2.大きな宿と銀貨と銅貨
半刻ほどの昼休憩を挟み、町へと到着した。
大体昼よりも少し前くらい。予定よりもやや早い。
すでに祭りの参加者達は続々と集まっている。空から見てもすごい人だ。
ギルド前で降り、荷物を下ろす。ドラゴンとはここで一旦お別れだ。
「龍舎に行ってくる。その後、宿に荷物を置きに行こう」
「娘よ。夕飯には気の利いたものを買ってくるのだぞ。デザートも忘れずにな」
「美味しいものですよね」
「うむ」
「たーちゃんもいっしょにえらぶ」
「任せた。坊だけでは当てにならんからな」
ドラゴンはあからさまに大きなため息を吐く。困った奴だと言いたげだ。そしてムッとするドランを置いて、ズンズンと龍舎へと進み始める。
「坊よ、さっさと我の寝床を整えるのだ」
「おまえなぁ」
「早く娘と祭りに出かけたいのだろう? それに若い娘がこんなところで一人で立っていたら『なんぱ』とやらをされるのではないか?」
「……っ」
ドランはまるで捨て犬のような目でジゼルを見る。
ドラゴンの言う『なんぱ』というものがどんなものなのか、ジゼルにはよく分からない。けれどドランが不安がるような言葉なのはなんとなく分かる。
ジゼルはドランを安心させるように笑顔を作る。
「大丈夫だから行ってきて」
「たーちゃんもまってるよぉ」
「すぐ戻ってくる!」
先に進むドラゴンの背を追いかける形でドランは龍舎へと入っていく。
ジゼルとたーちゃんはその間、ギルドの前で荷物を見て待っている。ドランの姿が見えなくなると、少しだけ周りが騒がしくなる。
「あれってドラゴンだよな?」
「あんなに人間に慣れるものか?」
「まるで人間みたい……」
「他のドラゴンはあんなんじゃなかったわ」
彼らはドラゴンとドランの関係に驚いているようだ。
龍舎があるくらいだから、きっと何度も他のドラゴンを見ているのだろう。
ジゼルが知っているドラゴンはドランをからかっていた彼だけ。ドランのおじさんが来た時も相棒のドラゴンには会っていない。
他のドラゴンというものがあまり想像できない。
もっと堅苦しい感じなのか、圧があるのか。大量のフルーツサンドよりもステーキ肉を丸かじりするようなタイプなのかもしれない。
「お肉も買ってきた方がいいかな」
「じぜるおにくたべたいの?」
「ううん、ドラゴンさんの。さっきも甘いのを結構食べてたけど、お肉も好きなのかなって思って」
「おじちゃんはおいしいのならなんでもいいとおもう」
「それもそっか」
その場を動かず、ザッと周りを見る。
どんな屋台があるか。たーちゃんと一緒に話しながら待っていると、ドランが息を切らせながら戻ってきた。
まだ龍舎に向かってからほとんど時間が経っていない。
けれどドランは周りをキッと睨み、ジゼルの荷物を持った。空いている手でジゼルの手を引き、早足でギルドから遠ざかっていく。
「行こう」
「どうしたの?」
「中でもジゼルの話が広まってた。女の子がしゃべるタヌキと一緒にいるって」
ちょっかいをかけられると思って早く出てきてくれたらしい。
周りに牽制までしてくれた彼には言えないが、おそらく話の中心にいるのはジゼルではなくたーちゃんだ。
近所では知らない者はいないほど有名なたーちゃんだが、遠い異国の地ではしゃべるタヌキはさぞかし珍しく見えたことだろう。
「ドラン、ありがとうね」
「ん」
ジゼルがお礼を言うと、ドランは少しだけ歩くスピードを緩めた。ジゼルはたーちゃんを抱き直す。けれど手は繋がれたまま。
屋台が並ぶ場所からは少し離れているが、人通りは多い。きっと離れないためだろう。指摘して離れてしまうのももったいない気がして、ジゼルは口を噤むことにした。
「ここがジゼルとたーちゃんの宿だ」
「え、ここ?」
ジゼルはぽかんと口を開き、宿を見上げる。
手を引かれるまま案内されたのは、町で一番大きな宿だった。
配達ギルドよりも敷地が広く、五階よりも上がある。
ジゼルの国では高い建物といったら国の施設で、民間の施設は三階までのことが多い。宿もそうだ。上空を飛ぶ魔物に考慮した結果なのだが、国が変われば考えも変わる。
観光地ともなれば一日の宿泊人数はかなりのものだ。部屋数を増やすため、階を増やしているのかもしれない。
「他がよかったか?」
「ううん。思ったより立派だったから驚いただけ」
「おおきいねぇ」
「小さい宿はすぐに常連でいっぱいになって、空いているのはこのくらいの規模の宿らしい」
「そうなんだ」
「っていっても俺もギルドマスターから聞いただけなんだけどさ。実はここもギルドマスターの紹介なんだ。手続きをしてくるから、二人はソファに座って待っててくれ」
「何から何までごめんね」
「気にするなって」
ソファまで案内され、足下に荷物を置いてもらう。
ドランが受付に向かった後、ジゼルはこっそりとたーちゃんに尋ねる。
「ねぇ、たーちゃん。ここの宿ってさ、絶対金貨十枚じゃ泊まれないよね」
「むりだとおもう」
「……銀貨と銅貨多めに持ってきておいてよかった」
値段を聞かされた時、薄々そんな気はしていたのだ。ドランの場合、金貨数枚なら端数と言い切りそうだと。
けれど実際に宿を見て、ドランの負担分が思ったより多いのではないかと考えを改めた。ジゼルと同額出している可能性もある。
それでは何のために予約を取れた後に宿代を支払ったのか分からない。だがここで宿代云々と言っても誤魔化されることは目に見えている。
そこで役立つのが大量の銀貨と銅貨。
ジゼルは『細かいの持っているからとりあえず払っておくね』作戦を決行しようというのだ。
作戦というほど立派なものでもないが、事前に対策できそうなものはこれくらいしかなかったのだ。




