第一章 七幕
律はぼんやりと、走る白凰の背を眺めていた。
視線を空に向け、そっと呟く。
「うん、どっちにせよ……。」
槍を持ち直し、体を向けた。
「怒られるやつだねぃ。」
地を蹴る。
体勢を低く低く。
その槍の穂先が弧を描き、向かい合う二人を襲う。
紅孔雀。
……朱手拭。
騒ぎに首を傾げながら、母娘が並んで歩いていた。
「何かしら?」
鳶色に細かな格子柄の母。
しだれ桜柄の娘。
「行ってみる?」
二人は顔を見合わせると、声のする方へと向きを変えた。
最初に抜いたのは宗玄だった。
その隣で、榊が袖を翻す。
白凰は一瞬、表情を崩し、二本、三本と打根を躱す。
続いて振り下ろされる宗玄の一太刀も躱すと、すれ違い様に腹部に掌底。
崩れた体勢の顎に蹴りを入れ、そのまま吹き飛ばした。
再び迫る打根の一つが頬を掠めるも、右へ左へと跳ねるように駆ける白凰を捉え切れない。
榊が掌を胸の前で構えると、虎殺しと呼ばれた同心が手で制した。
氷の様に冷たい眼がちらりと虎殺しを見る。
「阿保なん?」
虎殺しは裾を捲っていた。
榊は掌を下げると、顔を小物屋へと向けた。
倒れた商品の棚の合間、ゆっくりだが起き上がる宗玄。
穂先を躱した紅孔雀の口角が上がる。
刀を抜き、顔の高さまで上げると、切先を前に。
「紅孔雀っていうかまんま孔雀だねぃ。」
朱手拭に穂先を向け、律は振り返りながら微笑む。
その視線の奥には、まだ背を向けただけの金砕棒の大男。
朱手拭は紅孔雀の太刀筋を見詰めていた。
突き、から流れる様に薙ぎ、小さく弧を描くように袈裟に振り下ろす。
これを捌く律の羽織に、すれ違い様に小さく切れ目が五筋。
朱手拭はそのまま逆袈裟に振り上げられる刃を小太刀でいなすと、振り返る紅孔雀に続く背の五刀を下がって躱す。
向き直り様に律の穂先を防いだ反対側の五刀。
律は柄を滑らせ、紅孔雀、朱手拭諸共貫かんと穂先を走らせる。
紅孔雀の体が回転しつつ地面と平行に宙へと舞い、槍を躱し背の五刀と五刀が律に迫る。
手に持つ刀も降り下ろし着地した紅孔雀は表情を強張らせる。
その眼の前には、火筒。
律も眼を広げる。
爆音の少し前に大声が響いた。
「黄麒麟!」
爆風に身を反らせた紅孔雀はそのまま寝転ぶように体を倒す。
その煙の中から飛び出したのは金砕棒。
律も朱手拭もこれを皮一枚で躱した。
しかし。
回転しつつ金砕棒が向かう先は群衆。
慌てて退く人の群れ。
開いた先に、驚愕した母娘の顔があった。
律は走った。
手を伸ばし、届かない槍を伸ばし走った。
朱手拭も走った。
足元で爆ぜさせた火筒で勢いづけても間に合わない。
榊が掌を翳す。
先程避けられた打根が金砕棒の周囲を回り、やがて張り付くが止まらない。
虎殺しも飛び出した。
手を伸ばし、力強く大地を蹴ったが届かない。
それどころか、その体は……。
白凰の振り下ろした踵で地面へと叩きつけられていた。
飛び散る、赤。




