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第一章 四幕

 夜の静寂に、低い悲鳴が響き渡る。


 横たわる小太りな男を尻目に、刀を鞘に納めながら、男はゆっくりと歩き出した。


 暫し後。


 懐から散らばった、ほかほかの包へと手を伸ばし、槍の男は走り出す。


 辻斬りの男が角に差し掛かった。


 ふと、足を止める。


 鍔に指を掛け、懐中の温石で右手を温める。


 ゆらりと角を曲がると笑顔で立つ槍の男。


 辻斬りの男は口角を上げる。

「これはこれは……。風に聞く綿雲殿で相違無いな。」


 律は頬を動かし、やがて喉を鳴らした。


 その笑みは、いつぞやより些か……。


「あの旦那は……優しい人だったんだよねぃ。」


 律の足が、躊躇いなく前へと動く。

「俺っちだけにじゃなくてねぃ……。」


 男は柄に手を掛け、重心を落とす。


「朧にも、飴くれた。」


 そのまま、男は壁に張り付き、首を傾げる。


 口から血を吹き出し、自分を壁と縫い付ける槍に眼を向ける。


「だから……。」

 律の肘が二度、三度と動き、槍が三つ穴男を天に掲げる。


「成仏しておくれねぃ、旦那。」




 花月楼の一間で、朧は月を見上げ、細く、長く煙を吹き出した。


 目線を大門に下ろす。


 藤波と番台が、きょろきょろと辺りを伺っていた。


 朧は室内に顔を向ける。


 双子の様な禿と一緒に控えていた細目の遊女は頷き、部屋を後にした。


 禿が小走りに近寄り、煙管を受け取る。


 朧は再び街並みへと顔を向けた。




 水守宿の街を夜風が抜ける。


 歩く律の背後には箒頭。


 律は足を止め、笑顔のまま振り返る。

「今宵は御来店、じゃなさそうだねぃ。」


 箒頭は肩を竦めると、腰の物を抜いた。

「見てたぜ。」


 箒頭は不敵に笑う。


 ため息を付く律。

「旦那ぁ、俺っち疲れてるんだよねぃ。」


 視線を落とし肩で深く息を吸う。

「そういう冗談は……。」


 刹那、箒頭の頬を槍の穂先が掠めた。

「気が立って無い時にして頂戴。」


 顔を傾け躱した箒頭の頬を血が伝う。


 口角を上げ、箒頭が踏み込む。


 降り下ろされる刃を槍の柄で捌き、手の中を滑らせるように穂先を振り下ろす。


 月を返し、銀の光が幾重にも重なり、やがて離れる。


 箒頭は奥歯を噛み締めた。

「やっぱ一本じゃ分が悪いな。」


 眼を細める箒頭。


 律の体がふわりと膨らむ。


 ぎん、と甲高い金属音と共に穂先が箒頭の刀を弾いた。


 ……否。


「……引き際、わかってるねぃ。」


 刀を弾かせるや否や、箒頭は屋根を伝い、走り去って行った。


 律は槍を担ぐと、歩き出した。




 花月楼の前で番台と藤波が役人と話している。


「せやで。せやからすまんけど、用心棒借りたわ。」


 番台はへこへこと頭を下げる。

「ああいえ、左様なお話でしたら承知しました。」


 藤波は腰に手を当て眉を顰める。

「でも律は律で、一言ぐらい残しとくべきさね。」


 番台はちらりと藤波に顔を向ける。


 そっぽを向く藤波。


 榊は氷のように冷たい眼を向けながら口角を上げる。


 気付いた藤波は番台の後ろに隠れた。


「あんまり虐めないでねぃ。」

 皆が声に顔を向けると、そこには律。


 いつものように、律は笑顔を向けた。


「会うたんな。楽しいやったやろ?」


 榊の口角が上がる。

「いやいや、常連さん斬られたでねぃ。」


「それは気の毒やったな……。」

 すれ違い様に、榊が呟く。


「あの箒が例の……夜行の紅孔雀やで。」

 片手をひらひらと、榊は遠ざかって行った。

 

「ねえ、律?」

 藤波の顔が些か険しい。


「常連さんって誰さね?」


 律は懐からおにぎりが一つ残る包を取り出した。


 番台の顔が強張る。


 藤波が眼を広げ口を覆う。


 律は朧を見上げ、呟く。

「すまねえ。人刺しちまった。」


 大門から花魁が出て来た。


 朧の部屋に控えていた花魁。


 藤波と番台が道を譲る。


 律は歯を食いしばる。


 花魁は袖を肩まで捲りながら振りかぶると、律の顎に拳を叩き込んだ。

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