第一章 二幕
霞む月を背に、田畑の合間を男が走る。
先程響き渡った轟音に振り返りもせず、ただ真っ直ぐに、水守宿に向けて。
背後では黒煙が、夜の闇を染めていた。
穏やかな日の光を受けて、律は大きなあくびを一つ。
湯屋から帰る遊女に手を上げ挨拶を交わすと、その場に腰を落とし、ぼんやりと空を見上げる。
しばし、流れる雲を目で追いかけていると、昨夜の遊女が横に座る。
遊女が差し出した煙管を受け取り、口を開く。
「……雲はいいねぃ。」
煙が空に溶け、まるで雲と混ざるような様を見詰めていた。
「律、お昼食べたの?」
思い出したかのように腹が鳴る。
呆れた表情の花魁。
「お待ちよ、炊事場に言ってきてあげるさね。」
律は花魁に振り返る。
「藤波、ありがとねぃ。」
藤波は煙管を受け取り、その場を後にした。
腹を鳴らし、律は空を眺める。
その視界に割り込んできたのは、氷の様に冷たい眼をした同心。
「相変わらず仕事熱心で感心やね。」
覗き込む同心の口角が上がる。
「あや、榊の旦那。ご機嫌麗しゅうだねぃ。」
律はにこりと微笑む。
榊の顔が退くと、律は体を起こした。
律の視線が動く。
「おやおや、不鳴の旦那も。御勤めご苦労様ですねぃ。」
不鳴と呼ばれた同心はにこりと頭を下げる。
「よしたれや。好きで喋れへんちゃうで。」
榊は眉を下げ、振り返る。
律も胸の前で両掌を振る。
「あいやあいや、気を悪くさせたらごめんだねぃ。」
同心が首を振る。
「まあ、ええなら構へんけど。」
律に向き直り、榊は懐に手を差し込む。
律の眼が細まる。
「厄介な話みたいだねぃ。」
榊の手が封筒を差し出した。
「もっと楽しいなるで、天領は。」
封筒を受け取る律。
笑みを向けると、榊は背を向けた。
「すまんけどまた頼むわ。目印は朱手拭と薬箱や。ほな行こか、宗玄。」
榊は手をひらひらと振りながら、宗玄と去って行った。
腹の虫が音を立てる。
律の背後から、双子の様な禿が膳を持って歩いて来ていた。
その夜。
水守宿の住民たちは複数回に渡る爆発音と、振動の苦情を奉行所に届け出た。
深夜に水守宿に帰ってきた者からは、赤羽織の目撃証言も上がる。
だが。
それ以上に榊が眉を顰めたのは、新たな余所者。
各々が異なる趣向の元、歌舞いた背格好で目撃された、七人の不逞の輩であった。




