲だ。
「たーちゃんもすきじゃない。でもがんばったよ?」
「評価はするが、そういうところは坊に譲ってやれ」
「でもじぜる、どらんにめいわくかけたくないっていってた」
「迷惑どころか坊は喜ぶというのにな。人の子というのはなぜ難しく考えようとするのか。理解できんな」
「たーちゃんはねぇ、じぜるのそういうところもだぁいすきだよ」
「我も坊を気に入っている。そうでなければ世話なんて焼いてやらん」
ドラゴンはふんすと鼻を鳴らす。
たーちゃんも真似をしてふんっと鼻を鳴らしてみせる。
「あ、そうだ。たーちゃんねぇ、あめとどけにきたんだった」
「なんだと!? それはどっちだ」
「ふつうのやつ」
「おおっ! ちょうどなくなったばかりだったのだ。たーちゃんよ、包みを開くのだ」
「わかったぁ」
バッグから飴を取り出し、ゆっくりと包み紙を開いていく。
たーちゃんが食べているものよりも何倍も大きくて、両手で掲げるように差し出す。
「どぉぞお」
「悪いな」
ついでにたーちゃんも小さな方の飴を口に入れた。
優しい甘さが先ほどの味を少しずつ上書きしていく。さすがはジゼルの飴だ。
口の中でコロコロと転がし、二個目をじっと見つめていると「あれ」と声がした。ドランの声だ。
視線を上げると、ドランの手にはバケツやデッキブラシがある。洗いものが終わったらしい。
「たーちゃん来てたんだな。ジゼルは?」
「じぜるはおるすばん」
「一人で来たのか?」
「飴を届けにきたのだ。たーちゃん、坊にも一つ分けてやれ」
「うん!」
たーちゃんは残り一つになった飴を取り出す。
ドラゴンの包み紙を受け取ったドランは表情を綻ばせた。ドランがジゼルと一緒にいる時にする、幸せが溢れた時の顔だ。
「坊よ、たーちゃんを送ってやれ。また拾い食いでもしたら大変だからな」
「たーちゃん、拾い食いなんてしたのか?」
「おいしくなかった……」
「お腹空いてるなら途中で何か買ってくか?」
「おやじさんのごはんがいいなぁ」
「親父さんの料理、美味いもんな。俺の分の飴はここ置いておくけど、あとで食うから。絶対食うなよ?」
「うむ。可能な限り、覚えておこう」
「おまえ、とぼけて食う気だろ!」
「そんなことよりたーちゃんだ。また拾い食いなんてしたら娘が悲しむぞ」
『ジゼルが悲しむ』
ドラゴンはドランにとって一番効果的な言葉を知っているのだ。
にいっと笑って、飴をチラチラとしてもドランは黙ったまま。じっとりとした目を向けながらも文句を続けることはない。
「……たーちゃん、行くぞ」
「おじちゃん、ばいば~い」
「また遊びに来るといい」
たーちゃんはドランに抱きかかえられ、配達ギルドを去るのだった。
その後、たーちゃんが拾い食いをしていた話はジゼルにも伝えられ、一人でのおつかいが禁止されたのはまた別の話である。
これにて三章終了です。
次話から四章に入ります。
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