第一章 三幕
水守宿を歩く男。
上衣ははだけられ、帯によって支えられている。
髪は箒の様に逆立ち、その全身をびっしりと入れ墨が彩る。
大門を通り抜ける男の様子を、律は微笑む眼の奥で、見詰めていた。
「綿雲さん、お加減いかが?」
声に振り返れば通りがかった芸者が二人。
律は笑顔を返した。
「朝霧っちも。この辺じゃすっかり顔だねぃ。」
「嫌ですよ、私などまだまだです。」
律の視線が動き、戻る。
後輩は口元を隠し、微笑み返す。
「なんのなんの、花月楼のお得意様方みんな褒めてるよん。」
朝霧は口元を隠しながら、頬を上げる。
表情を戻すと、改めて、姿勢よく頭を下げた。
「この度は朧太夫の初御目見え、めでたい限りで。」
頭を掻く律。
「俺っちなぁんもしてないねぃ。」
その眼が槍の穂先を見詰め、しばし留まる。
朝霧は瞳を伏せ、首を振る。
「綿雲さんがこれまで、どうしてあの方の食い扶持を稼いできたか……皆、言葉にせずとも。」
後輩も頷く。
涙ほくろが印象的な芸者だった。
律はばつが悪そうに笑った。
「そう言って貰えるとありがたいねぃ。」
二人の芸者を見送りながら、律はそっと呟いた。
「……廓に閉じ込めちまうなんて……ねぃ。」
槍を握る手にほんの少し、力が籠る。
花月楼の一室、大広間。
朧は手を開く。
禿が煙管入れを開き、差し出す。
朧は手首を柔らかく返し、手の甲を上に包み込むように持つ。
指先がまっすぐに立つ。
禿は速やかに葉を詰めた。
ゆっくりと笹紅の乗った唇が、細い煙管の吸い口に触れる。
浅く……浅く……紫煙をそっと細く吐き出す。
その瞳の涙ほくろが妖艶に光る。
開かれた襖の外で、細い目付きの花魁が、向き合いじっと見詰めていた。
荒々しい音が響き、男が転がって出て来た。
「ぐぬぬおのれ狼藉物!侮辱しおって!」
昨夜より濃い酒の匂いに眉間を寄せながら、律は大門へと振り返る。
そこにいたのは箒頭の男。
律は首を傾げた。
目線を下げながら、昨夜の男に声を掛ける。
「旦那も、懲りないねぃ。」
「……。」
男は歯を食いしばり、きつく目を閉じると、素直に謝った。
「……すまねえ。律さん。」
箒頭はほぅ、と表情を緩める。
「いいんだって。上手く行かねぇ時は続くもんだからねぃ。」
男は立ち上がり、箒頭に向き直ると頭を下げた。
「すまねえ、飲みすぎて悪い癖が出ちまった。」
箒頭は眼をぱちくりさせると、応える。
「あ?ああ、俺はもう別にいいんだけど。」
腕の前に構えていた拳を下げ、頭を掻く。
男は律にも頭を下げると、逃げるように去って行った。
箒頭は歩を進め、律の隣で止まる。
「なんで俺を疑わなかった?」
振り返ると律は笑顔を見せる。
「御新規様、またのお越しをねぃ。」
箒頭は肩を竦めると、歩き出した。
その背を律は笑顔の奥で見詰める。
だいぶ歩きながら、箒頭はそっと頬を上げて呟いた。
「確かに……只者じゃねえな。あれが……。」
「串刺しの律……かよ。」




